星降る鍵を探して
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2003年09月17日(水) 星降る鍵を探して4-3-9

 *   *   *

 克は次第に焦り始めていた。
 今自分が押さえ込んでいる女は全くの無抵抗で、何か思い出しているような、目の前にいる克のことなど忘れたかのような瞳をして、黙って壁にもたれていた。先ほどまであんなに手強くて、『落とす場所を選べ』と言ったときにはひどく妖艶な、抗いがたいような雰囲気を醸していた彼女は、今は何だか抜け殻のように見えた。かすかに開いた唇も、整った顔立ちも、眼鏡の奥で伏せられた睫毛も、今は不思議と作り物のように見える。
 こうなってしまうと『気絶させて逃げる』とか『縛り上げて逃げる』とかという、当然取らねばならない手段が取りにくいではないか。
 かといって、黙って手を放すということは出来なかった。頭では、今手を放しても玉乃は暴れないだろうと理解はしていても、長年の間に培われた本能が克にそんな賭のような手段を取ることを許さない。
 つまり克は間抜けなことに、玉乃を押さえ込んだままその場に立ち尽くしているしかないわけで。
 ――どうしようか、本当に。
 玉乃はいい匂いのする香水をつけていた。克は別に香水に詳しくもなく、興味もほとんどなかったが、この女性が選んだ香水はどういう種類のものだろう、とぼんやりと思う。甘すぎず、きつすぎもしないその香りはほとんど自己主張をしておらず、玉乃というこの女性の体の一部みたいにしっくりと落ち着いていた。
 と――
 ふ、と風が流れた。風は入り口の方から吹いて玉乃の香りを揺らした。玉乃がわずかに伏せていた睫毛を持ち上げた。ただそれだけの異変が、克の本能にひっかかった。

 ほんの刹那、周囲から完全に音が消える。

 深く考えている暇はなかった。克は何も考えなかった。玉乃の腕を掴んだまま壁を蹴り、仰向けに身をのけぞらせる。引っ張られた玉乃の体が克を追いかけるように倒れ込む。そしてほんの一瞬前まで玉乃の頭のあった場所に銃弾がめり込んだ。
 後から轟音が聞こえる。
「――!」
 息を飲んだのは玉乃だろうか、それとも自分だろうか。時間が急に音を立てて流れ出した。二発目の銃声が聞こえたときには克は床に落ちていた玉乃の銃を拾い上げ、三発目が聞こえたときには複雑な機械を乗せた机の下に、玉乃を引きずり込んでいた。
 ――桜井だ。
 足音も気配も全く克に気取らせないような人間が、この世にそう多いとは思えない。
 考える内にも続けざまに発砲音が鳴り響く。この机の下はひどく狭いが構っている暇はなかった。跳弾が部屋中をはね回る甲高い音を聞きながら、克は右手で玉乃の銃を確認し、左手は玉乃を押さえつけて、目は逃げ場を探していて、頭では考えていた。
 いきなり発砲するなんて、何を考えてるんだろう。玉乃に当たったらどうするんだ。
 轟音はまだ鳴り響いている。よほど頭に来ているようだ。そう考えて、克は、先ほどまでの自分と玉乃の体勢を思い出した。大いなる誤解というものだが、あのガラス戸の方から見たら、抱き合っているように見えた、かもしれない。
「妬いたかな」
 呟くと、床の上に倒れ込んだままの玉乃が言った。
「どっちに?」
「……怖いことを言わないでくれ」
 呻くと玉乃はこちらを見上げて不思議な笑みを見せた。
「あたしに人質の価値はないわよ」
「やってみないとわからない」
「わかるわ。あたしがあなたを人質にした方が効果があるかも」
 そんなバカな、と言おうとしたとき、ようやく銃声が収まった。
 そこここに穴があいて硝煙が漂っている、その煙の音さえ聞こえそうな沈黙が落ちる。
「新名」
 と、桜井の楽しそうな声が聞こえた。
「出て来いよ。遊ぼうぜ」
 玉乃がこっそり囁いてくる。
「聞いた? 楽しそうなこと。妬けるわね」
「……怖いって、だから」
 呻きながら、克は、目だけ動かして、この様々な機械の乗った机の脚を確認した。幸いなことに、床に固定されているわけではない。

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人気投票ご利用ありがとうございます〜!
兄ィが最近少し追い上げ気味でしょうか。マルガリータの足元にも及びませんが(笑)。マルガリータは今何してるんだろう。ていうか卓とマイキはどうなるんだろう(おい)。

で。
「なかよし」で育ったんですね……!(笑)
反応ありがとうございます。和みました(笑)。


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