サッカー日本代表が崩れ落ちそうだ。チームはバラバラ、監督と選手の意識のギャップは広がるばかり。選手からも、監督批判に近い声が上がっている。W杯出場を逃せば、選手はアピールの機会を逃すわけだから、ひとごとではない。Jリーグ各クラブの経営は厳しい。W杯で目だって欧州の有名クラブに入れれば、ギャラは大幅にアップする。「ヘボ監督、早く辞めてくれ、俺達をW杯に連れて行ってくれる監督に代えてくれ」というのが本音だろう。 川渕キャプテンも残酷な人だ。自分が連れてきた「神様」のご利益がないことに気づきながら、選手を批判し監督を非難しない。いまの代表監督は選手の敵、選手こそが被害者なのだ。就任時、偉大な神様の指導でW杯予選をすんなり果たし、ドイツ本大会で大暴れという選手達のビジョンは崩落寸前。選手が描いたビジョンを実現してくれない監督ならば、かつての名選手といえども、求心力はない。現役時代は名選手だったかもしれないが、監督としては素人、というのが選手達のジーコ評価の大筋だろう。 私は、現在の日本代表の実力は、トルシエ時代と変わらないと思っている。日本代表は、02年以来停滞している。だから、アジア各国の力が上がった分、後退となり、一次予選でランキング下位の国に辛勝という結果となって現れているのだと思う。トルシエ時代のままの実力ならば、W杯アジア予選は危ない。 ジーコ監督は、トルシエの遺産を食い潰しているにすぎない。トルシエ時代に育った「海外組」にジーコが執拗に依存していることがそれを証明している。02年から04年までの間、ジーコは代表の新しい顔を育てられなかったのだ。 代表チームの顔ぶれをみてみよう。ジーコが選んだ新しい代表の顔といえば、FWでは高原・久保だが、二人は病気と故障でなければ02年大会に出場した選手。高原はトルシエの子供だし、久保は代表に呼ばれながら、結果が出なかった。二人を除いたFWとなると、玉田と大久保しかいない。 MFでは遠藤、藤田、SBの山田、DFでは坪井くらい。藤田はトルシエ時代にも代表に呼ばれている。玉田、大久保、遠藤、山田と並べてみて、どれだけの魅力を感じるだろうか。私には、新鮮さも期待も感じられない。もちろん、新しく代表に加わった選手たちは全員優秀だが、大きさ、速さを感じない。私の好みではない。 結論はシンプルに下される。02年と変わらない力ならば、06年はアジアにおいて、後退を余儀なくされる。世界レベルでは、もちろんだ。W杯の予選は通過できたとしても、本番のベスト16は無理。 トルシエの遺産だって進化しているのではないか、と言われるかもしれないが、主力の海外組はほとんどが欧州リーグの下位チームのベンチ組。中田・小野を除けば、控えで試合に出ていない。進歩よりは退歩、よくて現状維持だろう。だから、「海外組」は正しい呼称ではない。「控え組」もしくは「ベンチ組」と総称すべきなのだ。 そもそも、日本代表(五輪代表も含め)は、02年の日韓大会予選グループ組合せ抽選以来、幸運に恵まれ続けてきた。日本での予選グループの相手は、ベルギー、ロシア、チュニジアだった。南米、欧州の強豪はほかのグループにまわり、たとえば、優勝候補のアルゼンチンが予選で敗退した。いかに、日本が恵まれたグループに入ったかに、議論の余地がない。 04年の五輪アジア予選(U23)におけるグループ抽選も、アジアの強豪と一緒にならなかったばかりか、中1日の強行日程を集中セントラル方式採用により、UAEとともにホームで連続3試合を戦うことができた。これは、サッカー協会の事務方の努力かもしれない。しかも、UAEラウンド最終戦、ホームUAEとの一戦では、UAEの自滅に救われ、ラッキーな勝利を上げることができた。前後するが、フル代表はオマーン戦で、ロスタイムに久保が奇跡のゴール(偶然のプレゼントボール)を決め、勝点3をゲットした。 ツキも実力のうち――という格言を否定しない。神風、奇跡は、神様が招きよせたものだ、という見方もあるかもしれない。だが、私は勝負の世界において、否、人生において、風向きが変わる日、潮の変わり目の到来を確信している。順風の後に強い逆風があることは、航海の常識の1つである。
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