2002年05月22日(水) |
雨の日の子守唄−2 「うたえない花」 |
「小さな雨の日のクワームィ 」
小さく泣いた、大きな空がないていた 芽吹いたゴーヤ遠い潮に祈りながら、海を知らない雨食べた 天までのびてたくさんの実をつけたなら島に届くね だけどそこは寒いと言って夢を見ながら、ほんの少しだけ 泣いた
(こっこ「小さな雨の日のクワームィ」)
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この三年と三ヶ月というもの。 何かといえば毎日、くる日もくる日もあたしは 白金台とか高輪台とかいう名前の住宅街のまっただなかを、歩いています。 アスファルトと綺麗なコンクリートと、蔦のからまる古い家でできた街です。 そこは、表向き、きれいで、とてもきれいで、 クリーム色の薔薇の茂みやや螺旋階段のある家が、 世間のイメージを崩さないままそのとおりに立ち並んでいたりする。
でも裏に回れば変に古臭くて懐かしい路地裏のあったりする場所。 まるであたしが小さいころ住んでいたような家 板壁にこげ茶色のペンキを塗った平屋があり 風にびりびりと震えるガラスをはめた窓がある 細い細い路地。
だけど小奇麗な場所。 高価そうな、つやつやとなめらかな黒い毛をした犬が、飼い主を連れて 我が物顔に歩いていたりする場所。
そのまっただなかにあたしの通う場所があるから、あたしはその道を歩く。
それだけの理由であたしはそこにいます。 この三年と三ヶ月というもの。 白金台とか、高輪台とか、 その名前が持つ、なぜだかきらきらしたイメージとはどうにも不釣合いな姿をさらして そこにいます。
そして そこを歩き始めて いつからか
徐々に徐々に でも確実に
うまく呼吸ができなくなったあたしは、いつからか
ある日は空ばかり見て ある日は地面ばかり見て 裏通りばかり歩いて
言葉では何とでも言おう でも目だけはいつも遠くを見ていた 酸素不足のひとみは 誰のことはともかく、自分のことは、ひとかけらも誤魔化すことはできない。
だから、ほほえむことができるものを探しながら歩いた みどりの色をさがしながら歩いた 滲んでくる涙を留められる色を たりない酸素をわけてくれるやさしいものを、いつも探しながら
同じ帰り道を歩くようになった。 ベージュ色の古い傘を傾けて歩きながら、今日も。
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家と家とのすきまの小さな地面に小さな白い花を見つけた。 韮の花に似てる、でもあれほど手毬のようではなくて、 小さな星が五つか六つ、寄り集まって これから開こうとする、精一杯につんととがったつぼみもたくさん用意して 日陰でいきのびていた、小さな白い星の群れを見つけた。
生まれついた日陰から這い出そうとするように その後ろに生い茂った、絶句するほど背高くのびたドクダミの 濃いみどりのハート型の葉っぱの群れにちらばる無数の白い花に 力いっぱい後押しされながら
わさわさと生い茂って アスファルトの灰色にも負けないで 負けるどころか、きっとかならず、 その硬さに打ち勝って 精一杯の声をはりあげて、自分たちの歌を、歌おうとするように。
そう、あなたたちはここにいるの、 ここにいるんだね
わき道の下をうつむいてにこにこと笑う、この街には不釣合いな 全然おしゃれじゃない「おねえさん」を 不審そうに眺めながら小学生の一団がとおりすぎていった。 高価そうな自転車に乗って、よくわからない言葉を投げあいながら。
そして、あたしは思い出していた。
この通りに、かなしい花壇があること。
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知ってる?
雑誌の写真に載っても恥ずかしくなさそうな家々の間で、奇妙に暗く沈んだ平屋のうちで 郵便ポストの隣の自転車のカゴに「セールスお断り」と黒のマジックで貼ってあるようなうちで 立派すぎる隣近所にはさまれて、いじけたように薄暗い、からっぽの自転車置き場で そこにある庭で。
いつだったか 真っ白な百合の花が一輪、そこに咲いているのを見つけたとき あたしは思わず立ち止まった。 なんて立派なんだろうと思って。
でも何かがおかしかった。
よくみれば
あなたは贋物だった。
薄汚れて角がくずれはじめた発泡スチロールの箱がプランターで 真っ白な花弁は撥水加工された白い布きれでできていて その茎はプラスチックの緑色をいつまでも変えずに黒い土の中に埋められていた。 風に吹かれて揺れて。根っこのひとつも持たないのに、 まるでひとり立ちできるかのようにまっすぐに 挿されて。
あたしはひとり歩きながら、その道を通れば花壇を眺めやる。
ピンクの大輪のバラの花
白の小さな小花を散らしたあかるいグリーンの茎のカスミソウ
小ぶりの黄色いスプレーマム
少しずつ増えていく花。
みんな、みんな、 よくできたつくりものだった。
全部一本ずつ、ぶすりぶすりと土くれにさしてあるの。
いつまでも枯れないままの花が。
無造作に、 隣り合わせに、
もしもあなたがつくりものでなかったなら そこに生い茂る緑とたくさんの色に息が詰まるような喜びを覚えただろうに どんな種から生まれても、同じ土と雨から命をもらって まるで生まれながら同じもののように隣り合いながら 違う声で同じ歌をうたえたと思うのに
そこらじゅうに生えるたくさんの花がそうであるように。 あの白い星のような花とドクダミの花が、そうであるように。
だけど あなたはつくりもので
すぐ隣にはいつも誰かがいるのに、ぜったいに手をつなげないの。 住んでいる場所がちがいすぎて 葉が触れ合うほどの近さで隔絶された場所にひとりひとり、 みんな、ひとりぼっちで。 春も夏も秋も冬もいつもいつも いつまでも変わらない色と形はいっそすごくかなしいのに いつもいつまでもそこにいるの。
つぶつぶと降ってくる雨のなかであたしは今日もあなたが狂い咲いているのをみた。
あなたは孤高だった。
あんまりの過激なかなしみに気が狂いかけたひとがその花壇に住んでいるんだって あたしは信じ込んでいる、ある日狂い咲いた一本のひまわりをみたときから。
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ねえ、 できることなら、いつか、あなたが
自分ではない、ちいさなかなしいものを ちいさないとおしいものを
見つけられますように。
同じ歌をちがう声でうたえる、 あなたとはちがった姿かたちで生きているだれかを
見つけられますように。
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2002年5月27日(月)、追記 まなほ
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