以下、女性向け自己啓発書の元祖でもある
書籍『恋も仕事も思いのまま』ヘレン・ガーリー・ブラウン著(集英社文庫/1988年)より、引用。著者は雑誌『コスモポリタン』US版の元編集長さんです。
モデルや女優を別にすれば、ここ(*注:実際の仕事や交友関係のこと)では美貌も役には立ちません。
しかも、最近では映画の世界でも容姿があまり重要でなくなりつつありのです。
それに、人生の大半はひとりで生きるもの。
ひとりになって綺麗な顔していても、面白くもなんともないわね。ところが頭を使うこと ―読んだり書いたり考えたり― となると、話は別です。
他人にとってのあなたの容姿がどれほどの意味を持つか、ですが、友達や恋人はそのうちあなたの顔を見慣れてしまい、悩みを親身になって聞いてくれる心の優しさだけが印象に残るようになります。
危機に立たされたとき、美人の顔を見てもたいして励みになりません。ほしいのは理解と助力なのです。たとえ直接の手助けができなくても、面白い話をしてあげるだけで、気がまぎれるものです。(・・・中略・・・)
美貌と頭脳、どちらか一つを選ばなければならないとしたら、わたしは迷わず頭脳をとります。どんなときでも。
書籍『恋も仕事も思いのまま』ヘレン・ガーリー・ブラウン著
(集英社文庫/1988年);p112より引用。
結論から言いますと、私も著者のブラウン氏と同じく、
“美貌と頭脳、どちらか一つを選ばなければならないとしたら、わたしは迷わず頭脳をとります。どんなときでも。”派、ですわ。というのも、ホステスのバイトをしていた頃、色々な方を観察させて頂いた上で学んだことは、「美貌に頼り過ぎる女は必ず道を間違う」「要は、会話が8割、顔は2の次、3の次」ってコトだったので。。
また、以前
ココにも引用しましたとおり、
“美貌の奥には悪意が含まれているかも知れない、という考え方そのものが男達の中に存在しない"らしい、という主張がありましたなぁ。。
でも、この主張、真実と言える程度には真実性を含んではいると思われるのですが、その一方で、はっきり言ってしまいますと、実際の生活(仕事なども含めて。)においては、美貌だけではどうにもならないコトって、(美貌の奥の悪意を読めないタイプの)男性が上下関係の“上”ではない場面では、たくさんありますよね、ふむふむ。。
そういえば、私も10代後半から20代前半までは、化粧品や美容に凝ったりもしたし、それなりにお金を使ったりもしたけれど、院に進学したくらいから、あまりしなくなりましたなぁ。。でもまぁ、その代わり、以前と比較すると論理性が身に付いたのは確か(→この前、論理性を計るテスト受けたんだけどハイスコア出て驚いたw)ですし、トントンって感じかもしれません、ふむふむ。。(→まぁ、「どっちも頑張りたまえ、きみ♪」って話なんだけどね、結局は。。)
あ、でも、全く美容に取り組んでないワケではないですよ、念のため。使用してる化粧品とか一々説明するの面倒なので「何もやってないね、あはw」だけで済ますコトは多々ありますが、その言葉そのまま信じて変な噂流さないでくれよ、Mちゃん。。(←高校時代の友達。)
というか、何よりも、上の引用文にあったとおり、長いスパンで人生という期間を眺めなおしてみれば、1人で過ごす時間のほうが絶対的に多いんですなぁ。というコトで、この点を考慮しますと、やはり、
“優れた頭脳は美貌に勝る”になるのかなぁ、と、孤独好き(loner)の私は思ってしまいましたわ、ふむふむ。
■□■「美しいことは損か徳か?」■□■
今日の日記との関連で、心理学の視点から、「美しいことは損か徳か?」について明らかになっている事柄には以下のようなコトがありました。
ので、とりあえず箇条書き。
・私たちの社会では、綺麗な子には甘くそうでない子には厳しい。
・男女ともに、容姿の美しい人は能力が高いとみなされることが多い。
・容姿が美しいと金銭面でも恵まれる。というのは、能力が同じ程度なら普通の人に比べて外見的な魅力に溢れる人のほうがわずかながら給料が高い、という研究結果があるので。
・美人や美男が犯した犯罪が詐欺に関するものだと、そうでない人に比べて重い判定が下される傾向にあり、犯罪が詐欺以外のものであれば、むしろ軽くなる傾向がある。
・容姿の美しい人は異性からは好ましい先入観をもたれるが同性からは悪印象をもたれるという研究もある。この種の嫉妬は女性よりも男性のほうが強い。
・容姿の魅力は長続きするものではない。というのも、人は誰かと喧嘩すると、たとえ相手の容姿が美しくても喧嘩をする前に比べてあまりその容姿を魅力的に感じなくなるので。