紀姫日常。

2004年03月02日(火) 卒業、という日

さて、寒空の下での卒業式が終わりました。
泣くか、泣かないか、いや、泣かんだろう、と思っていたのですが、いや、大泣きでした。

生徒会長の答辞がさぁ・・・!おまえ最初っから泣くなよぉ!!
うわーん!

とても、よい卒業式でした。例年より賑やかだった気がしますがそれも含め私達の学年らしかったのではないでしょうか。

最後のHRは他のクラスの倍は長かったような・・・。みんな元気だなー。先生も。

帰りは雨だったけどクラスで焼肉食べに行った。
終わるころにはもう晴れててすがすがしいのなんのって。

でも雨の中自転車で行ったから風邪が悪化したりして。昨日は帰ってから朝まで寝てたり。
まぁ、そんな一日だったのです。


生徒会長が入場で私の前だったのですが待機してるとき「今日と明日で何が変わるんだろう。でも明日になったら普通にみんなに会えない。うちらはうちらだけどさぁ」とぼやいていました。
なんて声をかけたらいいのかわからなかったのですが、それはきっと私も同じことを考えていたからで、答えなんて卒業生の誰一人持ち合わせてなかったと思います。
進路が決まってる子も決まってない子も明日の自分なんかわからないから卒業式の日は浮かれてみる。
願ってればずっと友達で、生きてる限り絶対会える。だけど本当にそうなのかはわかりません。
高校というのは囲いで、囲われてるときには飛び出したいと思ったのに、いざ「どうぞ自分で歩いて下さい」と言われるとどっちに行けばいいのかわからなくなる。
だけどずっと囲いの中にいることは許されない。
最初の一歩を踏み出すためにみんなで輪っかになってせーので飛び出す。
「卒業式」はその「せーの」の役目なのかな。
輪っかだから歩き出したらみんな別々の方向だけど急に昔が懐かしくなって会いたくなったら来た道を辿ってみたらそのうち誰かに会えたらいいな、と思う。

今までは「こども」って言葉で良くも悪くもすまされたけど今日からはもう違う。
せーので歩き出したって世の中見れば鶏肉が危ないだの、イラクでまた何人死んだだのってめでたい席でもそんな話ばっかり。
私たちの年代はバブルのころに生まれたけど物心がついたときにはすでに大不況は始まってて私たちが幼いころなんて「消えた10年」とか言われる始末だ。
おおげさに言えば今まで一度だってこの国の景気いい話なんて聞いたことないよ。
高校3年間、みんな「短かったね」っていうその3年間にアメリカは2回も戦争をしたよ。
テレビを見てれば「今日日の若者は・・・」ってまるでゴミみたいなように言われてたりして、もうそれこそなんなんだって言いたくなる。
だから「こども」ですまされなくなっても一番大切な「こども」の時を忘れたくない。


1985年に生まれた私が気付けばもう高校を卒業している。
大人になりたいと思ってたころもあったけど今はずっとこのままがいいって思う自分がいる。
正直この先に今以上に興奮できることがあるとは思えないからだ。
みんなそれを知ってるから卒業式に騒ぐんだと思う。
マイナス思考が体に悪いことも知ってるから卒業式に騒ぐんだと思う。


昨日卒業したみんなが幸せになれればいいのに、と思う。


そんなわけで、2004年の3月に紀姫は卒業しました。


明日会えない人へ、さようなら。


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紀姫 [MAIL]

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