松ぼっくり

2002年03月20日(水)
電車の中で松ぼっくりを拾った。

前に座っていた女性が立上がった拍子に、ころんと床に転がり落ちた。
その駅は終点だった。
私も降りようとしていた。
が、床の松ぼっくりから目が離せなかった。
女性は何も気付く様子もなく、行ってしまった。
人が大方降りたのを見計らって、私はそれをパーカーのお腹のポケットにしまいこんだ。

ポケットの中で松ぼっくりを握り締めながら街を行く。
耳には、いつものお気に入りの音楽。
キレイに開いた松かさは、私の手の平に適度な刺激を与え続けた。
そう。それは本当に丁度良かった。
大きさも、その刺激も。

この人込みの街の中で、私は他の人よりも何か素敵なものを手に入れたような気になっていた。

そんな気分で2枚CDを買った。
くるりの『THE WORLD IS MINE』
MAMALAID RAGの『春雨道中』
先月に引き続き、ちょっと贅沢な気分。
この2作品の感想は、また後日。

松ぼっくりを握っている時の私は、ある小説のことを思い出していた。
その主人公は、松かさではなくて、ある果実によって同じような気持ちを抱いたわけだけれど。
ふと、その小説の結末と同じことをしてみようかという衝動に駆られたけれど、勿体ないからやめた。

松ぼっくりは今も机の上。




優しい記憶。

2002年03月19日(火)
バインの田中さんが夢に出てきた。
夢はよく見る方なので別に珍しい事ではない。

では、何故あえてここに記すか。
とても強く印象に残っている場面があるからだ。
それは田中さんの笑顔。
優しくて暖かくて心が満たされるような笑顔だった。
見たこともないような表情。
いや、見たことのない表情を、夢の中とはいえ再現出来るはずもない。
そう、つまり「夢の中で田中さんが優しく笑っていた」と起きている私が「思った」だけのこと。
私の記憶の中にある「何か」が、あの笑顔を、田中さんの形を借りて形成したはずなんだ。
そう考えるものの、私は首をかしげる。

一体何があんなに優しいものを見せてくれたんだろう?
本当はあの笑顔は誰のものなんだろう?

私の中にも、あんなにも優しい記憶が存在していたのか。
そんなことに気付かされた。
夢というのは本当に不思議なものだ。
あの日起きた瞬間、とても幸せな時間だった。
また、あんな幸せな夢を見たい。

欲を言えば、現実の世界であんな表情を向けてくれる人が居たらいいのだけれど。

…あれ?もしかして私、寂しいこと言ってる?
そそそそそそんなことないよなあ?(誰に確めてる?)
明日、くるりの新譜を買おう。ママラグも買おう。
そうしよう。そうしよう。





一ケ月です。

2002年03月18日(月)
エンピツを始めて、ちょうど31日。

長かったような、短かったような。
いろんなことがありましたなぁ……そんなにないか。

昨日、電車で某学習塾のポスターのコピーに疑問を持ってしまった。
そのコピーは
「カチンカチンの四角いアタマにはお手上げだけど
考える力にあふれた丸いアタマなら手ごたえ充分」
というもの。

なんで「四角=カチンカチン」「丸=カチカチじゃない」なの?
「硬いアタマ」と「柔らかいアタマ」って言うなら解るけど。
四角が硬くて、丸は柔らかいなんて、誰が決めたんだ?
四角は角はあるけど、それイコール硬いってことにはならないのでは?

そういう「四角=硬い」「丸=柔らかい」っていう概念を通用させようとしてるほうが「カチンカチンのアタマ」なんじゃないの?
どーなんだよ。そのへんはッ!
と、一人ポスターを見上げながら頭をひねっていた。

世の中難しいことだらけだなぁ。


今日、バインのFC会報が届いた。
久々の4人の座談会。
やっぱり、リーダーが居る方が読んでて楽しい。
復帰の正式発表が、なかなか出ないのは「出さない」んじゃなくて「出せない」のかなぁ。なんて思ったりもする。
微妙な状態なのかもしれないし。
でも、前者の方が嬉しいかな。実際は。
本当はもう言っても良いんだけど、勿体つけて、ただ言わないだけ。
ホントは、もう大丈夫なんだぜぇ。うけけけけ。
って陰で笑っててくれる方が良い。

彼らには、そういう姿の方が似合うよ。
そうあって欲しいんだよ。






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