「0621-夏至」
旅先から無事をおもって電話をかける 陰惨なできごとを知ってしまったから 数日が永遠に飲み込まれないように あなたは毎日変わる 出発の日には ずいぶん少女だった ガイジンのようにハグをしたら 情けない顔で照れた 語ることばがないのなら なおさら寄り添っていなければいけないはずだと 機械越しのため息がほそくにじんで 雲がしろく湧き上がっていく 方角を失う 自由であれるようにもなった うしろめたさが袖をかすめる 陰惨なできごとを耳にして ひととき旅を忘れた 日がどんどん長くなり ひとりの午後が引き伸ばされていく 窓の下でこどもたちがひとつのことばを繰り返して ボールのアスファルトに跳ねる音が遠く響く 近くではテレビがそらぞらしい光を放ち 原色のレポートが絶え間なく繰り返される 冷えた空気を超えて肌がじっとりと湿っていた どこかに熱が生まれていて あの太陽の角度 まだ昼間と呼べてしまうから ひとり のことをおもった 動いていることと留まること 守人は水をやり油をさしほこりをはらい いつのまにか暮れ方の空に気づく 日差しが徐々に強くなり 洗濯物の隙間から畳を灼き付ける 勝手に腕をひろげた入道雲が いまはない面影をどこまでも濃くする 庭はずいぶんと荒れてしまったけれど それでも鳥は舞い降りて いくつかの強靭な草は茂った その強さに背を押されて 久しぶりのお茶を入れる どれもこれも工芸品のように手の込んだ もらいものの焼き菓子を並べて テレビではまだレポートが続いている 消してしまうと静寂が降りた こちらは楽しくやっているよ 梅雨なんて別の国の話みたいで 世界がずいぶん歪んだとおもうよ けれどああ夏がやっぱり好きだって あのワンピースを貸してください うすいみずいろがまるで儚くて いまになってとても着てみたくなったよ あなたももちろん似合うのだから 時々でいいから とっておきの青空の日に 何も羽織らずに着てみたくて (困った 靴がないや) ねえ今年の夏もちゃんと 夏でありますように 旅先から無事をおもって電話をかける 馬鹿みたいに確かめる 永遠がわたしたちを飲み込まないように 提げて帰る土産のことを考えながら 穏やかな夜が降りるまで 夏がきたら ちゃんと夏がきたらね ガイジンみたいなハグをして 暑くるしいって笑おう もうすぐ帰るよ 夏はやってくるよ なにひとつ永遠ではないから お茶を入れるように暮らしを していてね ねえ 世界のしぶとさを信じます たとえば 夕立の前に 買い物を済ませるように 焼き菓子があればやかんをかけるように こちらはますます生きているから それにしても この だだっぴろくすばらしい空を
2016年6月18日 Jazz喫茶映画館にて朗読
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