ヒバリは私を置いていかない。私も、ヒバリを置いていくことはないだろう。
私たちの世界はそうやって成り立っていた、そうそれは初めて出会った小学校2年のときから、高校に入って3年目を迎える今に至ってまで、当然かつ自然な背景として私たちを囲む。その中で私とヒバリはおはようと言い、学校に行って授業を受けて、委員会や生徒会の仕事をこなして、バイクにまたがって帰路に着き、また明日と言ったりたまにキスをしたり抱き合ったりするのだ。
空が青いな、と思った。
「どうしたの、そんなこと」
ヒバリがそうやって聞き返す声は、窓の向こうの空にうかぶ雲の色をしている、と思ったけど口には出さなかった。
「最近、忙しいからねえ」
雲の話を口に含んだまま返事をしたら、それが分かったのかヒバリはちょっと眉をひそめる。なあに、と言うと、べつに、と戻ってくるのは分かっていたので、右手を差し出してみた。ヒバリはそれに自分の手を置いて、軽く握る。雲の色とヒバリの声に対する私の解釈が伝わるか、ということはもう私にとってもヒバリにとってもどうでもいいことになっているだろう。ほんのちょっとの隙間はいつもこうやって埋まる、肌から肌に伝わる熱や振動や血液が循環する音がお互いの生と情を伝えるのだ、私は目を伏せて伝導に集中する、伝われ、伝われ、・・・はた、と何を伝えたかったのだろうという疑問がわく。雲の話でもヒバリの声の話でもない、ああなんだっただろう、忘れてしまった。
「具合悪いの?」 「え、」
ぱっと顔を上げるとヒバリが覗き込んでいた、確かに私の行動は少し変だったかもしれない、何も言わずに下向いて1分間弱、その間私はよく分からない通信を行っていた、ヒバリは私の手を握って、さて、何を思ったのか。おなか痛いのかとか、気分悪いのかとか、そんなことを思っていたのだろうか。
「ううん平気、ちょっとね、念じてた」 「何を?」 「ヒバリは何か感じなかった?」
3秒後には、べつに、とヒバリは言うだろうなと思って言ったら本当に言ったのでちょっとがっかりした、たまには少し変なことでも言えばいいのに。でもそうか、ヒバリは何も感じなかったんだ、私が青い空を見て、雲を見て、その色とヒバリの声が同化する様を思い浮かべて、そう、何を思ったか。あの1分弱に何を血液に乗せて体内を巡らせたのか。そう、分かるはずがないのだ、そんなこと、たとえ私とヒバリみたいにずっと一緒に生きてきた人間同士でも、ことばにしなくては分かるはずはないのだ。少し、ほっとした。
「なに念じてたわけ?」 「そうねえー・・・」
ヒバリは私を置いていかない。私も、ヒバリを置いていくことはないだろう。 それは当たり前の論理として、定義として、私たちのDNAに叩き込まれたけれど、所詮あとづけなものだから、上手く噛み合わなかったのではないだろうか。その証拠に私は空を見て内なる世界のせまさに気付いたし、それをかき消すように雲に目を移してとヒバリと繋いでみたけれど青い青い広大な空の青は強大な力でそれを飲み込んだ。そして、空の青はあのひとの目の色にそっくりだった。
「空が青いなって」
それは聞いたよ、ってヒバリは怪訝な顔をして、私は横目でちらりとまた空を見上げた。
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