与太郎文庫
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2003年12月08日(月) |
第三の偶像 ~ もういちど観たい映画 ~ |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20031208 つぎの二作、おなじ作者と監督による映画《第三の男・落ちた偶像》 は、すでに傑作のほまれ高く、これまで数回みているのに、いまひとつ よく分らないままになっている。ほんとうに、他の人たちはこの作品を 理解しているのだろうか? なにか、自分だけが理解できない理由があるのではないか? (あるいは、音楽に気をとられて、筋書きが頭に入らないのだろうか) そこで、ビデオで同じ映画をみるよりも、原作の翻訳を読めば、何か ヒントが得られるのではないか、と気づいて、古本を通信販売で求める ことにしたところ、意外なことに、一冊しか在庫がなかった。 いまのところ古本の在庫目録は、ほとんど統合されていない状態で、 かけ声だけが先行しているようだ。この件は、あらためてレポートする ことにして、届けられてすぐ(例のごとく)風呂場にもちこみ、一気に 読みとばした。 まず《第三の男》は、やっぱり事情がわからない。むしろ意外な発見 に気をとられて、ストーリーが呑みこめない。その発見とは、オーソン ・ウェルズそっくりの英国紳士を思いだしたのである。 その紳士は、与太郎が生涯に出あったなかで、もっとも魅力的な人物 として“MCP”の呼称を惜しまないピーター・マーティン氏である。 この件も(長くなるので)あらためて別稿に書くことにする。 → 《与太郎文庫》1969年12月09日(火) 一聴一席⑧My Chin http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19691209 つぎの《落ちた偶像》は、原作と映画がすこし設定を変えてあるので、 そのことを注意しながら読むと、はじめて理解できたのである。 中学時代の同級生・斉藤良太郎君の家をたずねて、母上や姉上が客間 にあらわれると、たちまち文学サロンとなる。 「この前、上の姉と《落ちた偶像》を観たんよ。新聞評ではB級の上て 書いてあったけど、バリバリのA級や、いうて帰ってきたんよ」 たぶん、京都新聞の外村完二氏による映画批評であろう。下の姉上は、 当時中学三年生だったから、もって知るべし。 おなじく二年生だった与太郎も、おなじ映画を観たが、さっぱり理解 できなかった。ただし、大人の世界を覗きこむことについては、斉藤家 の子女よりも経験豊富であり、なにより父の不貞について(ひそかに) 悩んでいたので、かえって(その主題に)とまどっていたともいえる。 >> 「さあ、白状したまえ?」と、警官は、職業的な残忍性を見せながら、 ベーンスにむかって言った。「その女は、何者だ?」 この言葉は、六十年後に、老人となったフィリップが、唯一の看護人 だった秘書を驚かせたのと丁度同じものだった。老人は秘書に「その女 は、何者だ? その女は、何者だ?」と問いかけながら、段々と死の深 淵に沈んで行ったのだ。 ── Greene,Graham/ 遠藤 慎吾・訳《第三の男・落ちた偶像 19580915 早川書房》P162 << もし文学をこころざす青年に資格試験を設けるなら、幼いころ大人の 闇を目撃した経験の有無かもしれない。そのかぎりにおいて、与太郎は 文学少年として有資格者である。ただし、文学を職業としたり、まして 「評論家になってはいかんぜよ」と釘をさす人もいたのである。 >> 文学は、はたして人生に必要なものであろうか? この問いは今の私 には、なにか無意味のように思われる。私は今、二日前からトルストイ の『アンナ・カレーニナ』を読んでいるからだ。私がこの傑作に接する のは、おそらく四度目であろう。家庭教師のフランス女を誘惑したオブ ロンスキィが、怒る妻にわびる言葉──「あやまるだけだ……これまで の九年間(の忠実)が、数分間(の不貞)をあがなうことができないだ ろうか?」この「数分間」という言葉のもつ愚かしい露骨さ、したがっ てそれを聞いたときのドリーの怒り、そうしたことの意味さえとらええ なかった少年時代から、平凡な生活をしてきたものの、多少の人生経験 をへて、たとえば、「彼らが友人同士であって、食事を共にし、一そう 互いの親しさを増さねばならないはずの酒までくみかわしながら、めい めいが自分のことだけを考えていて、相手のことは少しも思っていなか ったことを痛感した」というような句を読むと、「食事のあとに起るこ の接近の代りの分裂感」を経験したことが自分にも幾度もあると、実感 をもってうなずくような年ごろに至るまで、この『アンナ・カレーニナ』 は、読みかえすたびに、いつも新しい喜びを私に与えてくれたのだ。 ── 桑原 武夫《文学入門 19530930 岩波新書》P001-002 << 映画《第三の男 19520915 Japan》《落ちた偶像 19530807 Japan》
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