与太郎文庫
DiaryINDEX|past|will


1938年06月10日(金)  民秋家の人々 〜 すれちがった人々 〜

 

http://d.hatena.ne.jp/adlib/19380610
http://www.hatena.ne.jp/adlib/activities
http://twitter.com/awalibrary
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19380610

 
 Ex libris Web Library;民秋 史也 20070927.jpg
http://www.chugoku-np.co.jp/wagahibi/9_molten/molten07927.html
── 《わが夢(1)世界への思い 幼少期の英語学習 原点 20070927 中国新聞》
 
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4893470140
── 民秋 重太郎《著作集(1)198803‥ 萌文書林》¥ 7,875
 
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4893470159
── 民秋 重太郎《著作集(2)198803‥ 萌文書林》¥ 5,250
 
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/
── 民秋 重太郎《宗教学序説 1955‥‥ 同志社大学出版部》
 


 民秋 □□  宗教学    18‥‥‥ ‥‥ 京都 19‥‥‥ ? /重太郎の父
 民秋 重太郎 宗教学    1906‥‥ 京都   19880619 82 /史也&言の父
/同志社大学教授/梅花女子大学長
 
 民秋 史也 モルテン社長 2 19380610 京都 広島 20100817 72 /[197610‥-]/清史の父
/(前社長は義父の弟)/クリスチャン/東京大学文学部、南カリフォルニア大学卒/マツダ入社
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19570316
── 民秋 史也《高校時代 19570316 同志社高校卒業記念誌 �堯�P12-14
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A1%A1%CC%B1%BD%A9+
 
 民秋 言   社会学    19400115 京都          /重太郎の子/史也の弟?
/1971 東京教育大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程修了/白梅学園短期大学保育科教授
http://booklog.jp/author/%E6%B0%91%E7%A7%8B%E8%A8%80
 
 民秋 清史 モルテン社長 3 19741122 広島          /[20100818-]/史也の長男
/1998 帝京大経卒/2006 モルテン入社/20101206 エアマットレス「ステージア」発売
http://spysee.jp/%E6%B0%91%E7%A7%8B%E6%B8%85%E5%8F%B2/1852969

 
…… 社名由来 [編集] 英単語のmelt(溶ける、溶かす)の過去分詞形
を社名とし、ゴムを溶かして製品を作るのみならず、溶かして新しく生
まれ変わる気概に、語尾の「ン」に「運」を重ね合わせた。また、都市
伝説としてMO1TEN(もう1点)という思いから付けられたという一説が
ある。19581101 設立(Wikipedia)
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%CC%B1%BD%A9
 オムロン、リプトン、しょうざん、わたぶん、フーセン、パッチン。
http://d.hatena.ne.jp/aedlib/20101123 俗物図鑑 〜 図に乗る男たち 〜
 
…… その第一声は「同志社は諸君を紳士として遇する」
http://booklog.jp/author/%E6%B0%91%E7%A7%8B%E9%87%8D%E5%A4%AA%E9%83%8E
 紳士として遇する(杉井 六郎)、紳士の基盤(秦 乾太郎)。
 
…… 初めて今出川の学舎へ登校した日、至誠館という木造モルタル作
りの教室の前に立っていると、登山帽のようなものをかぶった教授らし
き人物が現れ、校庭に散らばっていたみんなを集めました。
 
 その人物は自らを民秋重太郎と名乗り、その第一声は「同志社は諸君
を紳士として遇する」という言葉でありました。再び私の心がふるえま
した。私は大阪の府立の旧制中学の第一期生で、第一期生ということで
特別なスパルタ教育を受けましたし、続いて入った海軍兵学校はご存知
のとおりの筋金入りのスパルタ式で、私は教育とは、殴られたり、蹴ら
れたり、立たされたり、運動場を何回も走り回らされたりすることによ
ってのみ得られるものと思っていました。
 
 それが、同志社は私たちを紳士として遇するといわれる。十八歳の少
年にとっては聞いたこともない、心地よい言葉でありました。
 
 何と素晴らしい世界が目の前に広がってきたのか、先の山田予科長の
言葉、さらにまたこの民秋教授の言葉を聞いて、私は一生同志社人とし
て誇りをもって生きていきたいと決心したのでした。
 
 戦後早々の同志社予科は先生も同期生もまことに多士済々でした。後
年のことですが、私は同志社予科数え唄というのを作って、同期会のた
びにみんなで肩を組んで歌います。
 
 これには九人の名物教授の名と印象を歌い込んであります。最後の一
句は、「終わりとせ、予科は一年、名は百年」で結んでいます。同期生
も北垣さんをはじめ、大学教授なども多いのですが、皆様たぶんご存知
の、あの一世を風靡した阪妻の長男で、スクリーンやテレビで活躍した
田村高廣、石原裕次郎の相手役などで有名な二谷英明も同じ学年でした。
(略)
 最後に英文科当時、天下の碩学、矢野峰人先生から教えていただいた
イギリス十八世紀末の詩人トーマス・キャンベルの詩を捧げて終わりと
いたします。
 To live in heart sweleave behind,Isnottodie!Thomas Cambell
(後の世に残そうと思ったものは皆の心の中に生きて死ぬことはない)
 同志社スピリット・ウィーク 20070612 火曜チャペル・アワー「奨励」記録
http://www.christian-center.jp/dsweek/07sp/i_0612.html
── 大岡 次郎《行手の星―私の人生におけるその出会いの意味について―》
 
…… 前社長史也氏の、同志社中高一年後輩です。
 現在は夫婦(74&69)ともに健康ですが、どちらかが横臥生活に入る
前に、要介護寝具を検討しておきたいので、資料ご恵送ください。
http://www.molten.co.jp/health/ (Mail 20130710 from 阿波 雅敏)
 
(20130712)
 


与太郎 |MAIL |HomePage

My追加