Ex libris Web Library；泥にまみれて（カバー画像）
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19810325
　
──　石川 達三《泥にまみれて 195405‥ 新潮文庫》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4101015074
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19801205 　謹呈
　
【起】 広告代理店地方営業所
　
　あるとき新聞の求人広告で、その営業所に事務員として雇われた。
　彼女は、絵心があった。ＯＬをしながら、絵画塾に通っていたほどだ。
　三年目に、絵画塾で海外修学旅行に参加することになった。
　
　観光をかねて、これまで学んできた絵画道を究めるためだそうだ。
　もちろん、師匠の画家は留学経験もあり、外国語にも堪能なはずだ。
　年頃の男女数人だかを引率して、名だたる美術館を訪ねるという。
　
　おそらく、旅行代理店のツァー日程を踏襲、便乗するのだろう。
　かくて彼女は、二週間の休暇願を（上司に）提出した。
　そもそも、日曜画家をめざす者にとって、不可欠の修行だろうか。
　
【承】
　
　上司は、採用のとき、そんな予定は聞いていなかった。
　一人しかいない事務員に、二週間も休まれると困ると思った。
　そこで、もったいぶって「本社に相談してみる」と答えた。
　
　臨時の事務員を雇うにも、二週間は中途半端である。
（当時は、アルバイトや派遣社員の制度が普及する数年前だった）
　本社から、代りの女子事務員を寄こすのも面倒なことだ。
　
　本社も、その事務員を「自主退職」させて、新規採用せよと応じた。
　あと何年つづくか分からない勤め先を、こうして辞めていった。
　社内の誰も、名残を惜しむ関係になかったようである。
　
【転】
　
　こうして、あらたに雇われたのは、元ローカルテレビの事務員だった。
　さきの事務員とちがって、とても控えめで、しとやかな物腰だった。
　上司も同僚も、こころおきなく前任者の悪口を言って憚らなかった。
　
　一年後に、本社の“監査”があり、数千万の“穴”がバレた。
　ときに、滋賀銀行事件から八年後、三菱銀行事件の直前だった。
　いったい、世相というものに、なぜかくも世間は鈍感なのか。
　
　この事件を、三年後に知った与太郎は、当の上司に確めた。
「まるで、三和銀行の伊藤 素子が、南 敏之に貢いだようなもんかな」
　すると上司は「そうそうそう、そうや」と大きく頷いた。
　
【結】
　
　彼女は、実は前のテレビ局でも同じような問題を起して退職していた。
　家族が、前回同様に全額弁済したので、刑事責任は問われなかった。
　彼女を唆した同僚社員は、一切責任を取らず、何くわぬ顔で転職した。
　
　事件の発端は、さきの事務員を雇うとき、休暇の条件を明示しなかった。
　有給休暇の権利について、本社も無頓着で、調停の努力をしなかった。
　後任者を雇うときも、前の職場の人事課に電話一本すれば回避できた。
　
　彼女を唆した同僚社員も、国立大学出身とかで、前歴不問で採用された。
　上司が管理職として予備知識を持たず、なにひとつ教育を受けなかった。
　経営者が国立大学の法学部出身なのに、なにひとつ教育していなかった。
　
【補】 つぎの“三大横領事件”は、日活ロマンポルノ他で再現された。
　

♀奥村 彰子　滋賀銀行 19301204 大阪 ／19731021 東山支店預金係 9.0億円
♀大竹 章子　足利銀行 1953‥‥ 栃木 ／19750720 栃木支店貸付係 2.1億円
♀伊藤 素子　三和銀行 19481118 京都 ／19810325 茨木支店預金係 1.8億円

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