星降る鍵を探して
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2003年09月25日(木) 星降る鍵を探して4-4-5

 と――
「お……わっ!?」
 低い男の、驚いた声が聞こえて、
 どんっ!
 マイキの体は、急に前に出現した大柄な男にぶつかった。それはマイキの倍はあるかと思われるほどの、背の高い男だった。背が高すぎるためだろうか、ひどくひょろりとしているように見える男は、いきなりぶつかってこられた勢いでバランスを崩した。しばし持ちこたえようとするかのように大きく腕を振り回したが、無駄な抵抗だった。どころか三冊の分厚いファイルを抱えていたことを忘れて腕を振り回してしまったものだから、
 どっすん。
 仰向けに倒れた男と、その腹の上に俯せに倒れたマイキの上に、ファイルから外れた書類が滝となって降り注いだ。更にがっ、ごん、がん! と硬いファイルが床に激突する音が響いて、辺りはようやく静かになる。
「だ……」
 男はしばし呆然としていたが、急にがばっと起きあがった。
「大丈夫か、君!」
「……」
 マイキは男の腹のところに顔を埋めていたが、男に覗き込まれて顔を上げた。そして男は、マイキの顔が涙で濡れているのを見て盛大に誤解した。
「な、な、泣くほど痛かったのか……!」
 男はがばりと跳ね起きると、自分の体のあちこちを探り始めた。ズボンのポケット、シャツのポケット、そして白衣のポケット。しかし男は非常に不器用な質であるらしい。長い両腕を制御し切れていないかのようにめちゃくちゃに動かすものだから、白衣に腕が絡まった。いや、逆かも知れない。腕に白衣が絡まったのだろうか。マイキにはその辺の判断が付かなかったが、とにかく男は非常に窮屈そうな、珍妙な姿勢でしばらくもがいた後、すがるようにマイキを見た。
「……」
「……」
「……ほ、解いてくれるかな」
 マイキはきょとんとしつつも、この体勢では男がいかにも辛そうだったので、ひとつ頷いて男の白衣に手をかけた。人間の体って、こういうことも出来るんだ。彼女にそんな間違った知識を図らずも与えた男の胸には、『長津田敏彦』というネームプレートがかかっていた。

 数分後、ようやく体の自由を取り戻した長津田は、照れ笑いをしながらようやくハンカチを取りだした。
「ごめんな、驚いただろう」
 言いながらハンカチを手渡してくれる。マイキはそのハンカチをじっと見つめた。それは偶然にも、灰色チェックの柄だった。卓と出会った頃に、卓が同じように差し出してくれた、あのハンカチとよく似ていた。見るとそれを差し出している長津田の手も、ごつごつして骨張っていてマイキのよりもずっと大きくて、卓の手に少し似ている。
「お、おい……」
 いっそう涙がこみ上げてきた。それを見た長津田が狼狽えた声を上げた。そしてハンカチをマイキの手に押しつけた。
「ほら、拭いて。参ったな、そんなに痛かったのか。ごめんな。どこが痛い?」
 長津田はどこまでも誤解している。しかしマイキには、その誤解を正す術がなかった。


相沢秋乃 目次前頁次頁【天上捜索】
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