与太郎文庫
DiaryINDEXpastwill


2005年06月22日(水)  君が代 〜 起て! 全国の教職員 〜

 
 Ex libris Web Library;
 

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050622
https://www.mozilla.org/ja/firefox/new/(Ctrl+F)
http://awalibrary.blog.so-net.ne.jp/
 |
http://twitter.com/awalibrary(ツイッター)
http://twilog.org/awalibrary(ツイログ)
http://booklog.jp/users/awalibrary(ブクログ)
 |
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html(与太郎文庫)
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20050622

 
┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐
↓=Non-display><↑=Non-display
└┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘
 
【序】
 
 戦時中のエピソード、なにかで読んだか聴いた話(出典未詳)。
 ある俳優の妻が、宴会で歌を強要されたので「君が代を歌います」と
いったら、たちまち座が白けて、上座の軍人が「もういいや」と云った。
 
 その軍人は、誰彼なしに余興を命じるようなセンスの持主だった。
 この話の要点は、俳優は芸人として慰問団の一員だが、その妻は素人
で善意のボランティアである。《君が代》を思いついたのが痛快だ。
 
 この俳優は、若き日の内田朝雄のような悪役タイプだったと思う。
 戦地慰問の演芸団には、加東大介の原作・主演で《南の島に雪が降る》
という佳作が、戦争を知らない世代に、とてもよく伝えている。
 
 与太郎にも、似たような記憶がある。戦後三十年たっていたが……。
 高校生の息子のこと(さしたる用ではなかったが)で呼びつけられた。
 薄暗い校長室に通され、しばらく一人で待たされた。
 
 二人の教員が入ってきたが「お父さん、ご苦労さまでした」といった
挨拶があるわけではない。呼びつけておいて、無礼きわまる応対だった。
 しばらくして、いきなり「起立!」と号令をかけられた。
 
 そもそも、与太郎が「起立」などという号令を聞いたのは、せいぜい
中学以前である。それでも、二人の教員が(勢いよく)立ちあがったの
で、つられて立ってしまった。
 
 すると、あろうことか、そこに校長とおぼしき田舎者が、おごそかな
顔つきで登場したのである。なーんだ、公立高校では、こんな者のため
に威儀をただす美風があるらしい。
 
 思いだすたびに腹がたつのは、つづいて「礼!」と命令され、あろう
ことか、これにもつられて頭をさげてしまったのだ。
 いい年をした男たちが、一人の田舎者に向って、一斉にお辞儀した。
 
 つまり《君が代》を歌っている間に起立せよという命令は、だれかに
敬意を表するためである。それも「君のため」ではなくて、教育委員会
や校長などの管理者に対する表敬だったのだ。田舎者め! 
 
…… 国旗国歌法@天皇園遊会
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20041029
 やはり野に置け 〜 玉と王の対話 〜
 
【破】 聞け、万国の教職者!
 
 むかし、ロータリー・クラブに招かれて話をすることがあった。
 開会にあたって全員が、クラブの旗の前で、クラブの歌を唄う。
 与太郎も、そこに居並ぶ会員たちに敬意を表して「口パク」で。
 
 つまり、誰かに拉致されて、強制的に唄わされたわけではない。
 あるいは断固として、席を蹴って帰るほどのことでもない。
 もしも、起立して唄わない者を招いたのなら、主催者が困るだろう。
 
 われわれは、みずから望んで日本国民として生れてきたのではない。
 あくまで、この島にたどりついた漂流者にすぎない。
 この島のルールを乱すこともないが、隷属することもないだろう。
 
 島の長老たちが「この島では太陽や月に向ってひざまずく」といえば、
その通りにしてもよい。しかし彼らに「ひざまずかなければ出て行け」
という権利もないだろう。
 
 他国の国歌・国旗だと思えば、おのずから敬意を抱かざるを得ない。
 よほど気に入らない歌詞や旋律や和声であったら、どうすべきか。
 わがものと思わず、みんなが拝んでるときは、目を伏せて立ち去ろう。
 
…… 一人の友のなかの、友になるという難事に成功した人、貞淑な女
性を自分のものにしたい、それらはその歓声をともにあげよ。そうだ、
たとえ、一つでも地球の上で人の心を自分のものと呼びうる人もともに。
これらのことに失敗した人は、涙を流しながらこの団結から立ち去れ。
── シラー・詩/ベートーヴェン・補/辻 荘一・訳《歓喜の頌歌》
── Beethoven, Ludwig van《Symphony No,9 D Minor, Op.125》
── 《名曲解説全集(1上)19590625-10660525 音楽之友社》P258
 
 いまこうして引用してみて、意外な誤植に気づいた。
 「自分のものにしたい」は「自分のものにした人」であろう。
 下記に、英独日の逐訳を加えておく。(20060921-0923)
 
…… 大きな幸いを得たひと、(すなわち)ひとりの友の友となり
 優しい妻を得たひとは その喜びを共にしよう!
 そうだ、たとえたったひとつの魂であっても 
 自分のものと呼べるものが世界の中にあるのならば!
 そしてそれができないものは、そっと出ていくがいい
 涙しながらこの集まりの外へ!
http://www.kanzaki.com/music/lvb-sym9f.html
 第九の歌詞と音楽(逐語訳)
 
http://q.hatena.ne.jp/1158978867(20060923 11:34:28)
 
♪ いまでも忘れず、歌えますか? 語ってください、むかしの歌を。
 幼稚園歌・唱歌・小学校歌・中学校歌・高校校歌・大学校歌・寮歌・
愛唱歌・応援歌・市町村歌。社歌・讃美歌・御詠歌・国歌(君が代)…。
 
 アンケート
http://q.hatena.ne.jp/1158978601
 選んでください、むかしの歌を。
 
【急】
 
 子どもじみた質問で申し訳ございません。
「国旗・国歌で起立・斉唱強制、都教委通達は違憲」とのことで、慰謝
料として1人当たり3万円の賠償を都に命じたと報道を観ました。
 
 違憲か合憲かは別として、都が公務員である都立学校の教職員に賠償
金を支払うというのは当たり前の様に思う反面、なんだかイマイチ釈然
としません。
 
 要は賠償として支払うお金は税金で賄うということであり、私には公
務員間でお金をスライドさせてるようにしか考えることが出来ないので
す。
 
 違憲か合憲かという意味では、とても意義のある議論ですし、今後の
教育界において大きな影響を及ぼすことは必至でしょう。
 
 ただ、その件を除いて考えてみて、単に法的な解決手段の一つである
「賠償金」としてのみ着眼し、お金の動きを考えると、やっぱりおかし
く思えてなりません。
 
 この気持ちのわだかまりを無くしてくださる様なご意見やコメントを
頂けましたら幸甚です。宜しくお願い致します。
kamo-kamo 質問に答える ウォッチリストに追加 のっかりはてな
状態:回答受付中 回答数:6 / 20件 回答ポイント:80ポイント
登録:2006-09-22 00:27:56 終了:
 
http://q.hatena.ne.jp/1158852472#a610454(No.7 20060922 14:16:38)
 
 原告の教諭たちは、さきに減給10%(1ヶ月)の処分を受けている
ので、これを払いもどすための判決と解釈されます。
(昨年度の減給処分を無効として再計算するのは、とても不経済なので)
 
 マスコミが、この説明なしに“慰謝料”と報道するのは、アンフェア
であり、あいもかわらぬ集団的論議に無理があるのです。
 せっかく回答の機会を得たので、私見の一端を加えておきます。
 
(20060330-0921-0923)(20151115)
 


与太郎 |MAILHomePage

My追加