*不敗*
*もくじ*|*きのう*|*あした*
朝からシトシトと雨がふっています
こーゆーのを「無情の雨」というみたいです
でもなぜか
新潟の人は さむいやろな〜
自分がさむがりなもんで 寒さに震える辛さばかり心配になります
しかし
ぢつは
地震のニュースは ほとんど見てへんのです
自分の住んでた街にも 同じ悲劇がおこったんやなあ・・という遠い記憶を
おもいだします
それでも テレビに映る悲惨な映像は
「他人事」なんです
「うわー ごっついな」 そうおもてしまう自分が なんだかイヤです
映像で見なくても 自分の脳裏には あの光景が焼きついています
脳裏で思い出すとき 「リアル」な感情とともに蘇るのに
テレビで見ると 「他人事」におもえてしまうのです
たまたまやったんかどうか 知りません
今朝 いつものように朝のテレビをつけてたとき
わずかに 新潟のニュースを見ました
孤立していた村の住民に
「どんなお気持ちですか?」とインタビューしていました
マスコミは いつまでたっても かわらへんのやね
あいかわらず ドあほな質問しかでけん ドあほなアナウンサーしかおらへんのやね
家や街や愛する人を失ったひとの気持ちは
家や街や愛する人を失った人にしかわからへん
どんな気持ちかと聞いて答えたとしても わかるわけない
気持ちってゆうのは 聞き出すもんじゃなくて
語りだしたときに 聞いてあげるもんやとおもってます
(まあ 人の気持ちを聞きたいときは いろんな場面のなかで
出てくるし 聞いてもええこともあるとおもうけど)
家や街や愛する人を失った哀しみは
「その瞬間」だけのもんじゃない
あとから あとから
ほんまは 苦しくて 辛くて しんどくなってくる
哀しいなんてゆうてられん「現実」が押し寄せてくる
あとになるほど どうしようもない気持ちが押し寄せてくる
その瞬間はね
じぶんのことも大事やねんもん
生きることが大事やねんもん
今日をなんとか生きることを目標にがんばれるんやもん
でも それが落ち着いたとき
ほんまの辛さや いろんな意味のしんどさが押し寄せてくる
そのとき 他人はもう忘れてる
「哀しみ」より「苦しみ」のほうが大きくなるんや
どこにも だれにも ぶつけることのでけへん 苦しみをひとりで抱えていかなあかんねん
・・・・・・・・・・・・
震災の話はね
いまでも あんましせえへん
どないしても 思い出してしまうことがある
「れお」は あんとき生後8ヶ月やった
地震のために「後天性てんかん症」になってもた
大きな物音や 地震がくるたび 発作をおこすようになった
震災の余震は3ヶ月くらい ずーーと続いてたかなあ たぶん
余震 長すぎたんちゃうん?
発作は 余震に関係なく 定期的に訪れるようになったもた
れおが死ぬまで れおは発作と戦いながら 生きた
それが 直接の原因にはならへんけど
寿命は短いといわれた
発作をおこすたび 心臓に負担がかかり 命を少しずつ削っていくといわれた
「たのむから もう揺れんといて」 そう祈りながら毎日過ごした
発作がおきると 3日間つづく
数時間おきに やってくる発作
失禁してうんこもちびって 口からあわふいて
からだじゅう痙攣おこして 最後は グターとなってまう
抱きかかえてあげたら ほんの少しは 発作が軽くすむような気がして
あたしもいっしょに おしっこやうんこまみれになった
いろんな病院もまわったし
いろんな薬もためした
今の動物医学では まだ 完治できる方法がみつかってへん
早くみつかるとええのにな〜
・・・・れおの話は まあええか
・・・・またいつか 言いたくなったら ね
しんどいのは これから
今は気もはってるやろうしね
神戸の人は明るかったよね
みんな みんな 根性あった 笑
新潟の人も 明るいかな?
悲観することないで〜
しんどうても なんとか生きてるアホも ここにおるがな
笑
神戸はかなり元気!
新潟にも その元気 わけてあげたいな〜
わけてあげんとな
*きょうの星言葉* ハダル(ケンタウルス座β星)・・・伝統を重んじる心
*きょうの石言葉* タイガー・アイ・クォーツ・・・透察能力
*きょうの花言葉* イチョウ・・・しとやか
れお
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