もう十数年前、まだ中学生だった私は、遠距離恋愛をしていた。今考えると車で2時間ほどしか離れていないその距離は遠距離と言うのがはばかられるが、当時の私には彼の住む町はとても遠かった。 彼は3つ年上の、吹奏楽部のOBだった。彼を初めて見たのは私が小6(!)で彼が中3の時、中学校の文化祭に遊びに行った時。 彼は生徒会長にして吹奏楽部の部長でもあり、第一トランペット奏者であり、頭脳明晰学業優秀、背は高く、顔は……多分記憶の中でかなり美化されているのだろうが、金城武を見た時に「あ、Hに似ている!」と思ってしまった、そんな感じの人である(服のセンスがやや不思議だった)。 もちろん同じように優等生の彼女がいて、まさかその時には私がその人と付合うようになるとは思ってもみなかった。 それに、当時の親友(本当はあまり好きではなかったが)のお姉さん(この人は本当にいい人で大好きだった)が彼に片思いをしていたのだ。 私が中学に入学し、吹奏楽部に入部した頃、彼はA市の高専に入学し、寮生活を送り始めた。彼女といつ別れたのかは知らない。 高専は国立なので普通の高校生よりも休みが長い。 彼は帰省の度に部に顔を出し(田舎だから暇だったのか)、時には顧問の変わりに指揮棒を振ったりもした。 いつから惹かれて行ったのか思い出せない、と思ったら思い出した。 私が中1の時の吹奏楽コンクール全道大会に出場した時に、見に来たついでに帰りのバスに一緒に乗って来たのだ。いいのか? そのバスの中で過ごした3時間だか4時間の間に、先輩を先輩と思わない態度で沢山話をして大いに盛り上がり、そこから私の片思いがスタートしたのだった。 それでもやはり、親友の姉であり大好きな先輩でもあるJさんの存在があったから、片思いは片思いのままで終わるのだなぁと思っていた。それがいつどうなったのか全く思い出せないが、とにかく中2のある日の事、私達は夜の公園で二人で会い、初めてのキスをした。 あの頃の私は今よりずっと大人だったし、彼も年齢以上にクレバーで大人だった。私は彼の縮小版と言った感じだったのだろう。成績も良かったし、生徒会役員でもあり、部でもそれなりのポジションにいる。 私達の付き合いはとても安定していて、あっと言う間に双方の家を行き来するようになり、中学校の教師達も皆当たり前のように私達の事を見ていた。 付合っていた2年程の間、セックスがなかっただけで、大人になってからの恋愛よりもずっと精神的には大人のような付き合い方をしていた。 彼はとても筆まめな人でしょっちゅう手紙をくれたし、電話でも話したし、休みがあれば帰って来てできる限り会った。距離を縮める努力を惜しまなかった。 中学生でそんな事を考えるのもちゃんちゃらおかしいが、ずっと付合って、その後の結婚生活も想像できるような感じだった。 それが私が高校に入学して数カ月で終わってしまった。何故だろう。 雪の降る中で抱き締められて、「駄目なのか」と聞かれて頷いた事は覚えている。 別れた後、高校のある町で友達と一緒の時に偶然会った事がある。何か話そうかとドキドキしたのだが、彼は気づかない振りをして通り過ぎて行った。 理不尽な感情だとは思うが頭に来た。 しかしその数日後、家までやって来た。彼は高専を卒業して、横浜にある会社に就職が決まったと言った。まったく普通に会話をした。 ドライブに行かないか、と言われたが断った。かなり迷ったのは確かだったけれど。あの時一緒に出かけていたら、私の人生は全く違ったものになっていたかもしれない、と何度も思った。 しばらくして就職先から手紙が来た。名刺が入っていて、こちらに来る事があったら連絡してくれ、とあった。 なんの因果かその数年後には私は彼の近くと言っていい距離に住む事になるのだが、もちろん連絡はしなかった。名刺はとっくになくしていた。 2、3年前に中学の同窓名簿が送られて来た。彼は今も横浜にいる。 ちょうど当時の私達の距離と同じ程だろうか。 しっかりした奥さんとしっかりした家庭を築いている姿が目に浮かぶ。もうお父さんになっているだろうか。今の私を見たら叱られそうな気がする。それとももう忘れているかな……? 付合った男は顔も見たくない程嫌いになって別れるのが私のパターンだが(片思いで終わった場合はまた別)、彼は違う。だからこそ余計に会いたくない人である。金城武のはずがパパイヤ鈴木になっていたらと思うと(そっちかい)。
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