星降る鍵を探して
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2003年09月29日(月) 星降る鍵を探して4-4-7

「誰か、探してるのか?」
 訊ねると、彼女はこちらを見上げた。
 そしてきっぱりと、頷いて見せた。長津田は思わず頷き返した。何だ、聞こえてるんじゃないか――そして、理解も出来るんじゃないか。そう思うと何だか非常に嬉しくなってきてしまうのが不思議だ。長津田は頬を緩めた。目尻が下がるのが自分でもわかる。
「しかしこんなところではぐれるなんて、ついてないな。君、名前は? どこから来たのかな?」
 これじゃ、まるで子供に話しかけてるみたいだな。
 長津田は苦笑した。顔立ちを見ると少なくとも高校生にはなっているだろうと思われるのに、仕草や動きを見ていると、どうしてもずいぶん小さな子供に語りかけるような口調になってしまう。全く話さないと言うこともその雰囲気に拍車をかけている。しかし今時の高校生にこんな口調で話しかけては叱られるだろう。長津田は咳払いをひとつした。
「えーと。この先はな、一般の人は立入禁止になってるんだ。君の探している人が誰にせよ、この先にはいないと思うけどね。迷って入り込んでしまったとしても、すぐ追い出されるから。そもそもこんな夜遅くに、家に帰らなくて大丈夫か?」
 ふとそのことに思い至り、彼はひょいと頭を傾けて左手にはめた腕時計を覗き込んだ。非常に苦しい体勢だが、腕を動かすとまたファイルを取り落とす危険があるので仕方がない。辛うじて覗き込んだ文字盤は、夜中の九時を指していた。九時。小学生なら寝ている時分だ。いや今時の小学生はどうだか知らないが、いやこの子はどう見ても小学生ではないだろうが、いやそれにしても若い少女が外をうろうろしていて良い時間ではない。それもこんなところを。
 ――今日は学生に縁のある日だな……
 長津田はそう思って、少女の黒い頭のてっぺんを眺めた。先ほど会って一緒に食事をしたあの風変わりな二人も、こんなところには全く似合わなかった。長津田から見れば学生はひどく健全な生き物だ。こんなところには足を踏み入れて欲しくない。
 と。
 何かが破裂するような音がした。長津田はあっさりと聞き流した。彼はもともと研究と珠子とカップラーメン以外の物事には、ほとんど注意を払わない性質である。その破裂したような音は確かに彼の耳朶にひっかかりはしたものの、さしたる感銘も与えずに消えた。しかし少女はびくりとしたように顔を上げた。音のした方角を探すようにきょろきょろと辺りを見回すのを見て、長津田は、そう言えば何か音がしたな、と思った。
「どうした?」
「……、」
 少女は口を開きかけた。しかし何も言わなかった。再び先ほどの、あの何か破裂するような音が聞こえたからである。それも続けざまに二回……三回……四回鳴って、数える内に少女が走りだしたl。預けたファイルをしっかりと抱えたまま、存外素早い動きで前方に走っていく。前方には長津田が目指していた場所へ続く扉がひとつあるきりで、その音はどうやらその扉の向こうから聞こえてきたようだ。
 パン!
 パパン!
 破裂音はまだ続いている。長津田はようやくその音の正体に気づいた。あれは銃声だ。信じがたいことだが――
「……なんてこった……!」
 彼はファイルを放り出した。ファイルを抱えたままでは上手く走れない。


相沢秋乃 目次前頁次頁【天上捜索】
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