検索慣れ

私は、いくつかのブログをかけもちしていますが、記事に対してコメントをいただく機会は、悲しいかなごく稀にしかありません。
ところが、ブックレビューのブログで紹介したある小説に対してのみ、先月からコメントが次々に書き込まれたものですから、嬉しいのを通り越して「これは、いったい…?」と当惑し始めました。
もしやと思って調べてみたところ、その作品が読書感想文コンクールの課題図書であることがわかり、ナゾが解けたわけですが。
おそらく書名で検索をかけて私のブログが引っかかり、何かヒントがないかと訪ねてくれたのでしょう。夏休みの宿題にパソコンがごく自然に利用されていること、また明らかに年長者のブログに何の緊張感もなく(苦笑)、顔文字や半角のカタカナだらけの文章を書き込めることに、「イマドキだなぁ〜」とちょっと唖然としてしまいました。もちろん、きちんとご挨拶をしてから本文に入る子もいるのですが。

さらに気になったのは、ほとんどのコメントが「読書感想文の書き方がわかりません、教えてください」という内容だったこと。まず最初の衝撃は、「どうしてそれを(赤の他人の)私に訊くの?」という素朴な疑問。
親御さんは、この子たちの宿題に一切関わってらっしゃらないのかな? 宿題でわからないことがあれば、まず身近な親や兄弟などに訊いてみるものだと思うのですが、まさかその親たちが「わからないことはネットで調べなさい」と言っているとか?(汗) お仕事などでお忙しいから? 単に面倒だから? あるいは、子供の自立のためを思って?

次の衝撃は、このような質問をさらっと訊ねていること。まるで「読書感想文の書き方」という便利なアイテムが存在するとでも思っているのかのように。 
最近の学生さんが学校で電子辞書を利用している、という話を聞いたことがあります。ネット検索でもそうですが、知りたい単語を入力すれば瞬時に求める答えが手に入る便利さは、私にもよくわかります。だけどそれをありがたく思うのは、実際に自分で重い辞書を抱えてページを繰り、行き過ぎたり戻ったりしながらやっとのことでお目当ての単語に辿りつく…という経験がある人にこそ許されるのではないかと思う私は、時代遅れなのでしょうか。

私のような一ブロガーに対してもこれだけの質問コメントが届くくらいだから、著者のサイトにはメールが殺到しているのでは…と思って訪ねてみたところ、案の定そういう状況らしく、「作品の趣旨を作者に聞くな」とお怒りコメントがアップされていました。やはり…(汗)。
パソコンひとつあれば、調べものもお買い物もお仕事だって恋愛だってできてしまえる時代だけれど、じゃあもし停電になったらどうするの? なんてイジワルなことを言いたくなります。
結局最後に残る武器(←言葉が少々過激ですが)は、人との繋がり、そして自分で考え行動することではないかと思うんですけどね。
2006年08月23日(水)

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