| 2004年10月10日(日) |
オマーンはカウンターなど狙わない |
フランスW杯出場から日韓W杯共同開催を経て今日まで、順風満帆できた日本(代表)サッカーに、運命の日(13日)が近づいてきた。サッカー関係者、サポーターにとどまらず、日本国民注目の「ザ・ロンゲスト・ディ」、W杯アジア1次予選、オマーンvs日本だ。もし日本が2点差以上で負ければ、FIFAランキング19位の日本が、1次予選敗退という屈辱にまみれることになる。わが目わが耳を疑ってはいけない、《1次予選》で… 日本代表を案ずる気持ちが強い理由は、サッカーは何が起こるかわからないから、ではない。日本がオマーンに対して、結果はともかく、いい戦いをしていないからであり、しかもアウエー(敵地)だからだ。 直近の2試合、日本はオマーンに対して、日本開催の1次予選で辛勝、中国開催のアジア杯で辛勝と、結果的には2連勝しているのだが、試合内容ではオマーンの方が良かった。 まず、走量(=こんな日本語はないが)で日本は劣っていた。無駄な走りはいらないが、攻撃(サイド攻撃、上がり)、守備(フォアチェック、寄せ)で、オマーンの方が量的に多かった。とにかく、いまの日本代表選手は走らない。中盤(ボランチ、サイド)がだめだ。 もう一つは、勢いの差だ。オマーンは発展途上にある。チームが�\鎖静�に1つであり、やるべきサッカースタイルについて��共通の目的意識があり、�6δ未陵�解がある。 一方のわが日本代表は、この3つを欠いている――W杯後、トルシエ氏が退いた後、新しい代表監督としてジーコ氏が就任した。彼は前任者のサッカーを否定して、ジーコ流を打ち出したのだが、結果は散々だった。反省してかどうか知らないが、今度は、徐々に前任者のサッカーに戻ろうと舵を戻した途端、いい結果が出始めた――大雑把に言えば、日韓W杯後から現在まで、日本代表が歩んできた道とはジグザグ路線、ダッチロール路線にほかならない。サッカー協会が、サッカー観がまったく正反対の監督を前後して就任させたことが、混乱の始まりだった。 そればかりではない。アジア杯で日本がいい成績を残せたのは、代表選手たちがJリーグでもまれてきたためであって、ジーコ監督の指導が浸透したためではない。選手たちは、Jリーグという多くの観客が注目する公式試合(実戦)で経験を積み、勝負の厳しさを学んできた。他のアジアの代表選手(韓国を除く)との差は、その一点だった。アジア杯の栄冠は、経験の乏しい監督を経験豊富な選手たちが補った結果だった。 さて、今度のオマーンとの戦いは、監督の差が反映する。オマーンの選手たちは、2連敗という苦杯から多くを学んだに違いない。人は勝利よりも、敗北から多くを学ぶものだ。オマーンの選手と日本の選手との間には、経験において、それほど差がなくなった。となると、監督の経験の差がこの大一番を左右する。オマーンのマチャラ氏と日本のジーコ氏とでは、監督としての差は縮まるどころか、広がるばかりだ。オマーンの成長はマチャラ氏の指導力に負っているのだが、日本の停滞はジーコ氏のジグザグ路線に負っている。 これまでの2試合、オマーンの戦いぶりからは、コンセプト=共通理解とディシプリン=規律の徹底(成長)を感じるが、日本の戦いぶりからは、個的対応と戦術不在という無策を感じる。 もっとも、オマーンの最大の弱点の1つはシュート力=決定力不足。それがどれだけ修正されたかは不明だ。この点については、アジアサッカーの専門家にお聞きしたいところだ。 試合展開はどうなるか――もちろん、オマーンは積極的に攻めてくる。日本のスポーツマスコミは、中東勢といえばカウンター攻撃と決めてかかっているが、それは遠い過去の話。しかも、勝点・得失点差等で劣勢のオマーンがカウンター攻撃に頼っていたら、日本のポゼッションが高まって、時間を消費されてしまう。カウンター戦法では、オマーンはよくて1−0の勝利か最悪の0−0の引分。そんな選択がマチャラ監督に許されるはずがない。ホームで引分狙いのカウンター一本では、誇り高い砂漠の民、遊牧の戦士の末裔、オマーンサポーターが納得しない。消極策で日本に退けられたならば、オマーン国民はマチャラ監督を許さないだろう。 私は、オマーンは前半から先取点狙いの大攻勢をかけてくると予想している。それに対して、日本がカウンターを狙わなければだめだ。日本のカウンターが決まれば、当たり前だが日本の楽勝、オマーンの大攻勢に耐えられず先取点を奪われれば、日本は2点差以上で負ける。 なお、日本代表チームがマスカットに向けて日本を発つ日が、台風の影響で9日から10日に変更になった。10日の遅い到着で13日に試合というと、実質的には滞在2日目だ。直前の当コラムに書いたとおり、最悪の日程となった。成田合宿が裏目と出たわけだが、選手のコンディションが上がらずに負けたならば、日程を決定した者の責任が問われる。
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