HIS AND HER LOG

2007年09月24日(月) 絶望と美

「…今、何と」
「そよを娶って欲しいと、そう申しました」

土方は眼前の高貴な女の、変わらぬ表情を見詰めた。
女の、紅の真っ黒な瞳がまるで槍のように彼の目を、身体を、心を貫く。
それは彼女の内に秘められた芯をそのまま表しているかのようだ、と土方は思った。
将軍家の女でありながら、天人の愛人として城に幽閉されている
か弱き姫君と認知されている徳川紅、彼女はこんなに強い瞳をしていたか。
していたのかもしれなかった。
ただ、彼自身がそれを見ぬ振りを続けていたのかもしれない。
それ故に惹かれていたのにも関わらず。

「土方殿、これが私の貴方への唯一の願いです」
「紅様、しかし私は…」
「存じております、沖田殿の姉君のことでしょう」
「!…いえ、それは既に終わったこと…
 彼女はもうこの世におりません、後悔はありますが…
 しかし今、私は、」

クス、と彼女は微笑した。
身体を硬くして、言葉を詰まらせる土方を見て、わらったのだった。
もっと詳しく言えば、それはきっと自嘲に近かっただろう。
自らがこれからこの男にかけるその言葉を反芻して、
平常を保ちながらそれを吐く、数秒先の自分を卑下し、憐れんだのだ。
きっと土方は傷ついた顔をする。
紅は、それを既に確信していた。

「土方殿、そよはまだ幼い娘ではありますが…」

演技でもない、素でもない。
一体今の自分は何だというのか。
彼女は息をすっと吸い込み、考えることを止めた。

「きっと、私に似た美しい女性になりましょう」

見開かれた彼の瞳を逸らさず捕えながら、
彼女はそう、言い放った。
そして、その姿を彼は絶望の淵で誰よりも美しいと思った。


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ハチス [MAIL]

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