年末に3冊ほど本を購入していた。嫁さん稼業は昨年の年末年始で慣れたせいか、思いの他自分の時間を見つけることができ、3冊とも読み終えた。 新年早々こんな話題で恐縮だが、うち2冊はセックスにまつわる内容だ。
1冊は小山内美智子さんの 『素肌で語り合いましょう 障害者の“生”と“性”を考えた』 もう1冊は真中優多さんの 『COOL SEX 冷たいセックス』 である。
小山内美智子さんの本は、通信教育の放送視聴課題としてたまたま見ていた番組で彼女自身が紹介していたので読みたいと思いネットで購入し、真中優多さんの本は、いつも行く本屋で「乃南アサ氏推薦」と書かれた帯がぱっと目に入り思わず購入を決めてしまったものだ。
内容はある意味対象的である。
小山内美智子さんの方は、セックスケアのボランティアをしたいとメールを送って来たソープランドで働く若い女性とのメール対話形式で話が進む。小山内美智子さん自身がソープランドで働く(しかも学費を稼ぐために)ということに納得が行かず実際の女性とは5通のメール交換で決裂してしまったそうだ。ノンフィクションのようなフィクション。
一方真中優多さんは風俗で働く女性の物語である。帯には“行為は金で売買できても、心までは売らない〜あらゆる風俗を渡り歩いた日々を綴る衝撃の極私小説!”とあるが、私としては、主人公が風俗店で働く日常が淡々と描かれているといった印象だ。
セックスの経験がない障害者の多くは、このまま愛する人を抱いたり抱かれたりすることなく、あるいは愛する人でなくともセックスそのものを体験することなく死んでいくのだろうかと悩んだり、マスターベーションすらひとりでできない自分を不甲斐なく悲しく思ったりしているという記事を読んだことがある。 私はこの先一生セックスをしなくても別段生きるに困らんと思っている。しかしそれは人並み(この言葉あまり好きではないが)に経験をし子供も産んだから言えるのだろう。でも、セックスすることを選択肢にすら挙げられない者にとってはどうだろう・・・その思いは計り知れない。 小山内美智子さんはセックスケアの必要性と難しさを文中で述べている。難しさのひとつにケアする人側のメンタルな部分もあるようだ。
私にサポートはできるだろうか?
そういった部分で、風俗で働く女性はプロフェッショナルな集団だと思った。真中優多さんの本を読んで、知っているようで全くわかっていなかった風俗の現実を目の当たりにした気がする。そしてこの男が夫かもしれない、この男が友人かもしれない、そう考えながら読み進めると背筋に冷たいものが流れてきたのも事実だ。
セックスケアボランティアと風俗にどれほどの違いがあるのか、今の私にはわからない。しかしこの問題は蓋をすることなく、ひとりでも多くの人と真面目にそして大いに語り合うべきだと思う。 性=生、つまり性の問題は生の問題を考えることだと言う人がいるが、私は必ずしもイコールだとは捉えていない。けれども、同じくらい大切なこととして、これからも考えて行きたいと思ったのである。
笑子
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