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■死して屍拾う者無し。
2001年03月24日(土)
会社の帰り、電車から降り、駅舎を出ると
電車の警笛がとてつもなく長く長くプア〜〜〜〜〜〜〜と響いた。

警笛を発した電車は踏み切りのど真ん中で停車し、動かない。
何事か、と立ち止まる人も多々いた。
僕はイヤなことを思いだし、足早に逃げた。

去年の夏の夜、友達と江古田の駅前で遊んでいたら
今日と同じように長い長い警笛が聞こえ、電車は緊急停止した。

「これ…きっと人を轢きましたよ」

一緒にいた友達はそう言って、駅のすぐ側の踏み切りの方に走っていった。
そこからだと停まった電車の様子が良く見えるのである。
僕も友達の後を付けて行くと、既に踏み切りの周りはヤジウマでびっしり。
どうやら人が轢かれたのは本当らしく、
線路の構内で駅員が慌しく右往左往していた。

そして踏み切りのすぐそばの交番から警官がやって来て
事故現場に近付こうとするヤジウマ達を追い返し、事故現場から遠ざけた。

それでもヤジウマ達は遠目で勝手に推測する。

「電車が人を轢いた!」

「飛びこみ自殺だ!」

「いいや、事故だ!」

「死体はどこにあるんだ!」

「うわ、あのオッサン、カメラ撮ってるよ」

「てめえ、押すんじゃねえよ!」

「うっせえ!馬鹿野郎!」

ヤジウマ同志でケンカをおっぱじめる者も出る有様。

やがて救急車が到着し、ブルーのシートにくるまれた遺体を乗せた担架が
ヤジウマの群れを突っ切って救急車の中に運ばれていった。

流石にこの時はヤジウマ達もしん、となった。
亡くなった人の関係者か、泣きながら付いていく人がいた。

所詮赤の他人の死などというものは単に見世物にしかなりえない。
下手にちょっと関わりがあると煩わしくさえある。
お通夜出ようかなあ、香典をだそうかなあ、やめとこうかなあ、とか。

その一方で遺体にすがりつきながら号泣する人もいる。
当たり前なんだけれども、それを改めて目の当たりにして
かなりショックを受けた。

そしてこの時ヤジウマの一人としてこの場にいる自分を呪った。
死んじゃあ何もかもおしまいよ、とは言うけれども
僕が死んだ時何人が泣いてくれるか。

草葉の陰から覗いていたいような気もするし
絶対見たくない、という気持ちもある。

そんな重いアンビバレントな感じを思いだし、
今日は逃げた。

今日もアリガトウゴザイマシタ。

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