家へ
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翌日の放課後。 私は電話をしてから多田さんの家に行きました。
この間と同じ場所に多田さんの車が止まっていて、その奥に門が見えました。 不思議と男性の家に訪ねていくという緊張はありませんでした。 私の背よりも高い大きな門の前に立つと犬が吠えながら走ってきました。 呼び鈴を押すとすぐに、遠くに少しだけ見える玄関から多田さんが出てきました。 「こんにちは」と挨拶をすると「いらっしゃい」と笑顔で門を開けてくれました。
門から玄関までは緩いゆるいカーブの坂が続いていて、まるで森の中に建つ洋館のようだと思いました。 玄関を入ると、少し湿気の匂いがしました。 広い玄関に高い天井。テレビでしか観たことのない、まさに古い洋館という雰囲気でした。
「お邪魔します」
と私が少し声を大きくして言うと
「誰もいないから」
と多田さんは笑って言いました。
最初に多分、ダイニングに通されたのだと思います。 テーブルも椅子も何もかもが、アンティークの高そうな家具ばかりだという印象でした。 二人きりだと分かっても全く緊張するどころか、半ば夢心地な状態でした。
椅子に座ると、「○○ケーキとチーズケーキどっちがいい?」と聞かれました。 もう一つのケーキの名前は覚えていませんが、反射的に「チーズケーキ」と答えた事は覚えています。 「チーズケーキって言ってもレアじゃない」とかなんとか多田さんが説明してくれた気がするのですが、私はチーズケーキに種類があることすら分かっていませんでした。 多田さんは、「友達が来るって言ったらお袋が買って来てくれたんだけど」というような事を言っていました。 この時点で私にとって多田さんは、大人だからとかいう以前に住む世界が違う人なんじゃないか?という印象を持ちました。
ケーキをご馳走になった後、「じゃ、上行こうか」と言われ多田さんの部屋に行きました。 部屋には車のシートが置いてあり、そこにでも座ってと言われました。 それから、何を話していたのか殆ど沈黙だったのか覚えていません。 さっきまでとは部屋の広さや開放感が違うせいか、二人きりだという事を少し意識し初めていました。
と、そこへ家の電話が鳴りました。 ベッドの枕もとに電話がありました。 この電話で私と話してるんだ。と改めて思いました。
多田さんは電話を切ると、私に向かって「M達が来たよ」と言いました。 その表情が少しだけ困ったように見えた気がしました。 私が立ち上がろうとすると、多田さんは「待ってて」と言いMさん達を玄関に迎えに行きました。 部屋の扉の向こうから、Mさんの声が聞こえました。 Mさんは、同じバイト先のAさんという男性と一緒でした。
「あー、Mさん、Aさん。こんにちは」
と私が言うと、
「何もされなかったー?」
とMさんが笑いながら聞いてきました。
「え?何も無いですよ。大丈夫です。」
と私も笑いながら答えると、多田さんが
「変なこと言うなよな」
と困ったようにMさんに言いました。
MさんとAさんは、今日、私が多田さんの家にお邪魔する事を知って、じゃぁ自分達もと遊びに来たのだけど、呼び鈴を何回押しても出て来ないので「もしや、何かしてるんじゃ?」と思ったのだと言いました。
それに対して多田さんは、「うちの呼び鈴壊れてて聞こえなかっただけだよ」と懸命に答えていました。 私も、「聞こえませんでしたよ」と多田さんをフォローしました。 多田さんにとって、ハッキリ物を言う先輩であるMさんは、どうやら頭が上がらない相手のようでした。 Mさんがその後も何かと多田さんに言う度に、多田さんは困った顔をしていました。
その後、Mさんと私。Aさんと多田さんでそれぞれ会話をするという感じで1時間ほど過ごしました。 そして私は、AさんとMさんに車で家まで送ってもらうことになりました。
車の中でMさんに
「この間タグチに会ったらさ、俺が先に亞乃ちゃんいいなーって言ってたのに多田に取られたって怒ってたよ」
と言われました。
「え?嫌だなぁ。タグチさん、何言ってるんでしょうねぇ。冗談ばっかり」
私は本当に冗談だと思ったので笑いながら言いました。 でも、Mさんに
「いやー、あれは本気っぽかったよ?」
と真顔で答えられ、物凄く戸惑いました。
「でも、タグチさんとは、たった一回会っただけだし。多田さんだって、遊んでもらってますけど、そんな気無いですよ。」
「んー・・・そうかねぇ」
「そうですよっ。あ、だって多田さん、何かMさんに言ってました?」
「いや、何も言わないけどさ。」
「じゃぁ、なんとも思って無いんですよ」
「ま、そうかもねぇ」
結局Mさんには最後まで、何か引っかかるような感じの返事しかしてもらえませんでした。
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