与太郎文庫
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1957年06月20日(木) |
抹茶の倦怠 〜 退屈論から厭世考へ 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19570620
やまなみ 13号 もくじ お願い……………………………園田 民雄…… 2(文芸部顧問) 作家と私(二)…………………富井 康夫…… 7(文芸部先輩) 虞美人草…………………………埋草 書人…… 4(?) 客体から主体へ 〜 現代芸術の理解のために 〜 ……………………竹内 康 ……38(2A) 家遠し……………………………下村 福 ……18(国語科教諭) 幸福………………………………野副 紀子……27(2B) 抹茶の倦怠………………………武市 恒子……28(2D) 芝生の草…………………………笠本 義嗣……17(2C) 受験……………………………… …… ……13(?) 一年選集…………………………………文芸部選 ……19 消えた灯…………………………今井 公子……14(1F) 入学試験…………………………石田 良子……15(1G) 電信棒……………………………井上 道子……16(1G) 叡山電車…………………………池野 雅子……19(1B) のぞみ……………………………山本 邦彦……19(1D) 春を送り夏を迎う………………谷口 尚子……20(1E) 現実………………………………中西 宏 ……21(1E) 春…………………………………大島 雅子……21(1D) 山…………………………………芳野 雅子……22(1D) 中学生 生いたちの記……………………星野 隆昭……23(中3) 法隆寺をたずねて………………革島 良子……16(中3C) 創作 桜草………………………………和田 和代史…29(2D) 乱心………………………………小磯 実 ……35(? ) JEALOUSY………………清水 隆史……41(2F) 編集後記………………山本 悦朗……44(3C) 宮田 昌洪……44(3?) 松浦 和郎……44(2A) (N) ………44(? ) 編集人:山本 悦朗・和田 和代史/印刷所:芸林社 ── 《山脈・第13号 19570620 同志社高校文芸部》 (この号は、目次や執筆者の表記に欠落・不整合が多い)
>> 抹茶の倦怠 二D 武市 恒子 近頃季節のせいかいやにぼんやりしていて体がだるい。別にどこが悪 いという所もないのだけれど、どうにもしかたがない。自分は自分だけ が知っているといったって、自分の自分を知らないことが多い。まして 他人は誰も自分を知らないなどといって悲しがることはない。他人は畢 竟身身に違いないから他人をせめるにあたらない。相互に相手を睨合い ながら表面はおだやかだ。自分の満足を求めるだけ。そんなことは考え ない等と野暮なことはいわぬことだ。強いものはいいが弱いものはそん だ。他のものも自分のものも信用する事の出来ないものほど損なものは いない。生活方法の絶対究極は無為に従ふて無為に生かされる……と昔 から、どうするにも仕方がなくなった人がよくいったものだ。自分には 無為体究なんて思うだけ実に無為なもの。といって別にどうしようもな いから時に従っているだけ。実につまらんけれども、どうしようもない から仕方がない。 湯釜の音を聞き、茶碗の内を見ながら、お薄をスーとのむ。そしてし ばらく茶碗を持ったまゝぼんやりしいる。それは感傷じゃない、或る満 足感かも知れないけれど、そこに永遠性のどうにも仕方のない退屈を感 ずるのである。 ── 《山脈・第13号 19570620 同志社高校文芸部》 << ※ぼんやりしいる(誤植)→ぼんやりしている。 ひっ‐きょう〔‐キヤウ〕【×畢×竟・必×竟】 [名]《梵atyantaの 訳。「畢」も「竟」も終わる意》仏語。究極、至極、最終などの意。 [副]さまざまな経過を経ても最終的な結論としては。つまるところ。 結局。「―人は死を免れえない」 み‐み【身身】 1 《「身身となる」の形で》身二つになること。出産すること。 「舟のうちの住まひなれば静かに―と成らん時もいかがはせん」〈平家 ・九〉 2 各自のからだ。その身その身。 「おのが―につけたるたよりども思ひ出でて」〈源・蓬生〉 ── 大辞泉(小学館) ──────────────────────────────── 続々・抹茶の倦怠 フィリピンだかネパールだかで、ゴミの山での一番人気はネスカフェ の空瓶だそうだ。 いちど覚えたカフェインは、脳に記憶されるらしい。 最近タクシーの運転手に「どこか、コーヒーの旨い店を知らないか」 と訊ねたら「わしゃ味なんか分りません、インスタントばっかりです」 と素気ない。だがネスカフェは、こういう人たちにも売りつけたのだ。 若いころ(名曲喫茶で)一杯50円のコーヒーで半日暮らしていた。 一杯500円の“美人喫茶”では、すごい美人が隣に坐ってくれた。 (いま調べるに、全員なんらかの美人コンテスト入賞者だったらしい) 中年になると、打合せのたびにコーヒーが出された。 家に居るときまで、ガブガブ飲むくせがついてしまった。 徹夜仕事では、カフェインとシュガーを脳が要求したらしい。 パソコンに向いながら、インスタント・コーヒーを飲むのは簡単だ。 老年になると、赤ん坊の味覚にもどるらしく、肉や脂が苦手になる。 インスタント・コーヒーにも飽きて、一日数杯に減った。 日本茶だけで物足りず、あるとき亡父が抹茶を点てる姿を思いだした。 はじめは面倒だったが、これこそが、一服の休息となる。 色や香りの溶けぐあいをたしかめるので、両手がふさがるからだ。 ゆるやかに茶碗を回して、じっと覗きこむ瞬間が極意である。 あるときは海であり、あるときは空である。 ときには、おのれの瞳が映しだされることもある。 こんなものの喫みかたを教える茶道の家元制度も、類がない。 こんなものを喫みつづけた家元は、緑色の小水が出るかもしれない。 うそかまことか、つぎのうわさ(二は自作)もある。 一、日本画家は、絵筆を舐めるので、五色のフンが出るそうだ。 二、菜食主義者(田畑忍学長)は、草食動物とおなじく、フンが丸い。 三、佐々木幸綱の家では、七五調で話しているらしい。 日本画の技法は、そのつど顔料を胡粉に混ぜる。擂鉢で団子状にして、 数百回打ちつけ、練りあげたものを、筆に取って唾液で湿しながら描く。 (うろおぼえだが、いまもこんな不衛生な技法を守っているのだろうか) (Day'20050428) ──────────────────────────────── 続・抹茶の倦怠 インスタント・コーヒーやティー・バッグの紅茶にも倦きてしまった。 紙フィルターのコーヒーも、くどく感じる。 すこし面倒だが、略式で抹茶を点ててみる。 夜中に抹茶を喫みたくなった。道具類はあるが、抹茶が見あたらない。 一度あきらめたが、ふと見ると透明プラスチック容器に、白っぽい粉 が入っていた(はじめ塩昆布のように見えた)。 家人が、なにかの拍子に入れかえたものらしいが、抹茶は光によわい。 かきまぜてみると、緑色にもどったので、エイヤとばかり点ててみる。 ほとんど香りが失われているが、久しぶりに満喫した。 抹茶は、父の香りでもある。 中年のころ、母に茶化されながら始めたが、母に先立たれてからも、 ときどき一人で点てていた。ときに息子が所望すれば応じた。 母は、ひとり息子に、いずれ成人したら、男でも茶華道を習うべきだ と云っていた。(Day'20050312-20050421) このコラムは「抹茶の倦怠」から「退屈論」「茶能指数」につづく。 ── 《茶能指数 》 ── 《厭世考 20050429 》 ── 《続々・抹茶の倦怠 20050419-0427 》 ── 《続・抹茶の倦怠 20050312》 ── 竹内 康《退屈させない人間 19670120 》 ── 武市 恒子《抹茶の倦怠 19570620 山脈・第13号》 ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐ ↓=Non-display><↑=Non-display └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘ (20050427-20090507)
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