| 2005年05月27日(金) |
IZUMO〜猛き剣の戦記〜 |
ああ、何かもう、剛はどんどんミナカタとラブラブになっていきますよ〜?(違うから) いや、冗談です、相手はヒミコです〜。 でもすっげぇミナカタとじゃれてる剛は可愛かったです。 すっかりミナカタに剛を取られてるぞ、猛。 取り敢えず、明日香ちゃん可愛いのでそれでよし! 他はもう、別にいい・・・。 明日香ちゃんさえ可愛ければいいの。それでいいの。あの子は本当に可愛いんだから!
| 2005年05月26日(木) |
日常に戻りつつ・・・。 |
まずは拍手のお返事から。 遅くなって申し訳ありません。
>私もトルーパー大好きですv お仲間さん居てくださって嬉しいです(笑) 実際にテレビでやっていた頃、私は保育園に通っていまして、当時の記憶は殆どありません。数年前に知り合いにビデオ等を貸して頂き、一時滅茶苦茶はまり込みました。 一番好きなのは当麻ですよ。AB型の天秤座なのさっ(オイ)
>冷たくないと思います。むしろ繊細な方だと思いました。 うにゃーーーーーーー(/////) ものすごくこそばゆい・・・。繊細だなんていわれるのは初めてなので滅茶苦茶照れてます。すみません・・・。 でも暖かいお言葉嬉しいです。ありがとうございますっ。 いや、自分が繊細かどうかなんてわからないですが。むしろ鈍い気もしますが。 ありがとうございます。
このたびのことで、温かい言葉を複数の方から頂きました。有難うございます。 こんな風に反応がいただけるとは思っていなかったので驚いています。皆さんが気にしてくださっているほど、私自身は気にしていないのが一番申し訳ない気がしてなりません(汗) 実際葬儀の間も萌えは切り離せなかった人間です。いや、まず何よりも、祖父の死に対しての感慨は本当にないんです。親戚一同も父の死の時ほど泣いたりもしていませんでしたし。まぁ、90過ぎてるんだからいつ死んでもおかしくはない年齢でしたけど。 どちらかというと、葬儀の間も比較的和やかなムードでした。これだけ生きれば十分、と私たちが言っていいのかは解かりませんが、少なくとも遺された人たちに、悔恨の念は見られないようでした。 此処から先はあまり気分のいい話でもないので、欝な気分に陥りたくない人は読まないでください。 ・・・たぶん、一回私自身が区切りをつけた方がいいことです。
父の時はそれは急なことだったし、本当にあっという間に過ぎて言ったことです。私自身にとっても大きな問題でしたし。 何より、父の死の本当の原因を近所の方や学校の先生にまで嘘を吐いていたことが、何より私には重いものでした。今まで親戚に対して気にしたことのなかった不審がその時に芽生えたような気がします。 世間体ってものですか。でも、親戚の人たちが隠したことが、私には何より重かったです。心配してくれる中学の時の友達にすら、本当のことが言えない。嘘を吐かなければいけない。本当のことを話せばどこから漏れるか解からない、誰が聞いているか解からない。嘘を吐いた先生にそのことを知られるのが、何より怖ろしかったです、その時は。 何で嘘を吐くんだ、と思いました。正直に話してしまえばいい、と思いました。隠すことじゃないと。不名誉なことかも知れないけれど、いろいろ噂されるかも知れないけれど、嘘を吐くことに対する重責よりは余程マシだと、そう思いました。 その時には既にネットに嵌っていましたし、その時親しくしていただいた方にも父の死は告げていますが、本当のことは言っていません。みんなが隠していることを私が言うことは出来なかったから。話すこと自体が罪悪のように感じてしまっていたのかも知れません。けれどまた、嘘を吐くことも痛いのだと、そう思いました。 父の死は自殺でした。家の工場で、首を吊って亡くなりました。夜、恐らくは11時過ぎ、私はとうに寝ていました。けれど姉に急に起こされて、「お父さんが死んだ」と聞かされました。 その時は「事故か何かかな」と思いました。けれど、それは違って、自殺したんだと知った時は何でだろうと、本気で思いました。一月の寒い時期で、私も起こされるまま工場に生きました。寝起きな上に眼鏡をかけていなかったので、その時の情景はぼんやりとしか覚えていません。 その後、病院に運ばれた父の後についていき、死亡確認がされた時は日付が変わっていました。 私としては、死んでいるのが解かっているのに、何でこんなところに居なければいけないんだろうと思いました。何より、寒かったので。 遺書もありました。でも、それを読んでも父の死が悲しいとも思えなかったし、同情の念も湧いては来ませんでした。 うちには借金がありました。でもまぁ、それぞれに努力して改善していけば何とかなるような額だったと、母も兄たちも言っていましたから、きっとそうなんでしょう。他にも自己破産という方法が残されているのだということも聞きました。 おおまかに言えば、借金苦が原因の自殺、ということですが、まだまだ他に余地が残されているのに死ぬのは、馬鹿馬鹿しいことにしか思えませんでした。祖母や祖父は「言ってくれれば何とかしたのに」と言って泣いていました。でも、それに対しても、姉たちに吹き込まれたからか「生きている間に言ったって、何だかんだと五月蝿く言うから言えないんだ」ということを考えました。実際、生きている時にそんなことを言って本当に助けてくれたでしょうか。死んだから言える事ってあると思うんです。死んだからこそ、そんなことが言える。生きている間だったら、本当にそんな風に考えられるだろうか、と本気で思ってしまいます。 ・・・後悔しているなら、もっと何でも言えるような親子関係を初めから築いておくべきだったんじゃないかと思いました。 父は他人には何も強く言えない人でした。その代わり家族には五月蝿かったですが。もっと他人に対しても強く出られたならば、借金にだって悩まなかったでしょう。母方の祖父のところで働いていたのですが、その母方の祖父も、残業を望めばさせてくれたんです。父の方から言ってくるのを待っていたと言っていました。 そういう話を聞くたびに、何て馬鹿なんだろうと思いました。 実際、父の死の要因になっていたのは、母との喧嘩だと思います。喧嘩と言えるのかわからないけれど、母も、堪忍袋の尾が切れたというか、今まで文句を言わなかった分を発散させて、父に対して怒鳴りました。それが年末のことです。 多分、その後に自殺ということを考えはじめたんでしょう。その後、父の耳に入らないように母と兄弟だけで「離婚しよう」という話が出ていました。誰も父についていくとは言っていませんでした。まぁ、姉も兄も成人していたので、問題は私だけだったんですが。 実際、離婚に関して反対する気もなかったし、それならそれでいいと思っていました。父が嫌いではなかったけれど、鬱陶しく感じていました。まぁ、反抗期に入っていたのかも知れませんが。 離婚の話を出す前に、父は自殺してしまいましたが。 私の家族内の結論では、父は逃げたのだ、ということでした。 まぁ、確かに辛いことだったかも知れないですが、それにしたって父は弱すぎたんじゃないかと思います。 保険金で借金を返すように、とか、余ったお金で姉の結婚式をするように、とか、家族を想うような言葉が遺書には見られたけれど、それに対して文句を言うならば、成人したばかりの兄に、何もかも押し付けて、姉の結婚も出産も決まっていた年に自殺するなんて何を考えているんだ、と思います。 私も、次は中三で受験生になります。 家族を想うようなことを書いていながら、ふざけるなよ、と思います。兄は二十歳で母や私を扶養しなければならなくなったんです。これからいろいろ遊んだり、自分の楽しみを見つけて、彼女を作ったりとかも出来たかも知れないんです。けれど、家族を扶養しなければならなくなって、自分が働いたお金も、お小遣いは1万円だけです。あとは全て生活費等につぎ込まれてしまいます。 家族を想うなら、兄にそんな全てを背負わせるなと言ってやりたいです。実際、高校の時も、私は兄に頭が上がりませんでした。何を言われたって反論なんて出来ないです。する必要もないのに、私のためにお金を払わなければいけないんですから。 父は、其処まで何も考えて居なかったんでしょうか。実際、離婚の話は出ていたんだし、いずれそういう自体にはなっていたでしょうが、一番腹立たしいのは、父が全てを兄に押し付けて、姉の出産も結婚も知っていながら死を選んだことです。 私自信は父に対して何の感慨もありません。ただ、そういう家族を想うような言葉を言いながら、何も考えていない父は、軽蔑します。 私が許す許さないという権利はないです。でも、兄が父に対していろいろ文句を言っているのは尤もだと思います。 そして、父の親類に対しても、その頃に認識が一変しました。言うだけならただだなぁと、本気で思います。 家族を想うような言葉を言い、涙を流しながら、本当に想っているのかと、本気で問いかけたくなります。父の葬儀の時も、ただ、言いようのない不快感を親類に対して感じていました。 父の親類の大勢が泣いていました。不慮の死でしたし、自殺ということもあって、無理もなかったのかも知れません。でも、私の家族は誰も泣きませんでした。ただ、父は逃げたのだということが共通の意見だったように思います。結局のところ、根本的な考え方が兄弟みんな母親似だったんだなぁと思います。 葬儀は面倒だったし、悲しくもないのに、親類の前で悲しんでいるように見せるのも嫌だったし、ことさら兄に対してしっかりしろという祖父の言葉を聞くのも嫌でした。 本当は全然悲しくないんだと言ってしまいたいという想いもあったけれど、それを言う事自体が面倒で仕方なかったです。親戚の人間のほとんどが古い考え方で、自己中心的なところがあるから。そして、かなり強引だということも。 言えば面倒なことになるのが解かりきっていて、言うことなど出来ないなら何も言わずに流してしまった方がいいと思いました。ことさら親切に最後に父の顔を見ろと言った親戚に対しても、不快感しかありませんでした。 本当に、親切に言ったのかも知れないけれど、それでも私にとっては不快で、何より親類に対してかなりの不信感を持っていたからだと思います。 多分、その根底にあるのが、父の死の真実を隠したことだったのだと思います。何故、隠すのか。どうして、嘘を吐くのか。私には解かりませんでした。今でも、はっきり言って解かりません。 確かに近所の人やもしかしたら学校でも五月蝿く言われるかも知れないけれど、元々大した近所づきあいをしている家でもないし、学校でだって何を言われたところで、私自身は今更どうでも良かったから。 だから、本当に解からなかった。近所の人たちに嘘を吐くのはまだいい、でも学校の先生に嘘をつくのを見て、私は本当に嫌気がさしたんです。それを容認している母にも問いかけたけれど、納得できる答えでなかったのは確かです。何と答えてもらったのかも覚えていませんが。 父が死んだ時は一週間学校を休ませてもらいました。 そして学校に出た後、悲しくもないのに「可哀想」だと言われるのも、父の死の原因を「病死」だと偽るのも、不快でなりませんでした。 それが何に起因するものなのか、当時は解からなかったけれど、今思うに、それは自己嫌悪だったのだろうと思います。普通なら悲しむであろう父の死に何も感じない自分も、心配してくれる友人に対して父の死に関して嘘を吐く自分も。ものすごく、嫌でたまらなかったんです。 その後、一月ほど過ぎて、ふと、思いました。 それまで一緒に過ごしていた父が居なくなりました。父の居た場所が空白になったんです。 でも、私はそれに対して、何の違和感も感じていなかったんです。父が死んですぐからもう、既にその事に馴染んでいたんです。 家族にそれを話したら「酷いなぁ」と笑われました。あまり酷いとは思っていない顔で。多分、そう思っているのは私だけでしょう。家族はいろいろ迷惑を被ったでしょうが、多分その中でも私は最小のものだったから。 でも、父が居ないことに何の違和感も感じていないことに気づくにいたって、私にとって父はそれほど、居ても居なくても変わらない存在だったのか、と思いました。当時の私の認識で言えば父は「透明人間みたい」な存在だったんだなぁと。 酷いのかも知れない。でも、私にとっては事実そうなのだから、どうしようもない。 でも、その頃から私にとっての血縁はとても希薄な絆になりました。付き合う時間は長いのに、信用できるとは思っていないんです。それは私の中の認識であり、家族をとても大切にしている人間も居るんだということも、解かっています。 だからこそ、それだけ家族を大切に思える人は羨ましいし、尊敬します。私は、私の親類に対して、「白々しい」という感想しか抱けないけれど、だからこそ、他の人が家族を大切にしているのを見れば、羨ましいと思います。私はもう、きっと家族に対してそういう思いは抱けないから。 結局のところ何を言いたかったかって言えば、私の父は自殺したんだということです。当時ネットで親しくしていただいた方にも、そのことは言えませんでしたし。 此処でまた一区切り、つけたいと思います。 ずっと黙っていて、でも黙り続けていることが本当に正しいとは思えません。親類が隠したがったことではあるけれど、私のことを知ってくださっている人に、心配してくださっている人に、嘘を吐くことほど薄情なことはないと思います。 もう父が死んでから五年経ちました。 言ってもいいだろう、と思います。このことは今まで、高校時代の僅かな友人にぐらいにしか話していませんでした。中学時代の友人には結局言うことが出来ずにいました。 嘘を吐いた時点で、言えなくなりました。嘘を吐かなければならない状況が嫌でした。 でも時効とは言いませんが、今言っておこうと思います。当時、父の死に対して嘘を吐いた方のどれだけがこの日記を見るかはわからないけれど。この日記を見て、私が私だと解かっている中学時代の友人や、ネットでお世話になっていた方に、今まで嘘を吐いていたこと、お詫び申し上げます。 このことについて、何かいろいろ言いたいことがある人も居るかも知れませんが、何も言わないでください。 慰めも、お叱りも、必要ないんです。ただ、そうなんだと、思っていただければそれでいいです。 ものすごく、私の私生活に関わること、家族に関わることで、とても重かったと思います。何より、私は今までそういうことはあまり書いてきませんでしたから。 それでも、最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
昨日に引き続き、拍手のお返事はお待ちください。 明日はちゃんとすると思います(苦笑)
今日はお葬式でした。 ・・・なんかしたって感覚が全然ないですねぇ・・・。 まぁ、そんなものかも知れません、頭の中は全然違うことばかり考えていましたから。 ・・・取り敢えず、明日からまた、仕事ですかー・・・(溜息)
今日は御通夜でした。 あー、でも、会社休むほどじゃなかったかも知れない・・・。 まぁ、明日は一日葬式で忙しないんでしょうけど。
本日も拍手のお返事は控えさせていただきます。 すみません。
拍手のお返事は明日に回します。 ご了承ください。
本日、祖父が亡くなりました。まぁ、去年の暮れから入院したりしていたし、もう治らないだろうと言われていたので、いつぽっくり逝ってもおかしくないなぁなどとは思っていましたが。 本日仕事中に事務の人からそれを聞き、驚きました。 まぁ、それで一応一日仕事して、明日と明後日は休むことになります。 それにしても、驚きはしても全く悲しくないのが問題なのかなぁと思ったり。でも、90過ぎてるんだから大往生だよね。 でもまぁ・・・父が亡くなったときも全く悲しくなかったし、泣きもしなかったのでやっぱり私は薄情なのかなぁと思います。 姉に、死んでも傍に居てやりたいと思う人ぐらい居るだろうといわれましたが、「いない」と即答しました。そうしたら「感情がない」と言われてしまいました。 ・・・まぁ、そう思われても仕方ないんだけどさぁ・・・。 感情がない訳ではないんですけど、どうも身内とか、友人とか親しい人が死んだとしても、多分私は傍に居て泣き縋ったりは絶対しないだろうな、と思うのですよね。 母が死んでもきっと、泣かないと思う。 ただ、それは感情がないという訳ではなくて、私がそういう人間なだけです。現実のことに関しては泣けないだけです。 本の中で悲しいことがあればいくらでも泣くし、本の中で好きな登場人物が死ねば泣きます。ゲームでも同じ。むしろ、虚構の中の出来事の方が素直に泣ける。 それはきっと、多分・・・薄情というよりは、それだけ思い入れる誰かが、今の現実の世界で、私の周りにはいないということなのだろうな、と思うのです。 それ程強く強く、大切だと思う人が、現実に居ないだけなんです。 ・・・居たら、幸せだろうね。 まぁ、そういうことです。 ・・・やっぱ、冷たいか?
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