与太郎文庫
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1996年06月06日(木) |
くたばれ!たかじん(1) |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19960606 徹子の部屋:あの人はいずこ・シリーズ(録画) 司会;黒柳 徹子 出演;桂 ざこば ゲスト;阿波 雅敏 徹子 きょうはホントにありがとうございます。やしきたかじんさん を知るお二人の方に来ていただきまして、たかじんさんのお話 をたっぷり聞かせていただこうと存じております。視聴者の中 でお若い方々にはご存じない方もいっぱいいらっしゃるんだと 思いますけれど、関西を代表するシンガーソング・ライター、 のお一人でして、すばらしいCD・アルバムをたくさん残して おられます上、テレビのトーク番組でも型破りのとんでもない ご発言などで、ほとんどの方が吉本喜劇のお笑いタレントだと ばかり信じてらっしゃるくらい。でもほんとは歌手なんですよ って、この番組にお出になるたびにおっしゃってたんですけれ ど、お話が面白くって、結局歌っていただく時間がなくなって ギター抱えてなんにも弾かないで、また持って帰っちゃうって いう方だったんですよね。アノ、桂ざこば師匠は上方落語界の 重鎮でいらっしゃいまして、よく御存知の方はよく御存知だと 思うんですけど、そしてヤシキ・タカジンさんとはとてもお仲 がよろしくて一緒に番組にお出になってましたですね。そして もうお一方は、若き日のタカジンさんを知る数少ないご友人、 あるいは年齢的には先輩にあたるっていうか、下積みの時代を よく御存知でいらっしゃるそうでございます、阿波さん。今日 はお忙しくはないにしても、はるばるご遠方からお越しいただ いてありがとうございました。 どちらの方からお伺いしようか迷ったんですけれども、さきに タカジンさんとお知り合いになられたのは、やはり阿波さんで したでしょうかしらね。 阿波 彼が大学生のころね。 徹子 アノ有名な、スナックでの皿洗いの時代ですね。 阿波 たぶん、皿を洗う前日に会ってますな。 徹子 アラマ、前日ですって? 阿波 皿洗いは彼にとっては二次的な仕事で、本来ギターの弾き語り として雇われたんです。プロダクションの社長に連れられて、 スナックのオーナーに面接する。それに立ち会う予定だった。 徹子 そのスナックの経営者と阿波さんが、もともとお友達だったん ですって? 阿波 中学高校以来のね。そして名義上だが、彼のプロダクションの 取締役でもあった。設立発起人だったかな? 徹子 まぁ、それじゃ双方のお知り合いだったの。だったらスムーズ にことが運ぶわね。 阿波 ただし、プロダクションの社長ってのは、よく知らない男で、 オーディションとまでいかなくても、何人か連れていくんだろ うと思ってたら、前々日に決まりましたっていう。おいおい、 決めるのは向こうじゃないかっていうと、これが業界の慣例だ という。まるで芸者の不見転じゃないか。もし断わられたら別 のを連れていくんだろ、なら最初から数人、せめて二人連れて いくのが普通だろ。これを社長はフンと笑って取りあわない。 徹子 不見転っていうのは、ワタシよくわかりませんけど。たとえば 一日で終わる仕事じゃなくて、何か月もの契約でしょ。この人 ですったって、アアそうですかってずうっと居るわけ? 阿波 いまだによくわからない。心配だから、すくなくとも面接に立 ち会うことにした。ところが当日、改装工事中のスナックに、 オーナーもマネージャーも来ない。オーナーに電話すると「誰 でもいいよ」などという。 徹子 お店の方が誰もこないから代わりに阿波さんが面接した、でも 断われないんじゃ、面接にならないじゃない。 阿波 そう。だから、あんまりひどくてオーナーが断わりにくい場合 僕にも責任が生じる。後々にね。だから立ち会って、あんまり ならその場で断固ことわる、本人だって傷つくだろう、後から いろんな理由をつけてからじゃ。 徹子 ワタシもそう思うけど、それが業界の常識? ざこば ほかに居らなんだんちゃう? たかじん以外に。 徹子 アラそうなの。師匠ごめんなさいね、阿波さんとばっかり話し ちゃって。でもちょっと待って、とにかく採用は決まったの? 阿波 プロダクションの社長と取締役と、タレントの三人が、店の前 の路上で相談するわけだからね。決まるのは当然だ。 徹子 おかしいわね。でも阿波さんもタカジンさんを見て、彼ならば いいと思ったのね。 阿波 困ったことになったと思った。断固ことわるほどではないが、 黒縁のメガネに学生服、ニコリともしない奴がヌーッと立って いる。誰が彼をギターの弾き語りだと認識できるか。オーナー はいいとしても、マネージャーはどう言うか。 徹子 なんて言ったの。 阿波 次の日にマネージャーが飛んできて「うちは、こういうタイプ やないとあきまへん」といって尾崎紀世彦《また逢う日まで》 のジャケットを見せた。 ざこば 素人でもわかるがな、ムリや。 阿波 なにしろオープンの日も迫っている。しばらく使ってるうちに 出物があるかもしれん、となだめた。 ざこば ほんまに「あきまへん」いうたんかいな。 徹子 ざこばさんは、開店のときからのお客様だったの。 ざこば いやいや、わしはずっと後で、その店は知りまへん。 阿波 ざこばはん、実はそのころ店にきてるんや。 ざこば 知らんちゅうてんのに。まだ真打ちにもなっとらんし。 阿波 それが店にきてるんや。ただしドアからのぞいただけで帰って しもた。 ざこば けったいなこというなぁ、知らんで。 阿波 朝丸時代に、南座に出たことありまっしゃろ。 ざこば そらま、ないことはないけど。 阿波 南座からまっすぐ家に帰りましたか。 ざこば あんた、けったいやなぁ。タカジンの知り合いてみんな変っと るんか。酒の一杯や二杯、店の一軒や二軒、寄らいでか。 阿波 私が、トイレから席に戻る時に、ドアからのぞいてる男がいた んや。一目でチョーマルや思うた。 ざこば その、のぞいてたんがワシかいな。へぇ、そんなことしたか。 ほいで入らなんだやろ。 阿波 三つ揃いの背広で、目が小さかった。 ざこば ほんまかいな。南座の前の電車道わたって、真向かいの店か。 阿波 一杯飲み屋はあったけど、当時ハイカラなつくりの店は、一軒 だけや。それがホリデーバーガーや。中でタカジンが皿を洗う か、ギター弾いとった。ボクはまあ常連客やった。 ざこば アノほなら、ちっちゃい店ちゃうか。中見えんように仕切りの ある。一軒だけか? 阿波 そや、「朝丸、一杯飲ましたろか?」いうたら入ってきたか? ざこば 「おおけに」そやけど、あんたエラソウにいう人やな。 阿波 機嫌のええ証拠や。その日は機嫌わるかったのか、フトコロが きつかったか「やめとこ」思うて、にらみつけたら、スゴスゴ 帰っていったがな。芸人がのぞくたんびに一杯飲ましてたら、 なんぼツケでももたん。 ざこば あんた若いくせに、ちょくちょく芸人におごってたんか。 阿波 メンセツに合格したらな。このとき師匠とタカジンが出会うて たら、両人の運命やいかに。 ざこば そうかなあ、ワシは一応落語で、あんたみたいな物好きに声を かけられたかもしれんけど、タカジンはまだ売れるもなにも。 阿波 この話にはつづきがある。その前か後か忘れたけど、こんどは 南座に出たべっぴんの女優が、この店に入ってきたんや。誰ぞ 待ち合わせてたか、ふられるんやね。 ざこば そらまあ、気になるわな。なんちゅう女優やて? 阿波 名前も忘れてしもた。イニシアルI.P(泉ピン子)クラスや ない、もっとべっぴんや。 ざこば そらそやろ、けったくそわるい。 阿波 素顔やったから、劇場中継みてもどの娘かいまだにわからん。 すぐに声かけんし酒もすすめん、誰ぞ出てきたらスカみたいな もんや。他の客がちょいちょい小当りするけど、その娘ケロっ としとる。タカジンまで皿洗わんと隣に座りこんでチョッカイ 出しよる。あつかましいことに、ボクのウィスキー勝手に彼女 に注いどるんや。ただし黒縁のメガネにエプロン姿の皿洗い風 情では、彼女もサマにならん。そこで、青年実業家ふうのボク が、おもむろに声かけるわけや。 ざこば ははぁ、いよいよきたな。 徹子 アノ、お話し中おそれいりますけど。 ざこば アレ、まだ録画中やったんかいな。 徹子 いいのよ、あんまりバカバカしいからディレクター帰っちゃっ たのよ。いやんなっちゃうわね、最近のゲストって話がくどい ばっかしだから。TBSの「シャベタリーノ」じゃないのよ。 いいわね、最初の五分だけ残して、あとはスクラップよ。 ざこば ギャラはどないなんの、最近ワテも呼吸がわからんようになっ てもた。帰りの新幹線くれるやろな、なあテッコさん。 徹子 知らないワヨ。もうイヤ! オツカレサマ! 阿波 なに怒っとるの、彼女。 ざこば 最近な「徹子の部屋」いうても追悼番組ばっかりつづくやろ、 こんなん誰が見るんやろか。 阿波 ボクは彼女にささやいた。 ざこば まだつづくんかいな、録画おわっとるんやで。 阿波 「待ち人きたらずか?」 ざこば 「ハイハイ」 阿波 「河岸かえて、パッーとやるか」 ざこば 「オオケニ、ウレシイワ」 阿波 するとタカジンが割り込んで邪魔しよる。 ざこば まだ居るんかいな、アイツ。 阿波 「最初のセリフ、なんちゅうの」 ざこば セリフあらへんのとちゃうか 阿波 彼女は『ヨシヨシ』と答えた。 ざこば なんじゃそれ、老け役かいな。 阿波 タカジンが「前どこに居ったん?」と尋ねる。 ざこば ホステスやないんやで。 阿波 彼女「タカラヅカ」 ざこば ほぅ。 阿波 ボクはタカジンに言うたった。「お前むこうで皿洗うてこい」 ざこば ほんまほんま、アッチャ行け。 阿波 しかしタカジンの顔も立ててやる、ここが通人のええとこや。 ざこば さよか、ほんで? 阿波 「その前にギタ−もって歌え、店がすんだら呼んだるさかい」 ざこば なんでやな。 阿波 タカジンがギターもって歌い出す。 ざこば なるほど、ムード作らす。 阿波 その歌がヘタ、ギターもあやしい。 ざこば ムリないわな、まだ一人前やないさかい。 阿波 「ほな、行こか」このタイミングやね、通は。 ざこば とうとう引っ張り出したな。さぁ、どうする。 阿波 「どっか行きたい店あるか」と聞く。 ざこば さっさと連れていかんかい、しんきくさい。 阿波 ここで彼女が「どこでもええわ」言うたら、ジ・エンド。 ざこば 言うたか? 阿波 「ナントカ食堂に寄りたい」言うた。 ざこば 高級レストランちゃうんか。 阿波 なに食べたか忘れた、役者仲間が入ってきて彼女に声かけた。 「オマエ、さっき腹具合わるいいうとったのに、飲んどるヤ」 彼女こたえて「もう治った」 ざこば そいつら、その役者仲間にも飲ましたんか。 阿波 そこまでせん、ようやく彼女と話がはずみだす。 ざこば ナントカ食堂で? 阿波 これも粋なもんや。彼女は「ワタシ北大路欣也が好きやねん」 と言う。「あれは痔やで」「もう治った」 ざこば なにをいうてんのや、ふたりとも。 阿波 「佐野周二もジやった」「ホンマニ?」「ヒサヤ大黒堂の宣伝 しとった。松竹三羽烏テ知ってるか」「シラン」「鶴田浩二が アヤシイ」「フーン」「あとのふたり、佐田啓二と高橋貞二は ジコで死んだ」 ざこば ウソツケ! つぎは石坂浩二か。 阿波 彼女はボクに聞いた「お仕事ナニ?」「どろぼうや」「今日は お休み?」「まぁな、キミ今晩どこにかえるんや?」 ざこば そやそや、その手や、いくで。 阿波 「トモダチの家」「ボクが送ったる。二三軒寄るか」「ウン」 ざこば ハナシが進まんがな、しんきくさいなぁ。ワシ今日は黒柳徹子 と対談にきたんや、アンタの話聞きにきたんちゃうで。 阿波 こっからが本筋や、ボクはこの話するまで帰らんぞ。 ざこば テッコさーん、クロヤナギさーん、キップたのむでー。 阿波 つぎの店で、こんどは普通の店や。タカジンに電話して場所を 教えとく、ギターだけは持ってくるな。 ざこば そないに下手やったか。 阿波 紹介者としてヒシヒシ責任を感じる。ほかの客に申し訳ない。 そもそも「たかジン!」と最初に呼びすてたのはボクだ。それ まで仲間内も本人も「やしきたかじん」と読み下しておった。 ボクが「たかジン!」と呼びすてるたびにPEPの社長が顔を シカメていたのを思い出す。 ざこば ほな「ジンちゃん」いうたのは誰や。 阿波 アイツの本を立ち読みしたら、ホリデーバーガーのマスターが 最初だと書いておる、まったく根拠のないデタラメだ。なにが 《たかじん胸いっぱい》か、ウソいっぱいや! ケシカラン。 会うたら、どついたろか。ざこばはん、あんたもキレテくれ。 ざこば ワシ、そんなことではキレんけどな。 阿波 ヤツが新聞記者になってたまるか。会うたら「勘違いでした、 スンマヘン」ですむと思うとるやろが、新聞記者がスンマヘン いうような新聞だれが読むもんか。TBSでもクビにするぞ。 「ジンちゃん」と最初に呼んだのは断じて男ではない。佐々木 はすぐれて美男だが、女言葉は使わない。たぶんボクにならっ て「たかジン」と呼んでいたはずだ。すると彼のヨメはん、す なわち良子ママであると推測される。それにならってホステス (一人しか居らなんだが)、そして女客(おおくは客を連れて きた芸者や舞妓)。ヤツの本は“半玉”と注釈しているが京都 に半玉は居らん。関東の半玉は玉代が半分だったから、こう呼 ぶが、京都の舞妓は一人前の花代がかかる(なにがシンブンキ シャやねん、知ったかぶりしやがって)。彼女らが「ジンちゃ ん」と呼ぶのはマスターやママの手前だけ、ひいてはマスター の母であり歴史的名妓だった末子おかあはんに気がねしていた からナノダ。初期においては、本人も認めるように「メガネ」 だったのだ。ところが日本男性の二割がメガネをかけており、 あるいは業界における三大禁句「ハゲ・デブ・チビ」に準じる ため自粛されたにちがいない。当時ボクは「スダレ」なる新語 を発明したが、あまり普及しなかった。のちに「バーコード」 として復活したらしいが、このテーマは別の機会に論じる。 ざこば 別にロンじるほどのもんやないが。ホナ、なにかいなホステス は一人しか居らなんだのか、あの店に。 阿波 そや、そのホステス、この話の結末に意外な役で再登場する。 ざこば ふーん、なんぞあったな。 阿波 どや、ざこばのラクゴより旨いやろ? ざこば アホか、はよ言うてみい。 阿波 電話してすぐに、たかじん一行が来よった。ドヤドヤーッと。 ざこば 店のもん、そないぎょうさん居るわけないが。 阿波 オーナー、ママ、ホステス、マネージャー、チーフ、あわせて 六人。こうなると、ボク一人では勘定がもたん。気を利かせて 早じまいして、居残った客まで連れてきよった。 ざこば どこに気ィ利かせとんね、最後の客も災難や。 阿波 ここまでで九人、つぎの店で二人増える。 ざこば そういうこともあるわな。ほんで、女優はどないしたんや。 阿波 みんな、もうバラバラにしゃべっとる。マネージャーの彼女か ヨメはんまで、いつのまにか増えとる。さすがのボクも計算が 混乱したが。それでもクダンの女優との約束がある。 ざこば さいな、男の意地や。 阿波 明け方の町筋を、タクシーが彼女のトモダチの家の前に向う。 ざこば もうちょっとや、青年ジツギョ−カ、イケーッ。 阿波 「そこ曲がって、そこ止めて」ハイ、それまでよ。 ざこば ええかげんにせいや、オチにもならんがな。ワシも帰るで。 阿波 もうちょっとで終わる。数日後、タカじんがボクの席にきて、 先夜の礼言うどころか「ボク今度ケッコンします」「そうか、 よかったな。相手が居ったんか」「ほんなもん、いつでも居り ますワ」「誰でもええけど、いつや」「あさってですワ」「そ うか、えらい急やな」「それで結婚式やけど着ていくもんがな い」「エプロンであかんか」「相手はトモダチに衣装借りるん ですワ」「お前セビロくらいないんか」「ない、ネクタイ窮屈 やから」「着たことあるか」「そんなもん、ありますワ」「わ かった、これやるわ」ボクは偶然その夜、着ておった黒のダブ ルをパッと脱いだ。「ちょっと着てみろ」「チイサイけど着れ ることは着れる」「ぜいたく言うな、袖が足らんナ。今晩ヨメ ハンにいうて引っ張り出してもらえ、それくらい、どんな女で もできるやろ」「大阪の女やさかい、何でもしよる」「他の女 に頼むなよ、ヨメはんか、そのトモダチまでや、わかったな」 「ネクタイ、どないしょ?」「マスターに貰え、花婿用を二本 もっとるはずや、一本は失くしたかもしれんが」 ざこば ええとこあるがな、服やってもたか。それが前のヨメハンか。 阿波 ボクの想像やが、先夜のドサクサにまぎれて、彼女を押し倒し よったんやないか。「好きやねん、ケッコンしよう」とかデマ カセ言うたんやろ。相手が誰か聞かなんだのは、ピンときたか らや。これが粋人や、俺は、タニマチでもファンでもないから チップはやらん。アイツの下手な歌とギターに責任を感じてる だけや。客に申し訳ないと思うが代わりがない。何とかゴマカ シながら、店の邪魔にならんことを祈る日々やった。 (つづく) ────────────────────────────────
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