おねえの日記・・・だわさ♪
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今日の標語
「気をつけろ、甘い誘いと
熱いお茶!」(爆)
やけどしまっせ…(-。-) ボソッ
猫舌なんでいれてから少し置いておいたんだけど
なかなか冷めてなかったようで、やけどしかけたσ( ̄∇ ̄;)わて?(爆死)
こんなネタしかないんかい!(爆)
_( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)ノ彡☆ばんばん!
(* ̄▽)y-~~~~ ってか、書くのにまとまんないんです((爆死))
〜*〜 〜*〜 〜*〜 〜*〜 〜*〜 〜*〜 〜*〜
さて、続き(笑)
他人から思う存在と自分で思う存在のちがい
親子で例えてみれば
子供にとっては親は必要である(良識として)
親も子もそれぞれに「個」がある
誰でもいいわけではない
明日からいきなり隣りの人がお母さん…(ってなことは有りえないが、笑)
それは誰だって考えられないことだろう
が、
それが時に
「あ、私でなくてもいいんかい?」と感じてしまうときがある
親子みたいにあまりにも存在が当たり前すぎて
逆におざなりになってしまうような時とか
夫婦とか恋人同士なんかだともっとハッキリ感じてしまうだろう
そこに自分が思うほどの存在と
相手から受ける存在の程度に差があると
「自分ってなんなんだろう」とか思ってしまう
自分が相手を必要な人間だと思えば思うほど
そんな感じをうけた時は
悩んでしまうもので
「そんな程度のものなのね」と開き直ったりできる(人もいるが)
ことができるのなら
自分にとってもその相手は、それだけの存在でしかないのかなと…
また逆に自分が必要だと思う相手に
それを感じさせているのか?
そーゆーことを考えはじめると・・
キリがないんだよな(笑)
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