logo
FONTを元に戻す FONTサイズ固定解除

■エンピツ・メモライズ。
2000年01月01日(土)
中学生活最後の夏休みが終わり、二学期の授業が始まった。
一時間目は理科か…。理科室に移動することすら面倒だった。
授業も上の空で机に突っ伏していると、

「授業つまらないよう〜」

理科室の机に鉛筆で書かれた落書きが光を反射していた。
他クラスのこの席に座っていた人が書いたものだろうか。
字体からすると、たぶん女の子。

「僕なんか寝てるぞ(笑)」

徐々に周りが受験の重苦しい雰囲気に包まれてきて、
早くも息切れしていた僕は嬉しく思い、返事を書いてみた。

「あら、お返事ありがとう」

次の理科の授業で、僕へのメッセージがあるのを見つけた。
まさか返事の返事があるとは。律儀な子なんだろうか。
何となく放っておくのは悪い気がしてまた書いた。
相手も返事をくれた。こうして落書き文の応酬が始まった。

「私も勉強が辛い」「私はもう一度入学時からやり直したい」

ほんの1,2行ずつの他愛もないメッセージの交換だったが、
どうやら相手も僕と同じ3年の女の子らしい。彼女は受験が
迫ってきた不安をポツリポツリと垣間見せ、僕も共感した。また

「昨日はどこで何を食べた」「音楽は誰々が好き」

といった他愛もない事も書かれ、そして僕も書き、どんどん彼女の
イメージが膨らんでいった。しかし誰であるかは分からなかった。

理科室のこの机を使っているのは当然僕と彼女以外にも
いるわけだが、消されたり「お前らナニやってんの?」などと
茶々を入れられることは不思議となかった。気付かないか、
それとも観察されているのか…どちらにせよラッキーだった。
そうしてやがて冬になっていった。

まさかこんなに長く続くとは思わなかった。
それともうひとつの誤算があった。

彼女のことが気になって仕方がないのである。

たかがラクガキの交換だけでこんなに心が揺れるとは。
彼女は一体どのクラスの誰なんだろうか。ある日、机に

「君は誰?」

と一度書いて、すぐに消した。跡が残っていないか、何度も机を
睨んで消しゴムで強く消した。今更聞けるもんか。それにこの質問
によって、これまでの文通がプッツリ途絶えてしまう不安があった。
怖かった。恥ずかしかった。でも…。

「出席番号は何番?」

迷いに迷った挙句、自分なりに妥協した問いかけを書いた。
それだけでもドキドキだった。

次の理科の授業には、祈るような気持ちで理科室に入った。
恐る恐る机を見てみると…

「38番よ。でももうすぐ入試が始まるからこのやりとりも
 終わりだね…」

38番。僕と同じだ。だから同じ机なんだということを考えると
当たり前といえば当たり前なのだが…。それよりも、彼女の
次の言葉が重くのしかかった。彼女の言う通りもうすぐ入試。
3年生はそのために学校に行かなくなる。

僕は敢えてこのことから目を逸らしていた。入試の不安、そして
入試を経て卒業。彼女との文通も終わってしまうことを直視
したくなかったのである。

「そうだね。とにかくがんばろうよ!」

しかし彼女にそんな後ろ向きなところを見せたくはなかった。
書いた後で今更だが本気でがんばってみようかと思った。

「うん。お互い志望校受かるといいね…
 ってどこだか分からないけど!」

これが僕が見ることができる彼女の最後のメッセージだった。
僕のクラスはこの日が最後の理科の授業だった。

「一度、君と会ってみたかったな」

どっちにしろ最後である。彼女に理科の授業が残っているかは
分からないから読んでもらえる確証もない。僕は思い切って
本心を書いた。

やがて入試に突入した。

…土壇場のあがきが功を奏したのか、単なるラッキーだったのか
僕は志望校に合格した。合格発表の日、その高校に向かった。

「0138」

掲示板で僕の受験番号をあっさり見つけ、嬉しいと言うより
拍子抜けした。38…そう、偶然にも僕とあの子の出席番号。

あの子は合格したんだろうか。もう分かりようがないけれど。

卒業式が来た。校庭の桜は満開ではなかった。テレビドラマなどは
何故いつもタイミングよく桜吹雪なんだろう…。

そんなことよりも僕にはやることがあった。
式の後、理科室に忍び込んだ。

ひょっとしたら彼女は見てくれたんじゃないだろうか。
そして何か返事を書いてくれているんじゃないだろうか。

机の前に立った。返事はなかった。

ま、こんなもんか。さらば中学生活。僕の今の心境をそのまま
表わしたようなガランとした理科室を暫し眺め、帰ろうと思った。

ドアに手をかけようとした途端、外からガラッと勢い良く
開けられて、思わず前のめりになってしまった。

目の前には僕と同じ卒業証書の筒を持った女の子。
僕の顔をまじまじと見ている。

「私が38番ですよ」

桜の花が満開になったような笑顔だった。
今日もアリガトウゴザイマシタ。

←前もくじ次→
All Rights Reserved.Copyright(C)
エキスパートモード 2000-2005
梶林(Kajilin) banner

My追加