十八代目 中村勘三郎が逝きました。
信じられませんでした。 彼ほど歌舞伎を愛し、一般の人と 歌舞伎を近づけた人はいないと思う。 歌舞伎が
”古典好きの特殊な客しか見ない物”
という風潮にあり 「それじゃダメなんだ」 という危機感を持ち、 新しいお客を取り込もうと 努力を惜しまず、昔は歌舞伎こそ 庶民の娯楽だったんだという 原点を呼び戻そうとした人は いなかったと思う。
私が彼を「凄い」と思った ことを紹介しようと思う。
もう13年前になりますが、 NHK大河ドラマ「元禄繚乱」 というドラマがありました。 これは「忠臣蔵」です。 大石内蔵助を中村勘九郎、 (故:中村勘三郎)が演じました。 当初、私は彼では役不足だと思った。 理由は、忠臣蔵の大石内蔵助は 代々屈強な俳優が演じてきました。 例えば松方弘樹さんや高橋英樹さんの ような俳優です。 確か、長谷川一夫さんも演じていたと 思うのですが、私は見たことが ありません。 だから内蔵助のイメージは浅黒く、 ガタイが良い、腹に何かを 溜め込んでいることがありありと 判る・・・というイメージでした。 そんな俳優さんばかりが 演じてきたせいでしょう。 大石内蔵助のイメージが既に 出来上がっていたのです。 実際、肖像画を見ても屈強な男に 描かれています。
ところが勘九郎(故:勘三郎)は 切れ長の目に歌舞伎役者特有の 優しいお顔立ちだったのですね。 実際にご本人も歌舞伎の舞台では 内蔵助を演じたことが無いと 当時のインタビューで答えていたと 記憶しています。
始まって数ヶ月は、ずっと 「役不足だ」「つまんないなー」と 思って見ていました。 丁度、放送が始まってから 3ヶ月くらい経ってからでしょうか、 土曜日の昼間にテレビ東京の 12時間ドラマの再放送で 「豊臣秀吉」のドラマを 放送していたんです。 なんと主人公の豊臣秀吉を 中村勘九郎(故:勘三郎)が 演じていたんです。
これまた役不足だと思った。
だって、どうみても 猿(顔が)じゃないだろ!
って思いましたよ。 似合わなすぎるっ!! てか、上品すぎるよ。(笑)
ところがこのドラマで 目から鱗だったのですね。 3日で城を建て、好きだった お市の方に褒めて頂けると 喜び勇んで帰ってきたら 妻からお市の方が輿入れしたと 聞き、ショックを受け、 小高い丘へ駆け上がり、 から見ると眼下にはお市の方の 輿入れの行列が遠くにかすんで 見えるんです。 その時、藤吉郎(秀吉)は 泣き崩れるんですが、その 泣き方といったら!
子どもがおもちゃ屋で地団駄を 踏んで泣き叫ぶような泣き方を 勘九郎(故:勘三郎)は したんです。
なんて子どもじみた演技(泣き方) をするんだろう・・・。 と呆れて見ました。
でも、考えてみたらそれは 正解だったんですよね。
木下藤吉郎は農民(下層民)の出。 武士の子が通うような寺子屋 (江戸時代は寺子屋と呼びますよね) のような場所へ通って勉強を したことは無いんです。 幼い頃から親の畑仕事を手伝い 食べて行くのがやっとという 生活をする家の出なのです。 ロクに躾も教育も受けていない わけだから、人目を忍んで ひっそり涙する・・・ なんて芸当が出来るわけがない。 それこそ、武士であれば鼻を 咬むには懐から紙を出して 横を向いて音を立てずに噛むのに、 藤吉郎は青っ鼻を着物の袖で 拭う程度の民度しかありませんもの。 子どものように地団駄を踏んで あからさまに泣くのは当たり前 なんだと思ったのです。
ああ、勘九郎(故:勘三郎)は その人物の育った背景もきちっと 理解して演じているんだ・・・
そう思ったんですね。 この人はこれが出来るという時点で もう役者じゃない、表現者なんだ。 クラシックバレエやタンゴと同じ、 表現すること=芸術の域に 達している人なんだ。 ・・・そう思った。
その翌日の大河ドラマ「元禄繚乱」 の見方は変わりました。 確かに浅黒くて厳つい家老では ないけれど、何を考えてるのか サッパリ判らない家老、内蔵助が そこに映っていました。 ポーカーフェィスそのものの 内蔵助が居たのです。 どっしりと構えた家老ではなく、 掴みどころがない家老がそこに 映っていたのです。
ああ、内蔵助って本当は こういう人だったんだろうな
って思わせるような内蔵助が そこに居たのです。
だって、上杉家から密偵が 随分放たれていたでしょうし、 腹に据えかねた様子でいたら 絶対討ち入りなんて出来なかったと 思うんですよ。 スパイだって自分の仕事を 全う出来なければ命を 取られますし、必死で仕える 主人に対して仕事を全うしようと するでしょう。 飄々とした勘九郎(故:勘三郎) の内蔵助は確かに捉えどころが なく、討ち入りをするだろうし、 逆に腑抜けたとも取れる内蔵助を 見事に演じていました。
先日、追悼番組で最終回の 討ち入りのシーンを30分程 放送していましたが、 何度見ても泣けてくる。 吉良上野介役の石坂浩二さんは ちょっと上野介をやるには 若い気がしますが、 捉えられ、内蔵助の前に 引きずり出され、
「本当に敵と思うてか」
という上野介の問いに 無言でセリフを返すそのシーン たるや、もう涙、涙です。 首を切るシーンでは内蔵助の アップを映しましたが、 その瞬間を表すシーンとして 瞼が動きます。 その上手い事と言ったら!
この内蔵助の妻には大竹しのぶ じゃなきゃ! って思って(記憶になかったし、 追悼番組では出ませんでした)、 ネットで調べたらやっぱり 大竹しのぶさんが演じていました。 この内蔵助を支えられるのは 大竹しのぶ演じるりくしか 考えられませんでした。
「元禄繚乱」のDVDBOX、 きっと値段が上がるだろうけど 買いたいです。
十八代目 中村勘三郎は 生きているうちにあの若さで 人間国宝にしても良い人だったと 思います。 本来、勘三郎くらいになると、 年若い人に稽古を見て貰う事は しないのだそうです。 けれども彼は、自分がやった事が 無い役が来た時、たとえ年若い 人にでも演じたことがあるなら 教えを乞うといいます。 また、人間国宝である 中村芝翫にも義理の父だから ではなく、師匠として教えを 乞うたこともあったのだと 言います。 中村一門の中には黒子や脇役に 至るまで一般家庭から歌舞伎界に 飛び込んだお弟子さんがたくさん いらっしゃるそうで、 父の代からずっと支えてきて くれた功労者に対して感謝を 忘れず、勘三郎襲名の口上の 席には、隣に座らせたと言います。 こんな仲間思いの、感謝を忘れぬ 謙虚な人は若かろうとなんだろうと 国宝にすべきだったな。。。と 思います。
父、十八代目 中村勘三郎を 超えるには中々大変だろうと 思いますが、中村勘九郎(現) には日々精進して頂いて、 父を超えた役者に・・・いや、 表現者になって欲しいと思います。
合掌
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