白い原稿用紙

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2003年05月23日(金) 壊れたミシンと身内自慢

今日は 朝一番で映画に。

ロードオブザリングの吹き替え版が
このあたりではもう、最終日だったので
ぎりぎりで駆け込みましたのん。
字幕に注意を引かれる事無く
思う存分 画面を堪能してまいりましたわ。
どうせDVDが出たら買うんですけど。

昨日はといえば
久しぶりに実家帰り。

親孝行しに行ったわけではなく
娘孝行して頂きに行ったのですの。

人形用お洋服
型紙の作り方を教わって参りました。

素人まるだしの自作の型紙をお目にかけると
母は 「素人にしては充分に立派」と
親バカまるだし。
親子して まるだし大会。

「袖の型紙がちゃんと袖の型紙に見えるわ!」と
ものすごい
レベルの低い褒められ方のような気もするけど
まあいいわ。

半日教わっただけですけど
できそうな気がしてまいりましたわ。
ついでにお袖のつけかたも習って来たわ。

素人洋裁 第一条。
横着をしないこと。

もうこの第一条で終わってしまうくらい
大事な事でしたわ。

サイズをはかる事をすっとばさない。
仮縫いをめんどくさがらない。
型紙を布に写す時は
縫いしろの線も本体の線も省略しない。
(全部 経験済み)
こういう 一ミリの狂いが命取りな小さいものは
チャコでは太すぎるので 鉛筆の方が良い。
これはドールに鉛筆の粉がつくといやんなので
あとで消しますけど。

きっちり型紙を布に写せれば
もう出来たも同然、
そこから先は縫うだけなので
ここまでをきっちりやった方がよっぽど早いのよ。

たぶん 漫画で言えば
仮縫いまでが下描きね。
下描きがきっちり入っていれば
あとはペンを入れて仕上げるだけ。
どんなに急いでいる時も
下描きに 手や気を抜くと
とんでもないものが出来ちゃうので
飛ばしてはいけないところなの。

母もあたくしも
シルエットの綺麗さにこだわるたちなので
寸分の狂いもいやんなのよ。

ちょっと変わったデザインの服だったんだけど
あたくしが作った型紙で本縫いしてみたら
腰がだぶつく……。
ハトメをつける時に調整できるわよ、と
横着しようとするあたくしの意見を
母が却下。
「型紙 修正しといてあげるから置いて行きなさい」

母よ。
長生きして下さい。
あたくしが完璧にあなたの技を習得するまで。
あら。永遠に生きなきゃかしら。

ところで
この母から譲ってもらうはずの古いミシンが
壊れている事が発覚。
一年ほど、知り合いのお嬢さんにお貸ししていて
帰って来てから動かしてなかったそうなの。
で、動かしてみたらあちこちに問題が。
母が強引に働かせましたけれど
あたくしの言う事は聞きそうにないわ。
修理とメンテナンスに出す事にいたしました。
でもほんとに古いものなので もう
修理出来ないかもしれないわね。

それから 祖父の形見となった
ミシンの押え金が見つからないのん。

それは 洋裁のプロだった母の使いやすいようにと
ミシン修理のプロだった祖父が造ってくれたもので、
ものすごく小さいの。
ふつう素人が小さい押え金を使うと
布が あさっての方向に行っちゃったりして
さしさわりがあるんだけど、
腕がいい人にとっては、
一ミリの縫い目のズレも許さないすぐれものなのよ。
世界にたったひとつの小さな小さな押え金。

あたくしの今 一番欲しいものは1/6ミシンなのん。
1/6ドールのお洋服を作るのに
人間用ミシンは大きすぎて扱いづらいのよ〜。
押え金が小さいだけで全然 楽なのよ〜〜。

「おとうちゃんが生きていれば
いくらでも小さい押え金を作ってもらえたのにね」
と母。
どうでもいいことだけど
この母の「おとうちゃん」という呼び方が
あたくしはとても好きなのん。
孫が生まれて「おじいちゃん」のはずなのに
「おとうちゃん」という呼び方を崩さなかったところが。

さらに どうでもいい事だけど
祖母も洋裁のプロでしたの。
ミシンのプロの祖父、
洋裁のプロの祖母と母
という洋裁一家から生まれた孫のあたくしは
雑巾すら縫わずに漫画のプロになっちゃたのでした。
ちなみに兄はコンピュータのプロになってます。
これ以上ないくらい どうでもいい事だけど。

それにしても あたくしが
ようやく洋裁に目覚めるのが遅かったわ。
(ちょっとサイズが小さいけど)

働けなくなっても
最後までミシンの部品の数々を
手放したがらなかった祖父。
それは素人目にはガラクタにしか見えなくて、
阪神大震災で工場がつぶれて雨曝しになり、
とうとう捨てられてしまったらしいわ。
その工場跡も今は
親戚の立派な家が立って もうない。

頼めば
喜んで1/6押え金を作ってくれたでしょう。

祖父はきっと
死ぬまで仕事がしたかったんだと思うの。
震災の後 母と駆け付けた時、
家がつぶれた事にも町が焼けた事にも 
めげもせず、祖父は言ったわ。

「大丈夫。
神戸の町もすぐ復興する。
復興にはミシンがまた活躍する」

祖父が住んでいた、あたくしのふるさとは
焼け野原になった 「靴の町」長田町だったの。
たくさんの靴工場も焼け、崩れ落ちてしまったけれど
祖父は
その町中のミシンを修理する鼻息だったわ。
体力的にかなわなかった夢だけど。

祖父が生きていたら
この目の前にある壊れたミシンも
すぐに生き返ったに違いないわ。

新しいのを買えばいいんだけれど
ミシンは古いものの方が
ずっと丈夫で優秀なのだそうよ。
コンピュータ制御だなんて壊れやすくていけねえや。
あら、ちょっと江戸っ子入っちゃったわ。
神戸っ子のくせに。


世界にひとつの小さな押え金。
見つかるといいんだけど。

そんな事を考えながら
やっぱりまだ ちくちく手縫いしているあたくし。
ミシンがやってくる日はいつ〜?
でもまだ来なくていいのよ〜。
もうこれから お仕事だからね〜。
誰に向かって叫んでるのかしら あたくし〜〜。


藍まりと |MAILHomePage

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