生存報告―目指せたくまし道。
〜こっそりひっそり編〜


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2010年07月02日(金) 老獪とか執念の神ハンドとかUruguay

Red card出ると、犯罪現場を目撃したみたいでちょっとドキドキしちゃう○ヾ(▼皿▼メ)┌θ☆
Brazil―ふ、ふみつけた!興奮し過ぎるとあんなことしちゃうのか。
Uruguay―必死すぎて、ハンド!いやでもあそこまでして必死で止めて、あそこまでして入らないって。劇的。

ああいうの見ると、神様っているのかしらと思う。今回の試合では見なかったけど、選手でも監督でも十字切ってる人とかいるよね?八百万の神は贔屓もありそうだし日本の神様は話し合いで縁結びもするらしいから祈ったら叶えてくれそうだけど、彼らの神様は願ったら叶えてくれるのかな?唯一神なのに。それとも先祖に祈ってるの?

詳細不明だけど↓のようなかんじらしい。
Uruguay―キリスト教66% ユダヤ教3% 無宗教31%
Ghana―キリスト教69% イスラム教16% 伝統宗教が8% その他の宗教1% 無宗教6%
ちなみに日本は、「日本における宗教の信者数は、文部科学省の宗教統計調査によると、神道系が約1億700万人、仏教系が約8,900万人、キリスト教系が約300万人、その他約1,000万人、合計2億900万人となり、日本の総人口の2倍弱の信者数になる。神道系と仏教系だけで2億人にせまる(Wiki引用)」だって(笑)
お宮参りは神社でお葬式はお寺だもんね。

で、見かけたスレ>>日本人ってなんで宗教に無関心なの?死なないの?(以下、引用)
>101.宗教が違うだけで恨みもない同じ人間同士が殺しあう それが自分達の神を守る大切な方法なのだ、と一部の指導者に導かれながら
神なんてこの地球上に形として存在していない、人間の頭の中で作っているだけのものだ にもかかわらず、多くの人間が愚かにも自分は神のもとに暮らしていると信じている
宗教は、一部の人間が都合良く馬鹿な民衆を扱うためにある
宗教がなくても人間が生活する事は可能である
宗教上の決まり事は、研究者や権力者によって解釈がかわるいい加減なものだ
>41.信じる者しか救わないような神様なんてそもそも信じるに値しない
>87.「八百万の神」ってのは木とか、水とか、自然すべてのものが神って考えじゃなかったけか?私たちの生活を支えてくれるすべてのものに感謝し、敬意を払いなさいって感じで。
>178.日本はイベント教
>179.スレタイの「死なないの?」ってのが上手いな。死について考えたら、どうしても一度は宗教的な考えに至らずにはいられないだろうに 無宗教ってやつはそれから目逸らして考えないようにしてるか 「死んだ後は無」とか、なるべく怖くない考え方を盲信してる または無理にそうしたがってるだけ
>183.宗教は争いの種にしかならないから。歴史を学べば分かること。
>184.日本人は全てのものに魂や神様が宿ると言う考え方を持っているから、別段一つの神に依存する必要が無いだけだよね その証拠に、正月は神社にお参りに行って(神道)、盆はお墓参りをして(仏教)、年末はクリスマスは祝ってる(キリスト教)という混沌っぷり そういう意味では、宗教心が薄いどころか日々神と一緒に生きてることを実感しているのが日本人
>193.キリスト教とかイスラム教は信じる宗教 仏教は自ら覚醒する宗教
>209.墓参りに言った時に住職に外国人が日本人のクリスマスにセックスする習慣が許せないと訴えていたが住職が淡々と日本は八百万の神でキリストもその中の1人で愛の神みたいなもんさ的な事を言ってたら外国人ポカーンとしてた。
>222.※37の宗教は戦争の大義名分って説に納得した 日本は侵略とか受けづらい島国だし 民族問題も少ないから 普段は神様なんて持ち出してまで兵隊動かす必要がなかったわけか そう考えると元寇の時や太平洋戦争で カミカゼなんて言い出したのは 国家存亡に関わることだったからなんだろうかね
>231.神→助けてくれるもの 神→畏れるもの
>233.まあ、祈ってればその内報われるのは究極の他力本願だし。いいんじゃね。

いろんな意見が。てか私と同じく腹痛の時に神に祈るって人が結構いた(笑)

何が正しいとかじゃないし善し悪しでもない。個人的感覚は↓なかんじ。

神について―神が人を作ったんじゃない、人が神を作った。そのほうが生きやすいから。地球が丸い事実を知らなかった頃から自然現象の理由は神で、説明がつかないことを全部神様のせいにできるから、その存在が必要だった。占いもそう。信じる対象があったほうが民をまとめやすいから、神様に責任を取らせてきた。人の生き死にについては、神の所為じゃなくて人の所為。

霊魂について―たしかに考えないようにしてる。だって残ってたら怖いじゃん!先祖は大切にしなきゃとは思う。でも実際信仰してきた姿を見てないから、それと仏教的な習慣については分けて考えたい、けど分けられないしやらないわけにはいかない。

死について―物質的な考え方。有機的な結合が変化するだけで、命は連綿と続いていくと考えてるし、自分という個体がなくなったらそれは「無」なんじゃないかと。脳の電気信号だって動かなくなったら働かない。手術だって、昔は神に背く行為と言われて。開腹のときが一番物議を醸したんだろうけど、今となっては臓器移植は認められてるし実際それで命を繋げる場合もある。クローン論議があるけど、あれは医療的には活用できるけど兵器として軍事利用されると困るから抑制してるんだよね。痛みを感じない人間とか壊れにくい人間を作られたらたまったもんじゃないし。世界が平和にならないと許されないのかな。でも人間は私利私欲のかたまりだし、絶対的なシステムが作られて皆がそれに従わない限り抑えられる。そんな時代くるのか。誰かが突破するのか。

生きる意味について―意味づけってのは人がするもので、世の中の流れは淡々と続いていくもの。だから生きる意味が欲しい人は自分で作ればいいし、だれかの人生に意味を感じる人がいたらその人にとっては意味があったということ。人の力は、時に物凄い事象を起こすから。相田みつをの「しあわせは自分の心が決める」には賛成。

命について―命を未来へ繋げる意味はあると思う。希望とか喜びを生み出すから。命が尊いというよりも、命は尊ばれるべきものってこと。

でも説明できないことについて、運命、とか、縁だったんだよ、とかいう言葉は抵抗なく使うことがある。努力が報われるとは限らないし、不可抗力ってあると思う。だからって努力はしたほうがいいし怠っていいものじゃないけど。

これ薄くしちゃうあたり結構信心深いのかも(笑)

+

超話それた。

サッカー観てると、当たりの強いスポーツする人ってすごいよなぁと思う。

私ごく稀にすごいストレス感じても、ストレッチとか身体に力入れたり伸ばしたりで解消されたりするんだけど、強い人はそんなんじゃ全然で物に当たったり激しく動かないとなんだろうなぁ。

強くなりたいー よぼよぼ(青アザ)



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