|
| 2011年03月13日(日) |
疲れていたはずなのに、なかなか寝付けず。 二度寝して、これはもう昼過ぎちゃったかなー と思って時計見たらまだ9時半だった。
テレビで被災地の街を写されるたび ここが本当に街であったのかと思う現状 長時間は見ていられず、ラジオをつけてみたり コタツとPCはコンセントを抜いて、洗濯機は使って。
落ち着けないで、友達にメール。 仕事で各地飛び回ることもある人だから念のために。 休みだというので家に来てくれることになった。 同じテレビを見るにしても 一人で見るのと、話しながら見るのは全然違う。 二人して被災した方の悲痛な言葉に涙ぐんでしまったり。
今、この瞬間にできることは何もなくても この報道の勢いが収まったときにこそ、思いをなくさないように。 献血行ったことないけど、注射恐怖を克服するためにも チャレンジするって決めた。献血好きの友達に案内頼んだ。
|
|
| 2011年03月12日(土) |
思いのほか早く眠れて朝は7時ごろ目覚め。
テレビの中、被害状況にあ然とするばかり 布団にもぐりながらメールをやりとり 今日予定している知人の披露宴が行われるかどうか。
出かけるつもりの時間の少し前にメールで予定通りを確認 急いで支度して、式場へ。 昨夜の帰宅苦労話などをしながら、30分ほど長く待つ。 遠方から当日来る予定だと聞いていた新婦のご家族 こんな交通の乱れた状況でちゃんと来ているかが一番心配で バージンロードにお父様と一緒に現れたとき本当に安心した。
ホッとして、披露宴会場に移動したとき初めて 起きてからなにも食べてないことに気付いた。 そこからは幸せそうなお二人と あたたかいお友達の皆さんやご家族の様子を見て 和んだり涙したりの感動的な時間でありました。
大きな災害があり、関東一帯に節電が求められる中 披露宴に参加することに戸惑いがゼロだったわけではないけど この日のために積み重ねてきたことを知っているし これから新しい絆で結ばれていく人のことを お祝いしてあげたいと、強く思った。
二次会がなくなったので早めに帰宅。 スプレーかけまくられた頭を洗い流してドライヤーせず。 久々ぐりんぐりんになった自分の頭を見てちょっと笑う。
当たり前の日常は、努力の上に成り立っているという現実。
|
|
| 2011年03月11日(金) |
宮城県北部で地震発生M8.8 14時半すぎだったと思う
仕事中、小さな揺れがしばらくして大きな横揺れに。 高層ビルなので免震機能が働いたんだろうけど 横揺れはまさに船の上のようなもので5分近くずっと。 机の下に潜るなんて初めてだった。 ブラインドが揺れてガシャンガシャンいう音が怖かった。 窓もない書庫に一人で入る寸前だった あと1分遅かったら頭上からの落下物に襲われていたかも。
直後は携帯も使えたけどすぐに不通になった。メールも。 余震が怖くて仕事手につかず。 ていうか仕事再開の指令がマジで信じられなかった。 他県からの電話かかってきちゃうし。そんな状態じゃないって。
私は家近いからすぐ帰れたけど、遠方の人はどうしたかな。 JRも私鉄も全部止まってしまうなんて、大変な状況。 公共施設を避難所に開放したり、お店が支援したり 被災地以外でもこんなに支援の輪がある。
テレビは全局地震報道。CMも入らない。 それどころか局が公式にUstやニコニコで再送信もしてる。 津波の被害もかなり大きいみたいだし停電世帯も多数 映像見てるだけで怖い、時々まだ少し揺れるし。 携帯繋がらないけどネットだけは安定してる ツイッターで友達とも連絡ついて、かなり安心した。 けどいろんな情報のRTがすごくて 本当に必要としてる人に正確な情報が届くのかどうか。
19時以降に時間指定してた配達が1時間早く来た 近くまで来たので一応寄ってみました…すみません早くて と。いろいろ緊急対応で大変なのでしょう。お疲れ様です。
ガスが安全装置で止まってたからメーター操作して復旧 こんなこと初めてしたよ…もう一人暮らし怖いいいい 不安だけど、ガス栓閉めて枕元に水と灯り用意して寝よう。
これ以上大きな揺れがこないのを祈って。
|
|