HIS AND HER LOG

2007年02月19日(月) 俺は天使を見ている

赦されよ。そう、彼女は言った。

目が覚めると白い天井が見えた。小夜の家だ、とそれで気が付き、隣にいない彼女のうみ出す調理器具のすれる音に耳をすませる。

「あ、起きた」
「今何時だ?」
「6時、家戻る?」
「いや、今日はそのままってことになってるから」
「そ。顔洗ってきたら」

ああ、と返事をしてもう慣れてしまったこの家の朝の軌道に乗る。着替えて、洗面所に行って、顔を洗って。そして彼女の作った朝食を食べて、タクシーで学校近くまで向かう。アメフト部用の修行部屋、という名の寮の角部屋にこっそり戻って、あたかも今日はそこに泊まったかのように見せる。俺は嘘や間違いを好まないが、最近はこうやって彼女との時間を作っていた。きっとそれは俺の罪業として自身に刻みこまれ、いつかその報いを俺は受けるのだと思った。でもそれでも、俺は小夜と過ごす夜を求めずにはいられなかった。それが例え罪だとしても。

「じゃあ、木曜にまた行くから」
「ああ、また」
「阿含に練習出るよう言っといてよ」
「ああ」
「じゃね、気をつけて」

朝の別れは短い。俺はタクシーに乗り込むと、急いでお願いします、と言って彼女に背を向ける。彼女も慣れたように惜しむことなく家の中に入っていく。俺達は恋人ではない。俺はそれを言い出すことが出来ないまま、彼女もそれを突き詰めることをしないまま、俺達は身体を重ね、まるで恋人同士のように、しかしまるで不倫をしている男女のように、忍び逢っているのだった。異常だ、と思った。でも、俺は確かめることが非常に怖かった。2年前、俺がまだ中3だった頃、同じように恋人でない俺達は彼女の家で身体を重ねた。その時俺は今と変わらず彼女に恋をしていたが、きっと彼女はそうではなかったのだろう、その数日後に小夜は渡米し、俺は絶望を知った。恋人ではない俺に彼女から連絡が来るはずもなく、消えていった女の影を振り切るように俺はアメフトに打ち込んだ。あの時の感覚が、俺は怖いのだ。のめり込んだ自分をいともたやすく突き放す小夜の言動が。彼女が何も言わずに、もしくは何か言うことによって、ずたずたに引き裂かれるかもしれないこの心身の脆さをまた知ることが。

そういえば、今日、小夜の隣で見た夢の中には、彼女の姿があった。白い服で全身を包み、まるで天使か何かのようだと思った。そして彼女は俺の頬に片手を伸ばし、こう言った。

「赦されよ」

その手には温度がなく、熱いとも冷たいとも思わなかった。そのまま小夜の顔をした天使は溶けるように消えてゆき、気付いたときには俺は白い天井の下で目を開いて、朝の音を聞いていたのだった。

赦されよ。彼女はそう言った。俺は多分赦されたかった。しかし、何に。疑問はタクシーのブレーキによって記憶の彼方に追いやられ、俺は清算を済ませた後、アスファルトの黒い地面に足をつけた。


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ハチス [MAIL]

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