一度だけの人生に
ひろ



 親という愚かな人間

「親」というものについて。
生まれてきた以上は、「親」のいない人はいない。
親は自らの存在する理由の根源であるから、
簡単に、表面的に尊敬することもあり、
また、逆に深刻な侮蔑の対象となる。

なぜ、このような境遇なのか
なぜ、自分はこうなったのか

感謝することには疎くて
憎悪することには長けている人間の本性に照らすと、
つまり、自然とこうなる。
良いことの多少は、親のおかげで
悪いことは全部、親のせいだ

この日記の初期を読んでもらえば
よくわかる。
いや、まぁ、我ながらよくもまぁ、
親のせいにばかりしているものだと思う。

そして、自らが親となってつくづく思うのは、
まぁ、親なんて偉そうにしていながら、
実際は、何も分かっていない。
わかるも何もない。
人間みな、日々自らが生きていること、
人生を生き続けることに四苦八苦してて、
子供ができたから、仕方なし、
問われれば、いかにもワタクシ親です
ってツラをしてそれっぽいことを言いますが、
いやいや、そもそもあなたの人生を通じて、
何か子どもに伝えるべきことがあるのか?
楽して金を稼ぐこと以外に何か自らの
真実にたどり着いているのか?

たどり着いてないんだよ。それは一生がかかる
テーマだ。それこそ、死ぬ間際に何か結論があれば
良いなというか、無くても無いでそれが人生と思えれば
良いというか‥

だからこそというべきか、そんななのに、
そのくせ、とにかく、楽して稼ぎたいという
今の願望だけが真実となって、子供に、
いかにしたら楽して稼げるかの道を説く。

そんなもんなのだ。

親も子も、人生の未熟者
親がいなくても子は育つ
親なんて馬鹿な未熟者なんて、いない方が
(金銭的なことは別として)
子は育つかも

2023年01月09日(月)
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