与太郎文庫
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2002年11月10日(日)  一芸の人々 〜 情報美学外論 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20021110
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html
 
 Ex libris Awa Library;
 
■2002/11/10 (日) 一芸の人々
 
 NHK将棋の時間(11:00ca)中終盤を観戦。
 加藤一二三 vs 内藤国雄、解説・米長邦雄、ききて・中倉彰子。
 ことし最高の、あるいは棋界最後の“名局名解説”だった。
 内藤さんは、映画《ベン・ハー》の戦車シーンのような詰将棋を構想
して四十年、そろそろ完成しなければ、と公表したという。
 加藤さんの生涯の誇りは(名人になったことよりも)、ローマ法王に
勲章を親授されたこと。
 中倉「? ところで、この局面ですが」
 米長「一方が謝っているのに、ワーワー云うのは、わが家の夫婦喧嘩
みたいなもんで、いけません」
 中倉「アノ、将棋のお話でしょうか?」
 米長「もちろん」
 将棋用語では、相手方の強手に対して、消極的に受けるだけの一手を
“あやまる”“ゴメンナサイ”などと表現する。すると相手はそれ以上
追求することができない。すなわち、相手の言い分は、一見もっともら
しいだけで、先の読みがあるわけではない、というような意味である。
 息づまる激戦の終局、百三十数手で元名人が投了。感想戦のあと、
 米長「名局だったね。将棋はもういいから、このあとみんなでウナギ
でもどうだい」
 与太郎の「誰が払うか知らんが、パーッと行こうぜ」と同じ趣向。
(漱石の《猫》に登場する“迷亭の伯父”にも、ウナギの一節がある)
 くりかえし述べるが、この将棋番組は、現代日本語会話の最高水準を
示す唯一のステージである。ここには、アナウンサーやタレントなどが
登場しない。すべて一芸の人なのである。
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19821101
 《盤外長考 198301‥ 将棋世界》
 
── 「私から闘いを取ったら何が残るといえよう。勝負師である限り、
命が尽きるまで勝負に明け暮れるのが棋士のさだめだ」(20081212)
http://2chart.fc2web.com/123.html 加藤一二三九段伝説
 
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■2002/11/14 (木) 一行の文字数について
 
 メール・マガジンは、ほとんど一行38字で折返されている。
 日本語のホームページも、これに準じてレイアウトされた例が多い。
 もともと、初期のワープロでは(スクロールなしに)画面表示できる
最大字数が40×40行であったことに関係があるかもしれない。
 もっと昔の話をすると、英文タイプライターでは、あらかじめ行末の
直前に「チーン」と警告音が鳴る仕掛けがあった。英単語は、次の行に
またがる場合、母音にハイフンを付けたところで折返すルールがあり、
タイピストは任意の位置を選んで調整していたのである。
 したがって、英文の行末をそろえることは、特別な熟練を要した。
 ところが、いまや日本語でも、行末がそろっていなくてもよい、と考
える人たちが多数派になったと見えるが、はたしてどうか。
 タイプライターを、実用一辺倒の印字機械だったと考える人たちは、
ぜひ思いだしてもらいたい。全盛期のアメリカにおける大企業が、本来
の製品以上に品格をもとめたのは、一連のレター・フォームだった。
 優美なレター・ヘッド(のちにロゴ・マーク、もとは紋章)に始まり、
あざやかに打ちこまれた印字、精妙な印字間隔、よくぞ計算された行末、
文末に流麗なサインが、一目で差出人の品格教養を示したのである。
 また、こうした一流大企業に文句を言うには、おなじくらい魅力的な
書簡形式でなければ、社長室まで届かなかったという。
 日本の書簡文化が、平安朝の恋文を頂点とするのに対して、アメリカ
では企業イメージとして定着したのである。
 今世紀の書簡文化は、電子記号と検索言語が中心で、差出人は受取人
と共通のルールを尊重しなければならず、互換性・汎用性が主流となる。
 個性や多様性をとなえる人々は、変形文字や絵文字などの隠語体系を
生みだしたりするが、いつのまにか放棄して継続しない。
 こうした考察について、以下“情報美学”と総称する。
(Day'20020925-1114)
 
■2002/11/14 (木) 情報美学について
 
 そもそも、女子社員の引出しには、弁当箱やハイヒールなどが入って
いるのではないか。彼女たちが否定しても、手洗いに起つときまでカギ
をかけるのは、情報の私物化ではないか。
 いそいで論証することもないが、“情報美学”をホームページで検索
すると、つぎの項目があった。
 M・ベンゼ・著/草深 幸司・訳 《情報美学入門 1993 勁草書房》
 著者はドイツの哲学者で、情報美学の創始者(生没年不詳)。訳者は
1937年神戸生れ、多摩美術大学教授……。
 余太郎が、そもそも“情報美学”を創称したのは、1982年6月ころ、
ある会社のミニ・セミナー(新入社員研修)だった。
 経済学・経営学・情報管理・情報美学・テストの順に、三十分五日間
のプログラムを組んだ。
 システム工学や情報工学という呼称は存在していたが、“情報美学”
は聞いたことがない。インターネットが普及するまで、誰が何を論じて
いるか、門外漢には見当もつかなかったのだ。
 このセミナーで余太郎が述べたのは、情報の共有化である。
 多くの会社員にとって情報とは前例であり、その記録であるが、これ
を個人の記憶に頼るのではなく、共有して管理すべきとの提案である。
 誰もが同じ情報を持つことは、農耕的平等主義では重要な要素だが、
情報価値は低下する。ひとりが知らないことは、他の誰も知らないこと
になる。かくして実態は、皆が同じ情報をバラバラに持っているだけで、
その資料も個人的に保管されている。机の引出しを他の社員が開ければ、
とくに女子社員の総スカンを食らうにちがいない。
 小さな会社では、資料室や倉庫がないから、社員の机こそ共有すべき、
という提案は、発想転換のための抽象論だったのだが。
 
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■2002/11/14 (木) 真夏の柿について
 
── 規格外の少々難ありの柿ですが、お許し下さい。
 十二月十四日、十時より母の十三回忌法要を営みます。
 お参り下さい。── 杉原 正 (Let'20021112)
 
 岐阜より柿が届く。柿の季語は秋だったかな?
 おとといは神無月(旧暦十月)八日だが、葉月(旧暦八月)の季語は、
柿の花・柿の薹(仲夏)らしい。
 
 後日、またしても柿が届く。
── 「母の法要、十二月十四日(土)十時からです。
 前回誤り(?)でした。」── 杉原 正 (Let'20021124)
 
 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺  正岡 子規 
 虚子よりも 子規の親しき 柿の秋 鷹羽 狩行
 
 以上のような“情報検索”から、ちょうど56年前を思いだした。
 余太郎の処女作《ぼくのいなか 1946 優良文集》は、小学校二年生の
夏休み、三重県でのできごとを書いて、知事賞(*)をもらっている。
 少年が、おばさんに「あの一ばん大きなのを取って下さい」と云った
とあるが、いま考えるに、夏休みに柿は実らない。
 この作文は(実は)、もともと父の代作(創作)であり、似たような
エピソードがあったにしても、よく思いだせないままである。
 真夏の木に成る果実は、何だったのか?
 
 これを読んだ大人も誰ひとり、この矛盾に気づかなかったらしい。
(父も母も、担任の先生も、審査員も編集者も、知事までも!)
(*)知事賞は市長賞が正しい。つぎの三人は、偶然にも同い年である。
 


 林  良材 開業医   1891‥‥ 東京 19‥‥‥ ? /〜《還暦の町医 1952‥‥ 私家版》
 和辻 春樹 京都市長17 1891‥‥ 東京 19520824 60 /[19460313-19461127] 哲郎の従弟
 木村 惇  京都府知事 18911030 宮城 19690212 77 /府庁知事室秘書課・山本氏による。

 
 作文の受賞直後、昭和四十六年十一月十六日、小児結核を発病。
 以後、十五ヶ月半におよぶ休学・闘病がはじまった。
 
「鈴なりの柿は晩秋の風物で柿が赤くなると医者が青くなると言われる」
── http://www5c.biglobe.ne.jp/~fuga/haikusaijiki/houseki/ad_l.html
(以下、医師列伝につづく)
 
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■2002/11/15 (金) 医師列伝・断章
 
 これまでの生涯に、胸襟をひらいた医師は数十人におよぶ。家族の分
を加えれば百人ちかい(媒酌人も、父の主治医だった)。この人々が、
いかなる病を完治したかといえば、ほとんど功績がないのである。
 母は肋膜癌、父は胃潰瘍で、それぞれ長期にわたって多額の医療費を
支払ったが、一度も快方に向かうことなく最初の病名のまま死んだ。
 
 ホーム・ドクターが亡くなったとき、与太郎は父と顔見合わせて,
「あの先生は、なにひとつ治さなんだな」と苦笑したのを思いだす。
 田中 愛三(同志社高校1956年度卒=正伸の父)
 京都市東山区三条大橋東入大橋町(吉二一〇五)
 
 母も、気軽に往診してくれる田中先生の物腰から病状を推して、緊急
を要する場合はイソダはん、やや重篤とみればハヤシ先生、というふう
に、つぎの医師を決めていたフシがある。
 
 生来病弱だった与太郎の、七才から九才にかけての小児結核は、ヤミ
のペニシリンで即効する。
 ペニシリンを待つ間、ドイツ語のテキストを見ながら“気胸手術”を
敢行した青年医師が、八才の少年の胸に向って注射針を突きたてた姿は、
いまも彫像のように思いだされる。
 この中西医師の恩師にあたる老先生(当時54歳)にも、ときどき診て
もらうことになった。
 
 ハヤシ先生は、診察のたびに、いつも同じことを言った。
 たぶんカルテに「作文のお世辞を言うこと」と書いてあったのだろう。
「ボクの作文を読みたいもんだネ」「センセ、お上手ばっかり」
 めかしこんだ母が、いつも嬉しそうに答えていた。
 
 林 良材博士の名は、最近ようやくホームページで発見できた。
 著書に《還暦の町医 1952》《町医三十年 1954-1955 創元社》《誤診
百態 1955》《わが師を語る(正・続)1970-1971》など。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20101025【林 良材 文庫】
 
■2002/11/15 (金) 町医・林 良材の記
 
── 昭和24年には、医薬分業問題がおこった。1978 中東医報 第5号
              (ママ)
 7月来日したアメリカ薬剤師協会使節団はGHQに強制医薬分業を含む報
告書を出し,サムス准将は9月13日その分業勧告書を厚生省に渡した。
これより日本医師会の医薬分業に対する長い苦しい戦いがはじまった。
京都府医師会には医薬分業対策委員会が作られ,中京東部医師会の林良
材はその委員長となり,その「任意医薬分業論」はサムスに府医の陳情
書として送られた。これによって林良材は日本一の強制分業反対の論客
と折り紙をつけられ,昭和25年5月国会の公聴会に・昭和29年6月医薬朗
係審議会委員として医師会代表として全国医師の与望を担って大活経し
た。林良材は毎週水曜日午後,39回東上している。繁忙な診療を犠牲に
しての東上は大変な辛苦であったと思われる。
http://www.naka-higashi.kyoto.med.or.jp/activity.htm
 
(20020604-1115)
 
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2002年11月14日(木) エンピツ日記《与太郎日記》◆=リンクしない。
 
── 阿波 与太郎 様
 
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■2002/11/15 (金) Re: 行間を広げることはできますか?
 
── 阿波 余太郎 様
 
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(20021115-20101026)
 


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