与太郎文庫
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1959年04月10日(金)  風の男 〜 白洲次郎とその時代 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19590410
 
 1960年代の大沢商会は、創業記念品に背広生地一着、帝国ホテルへの
招待(全日空の赤いバッグ)など、地方の小売店主に、目のくらむよう
な華麗なプレゼントを贈っている。
 
 いま思うに、このようなセンスは、大沢社主のアイデアというよりも、
英国紳士・白洲次郎によるものだったらしい。
 しかし、大沢商会の内部崩壊も、このころから始まっていたのだ。
 
 大沢商会の伝票は、あくまでもカーボン紙を挿入しての手書きだった。
 宛先は、すべて経営者個人の苗字を冠して「○○写真機店、御中」に
統一されていた。相手方の都合によらず、まさに“殿様商売”だった。
 


白洲 次郎 東北電力会長 19020217 東京 19851128 83 /大沢商会会長/貿易長官 1
♀白洲 正子 随筆・評論 19100107 東京 19981226 88 /樺山 愛輔の娘〜《能面 1963》

 
── 遺言「葬式無用、戒名不用。白洲次郎」
 
 白洲はホイットニーの方法は Your way として一気に民主化ヘの目的
(object)を目指すものとし、松本氏の考えは Their way として手紙に
イラストを入れてジープ・ウエイの説明をしている。
(武相荘にもタイプライターとともにこの手紙が展示されていた)
 
19590410東北電力会長を退任。以後、荒川水力発電会長、大沢商会会長
等を歴任、大洋漁業、日本テレビの社外役員、S.G.ウォーバーグ顧問等
をつとめるが、政財界の第一線からは身を退く。
 
── 《その時歴史が動いた「白洲次郎・戦後復興にかけた男の意地と
誇り・アンコール」20061102(木)25:10〜25:55 NHK総合》北 康利 [再]
http://www.buaiso.com/nenpu.html
http://kingendaikeizu.net/sirasuzirou.htm
 
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(20061103)


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