人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2011年05月08日(日) 被災地へ公務として向かうということ

別に、誰かの役に立ちたいだとか、自分にできることを最大限に発揮したいだとか、そういう高尚な気持ちで現職に就労したわけではない。たまたま、色々な流れに沿っていった先で取れた、という資格を、自分が生きるために活かすことにしただけの話なのだ。熱い思いは、まったくなし。だけど、給料をもらっているからには、最低限のことはする。だから、医療従事者に少なくない燃え尽き症候群など、縁遠いところに立っていたりする、正直なところ。

東日本大地震が起こったとき、一番に思ったことは、「この状況は、保健師の被災地派遣の話が出る」ということだった。まだ記憶に新しい神戸、新潟の震災経験もあり、国の動きは早いだろうということは分かっていた。夫方実家帰省中だったもんだから、早めに職場に戻らないと、また派遣職員から外されるなあ…とも思った。というのも、新潟の震災時は「あなたは新婚だから」という理由で派遣されなかった経緯がある。

経験しなくてよいこともあるだろうが、日本にいる限りは、いつ自分の居住地が災害に見舞われるか分からず、それを思えば、被災地での職務経験は決して無駄にはならないと思う。だけど、今回も、1人職場になってしまったため、日程まで決まっていた派遣見合わせ…え? 私、震災に嫌われている? なんてちょっと被害妄想を抱いてしまったりして。

行かずにすんでよかった、と思う気持ちがあることも嘘ではないけれど、行ったら行ったで、また視野が広がっただろうことは容易に想像できて、なんとなくくやしいのもまた事実。

人間の心は、本当に複雑です。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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