星降る鍵を探して
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2003年09月15日(月) 星降る鍵を探して4-3-7

「まさかここまでだとは思わなかった。すごいのね」
「な……何が?」
 こうなった以上彼女を気絶させるなりなんなりして銃を奪って逃げるに越したことはない、と思うのだったが、彼女の反応のあまりの意外さに一瞬その気が削がれた。
「もちろんあなたの腕を誉めているのよ、新名さん」
「……!?」
 克は一瞬息を飲んだ。
 そして彼女を睨み付けた。名前まで知られているとなると、もう躊躇っている暇はない。すると玉乃はこちらの毒気が抜かれるような、無防備な、開けっぴろげな笑顔を見せた。
「あなたの言うとおりよ。あのひとはね、絶対に、肝心なことは言わないの。ずっとあなたに会いたいと思っていたわ。あのひとが一目置いてる人間って、どんな人かな、って思ってた」

   *

「一生懸命調べたのよ」
 言いながら、玉乃は、今自分を押さえつけている、この大柄な男を見つめた。本当に、この男は玉乃よりも遙かに背が高い。桜井よりもかなり高い。見た目ひょろりとして見えるのは、恐らく背が高すぎるからなのだろう。こうして腕を掴まれていると、外見よりも遙かに力が強そうなのがわかってくる。
 全く動けなかった。
 否、動く気が起きなかった。
 動いたら即座に首の骨を折られてしまいそうだった。こんなにしっかり押さえつけられているのに、どこも全く痛くないのだ。力など加えなくても相手の動きを封じる術を心得ている。背筋が寒くなるほどにこの人は強い。
 高津など問題にもならないだろう。
 高津をあそこまで痛めつけたのは、もしかしたらこの男だろうか。一瞬そう思ったが、高津が『若者だ』と言っていたことを思い出した。高津は二十三歳である。目の前にいるこの男は高津よりは年上そうで、こういう相手に対しては、高津は『若者』とは言わないだろう。
「あのひとが、大学生の頃にね、一度聞いたことがあるの」
 呟くように言う玉乃の言葉を、男は黙って聞いている。何もじっくり聞いてくれる義理などないだろうに。優しい人だ、と玉乃は思った。いや、余裕があるということなのかもしれないけれど。
「すごい奴がいたって、何だか嬉しそうに話してたことがあった。でもその『すごい奴』についての情報はそれが最後。肝心なことは本当に言わないのよ、その他の、研究室の知り合いの話とかは、聞かれないことまで話すくせにね」
 中西さんとか、鶴岡さんとか、東さんとか……あなた方のゼミの仲間、覚えてるでしょう?
 数え上げてみたが、男は頷きはしなかった。しかし否定もしなかったので、肯定されたと取ることにする。
「大学の事務所に忍び込んで、名簿を調べたの」
 ゆっくりと、玉乃は呟いた。
「面白かったな……名簿を写して、一生懸命調べたのよ。すごく注意して。あのひとに気づかれないように。あのひとが『すごい奴』って言ったのは誰だったのか、推理したわ」
 桜井との会話の中で、頻繁に名前が挙がるのは教授だった。それからひとつ上の先輩の名前、同じ学年の女の名前、男の名前。ひとりひとりについて履歴書を作成できるくらいに調べ上げて、ある日、その事実に気づいた。
 同じ学年で同じ教授に師事している、新名という男についてだけ、桜井は一言も話さなかったのだ。
「聞き逃しただけじゃないのか」
 新名克という、玉乃を今しっかりと押さえ込んでいる男は、初めてぽつりと言った。その目に浮かんでいる色が、玉乃の行動に対する恐怖なのか、それとも桜井にとって自分が『肝心な存在』だったということにぞっとしているのか、良くはわからなかった。玉乃はにっこりとして見せた。
「あのひとの言葉を聞き逃すなんてことはあり得ないわ。一言一句、全て覚えてる」
「……熱心なことだな」
 男は感嘆した、と言うように呟いた。玉乃はそうね、と呟き返した。自分の行動が、偏執的なものだということはよくわかっている。
 だからこそ、と玉乃は言葉には出さずに呟いた。
 だからこそ、あんなに動揺してしまったのだ。この男が、新名克が、玉乃のことを桜井から聞いていない、と告げたときに。
『あいつの性格を知ってるでしょう? 肝心なことは最後まで言わない奴だ』
 ――あたしの存在が、あのひとにとって『肝心』じゃないことなんて、わかりきっていたことだったのに。
 この男に言われたから、あんなに。動揺してしまったのだ。

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今更ですが、玉乃さんはわたしにとって正しい乙女って感じです。
……全国の乙女に殴られそうだ。
いやわたしだってりぼんで育ったんですよ……?(抵抗)


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