つづき。 - 2004年09月26日(日) だけど 考えてみた。 人の所為にするのは よくない。 もしかして悪いのは 私が心が狭いからなのではないのか。 今まで自分に対して「心が狭い」と真剣に考えたことが なかった気がする。 そんな気がしてきた。 自分で自分を追い詰める性格らしい。 「こうである べき」「そう せねばならない」 そうやって タイトに私を締め付けて 結局 私自身が一番 しんどい思いをしている気がする。 なんでもありだという姿勢が 何故だか生理的に嫌いで 私は私の奴隷になっている気がする。 何かに忠実に 誰かに誠実であることは 当事者にとっては とても良い事だろうけれど 誰かにとって私は とっても退屈な女で 「誰か」にとって退屈な女であっても 構わないのだけど 自分にとって退屈で窮屈な生き方は やっぱり楽しくないよなあ。 心が広い人は 無責任なのではなくて きっと沢山のことに責任をもてる人なのだろうなと思う。 私なんて責任の持てる範囲がとても狭いから だからこそ 心も狭くなるのかな。 ちなみに 自由奔放と 心が広い というのは異義。 ルールの中に生きているのだから なんでもしてよいワケはないよ、Rさん。 ...
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