夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2002年12月21日(土) ザ・チェーホフ

 鈴木忠志演出によるSPAC公演『ザ・チェーホフ』を、静岡芸術劇場に観に行ってきた。日本において、チェーホフは翻訳劇ではおそらくシェークスピアに次いで上演されることの多い作家だと思うのだが、私はこれまで「チェーホフもの」を観たことがなかった。
 『ザ・チェーホフ』は、チェーホフの3つの戯曲『イワーノフ』『桜の園』『ワーニャ伯父さん』をモチーフとしたオムニバスだが、演出的にも面白く、役者もまずまずの出来だったように思う(セリフの言い方がどことなく「クセック」のようでもあった)。でも何よりも私は、チェーホフの戯曲に垣間見られる人生観に対してある種の共感を覚えるのだ。意味の崩壊した世界に存在しつづける人間の孤独・疎外感・喪失感・・・、しかし、そのなかでも人間は生きていかなくてはならないのだ。そんなメッセージを私は受け取るのであった。また、チェーホフを読んでみたくなった。
 



2002年12月19日(木) ザ・カブキ

 一宮市民会館までバレエを観に行ってきた。世界的に有名な振付師であるモーリス・べジャールが東京バレエ団のために創作した「ザ・カブキ」である。
 現代の東京に暮らす若者が江戸時代にタイムスリップし、やがて自らが大星由良之助(大石内蔵助)となって主君の敵・高師直(吉良上野介)を討つことになる、というストーリー展開だ。言うまでもなく「仮名手本忠臣蔵」をバレエの様式を用いて大胆に表現した作品だ。よく知ったストーリーということもあるが、踊りがしっかりしており、2時間程の舞台を大変面白く観た。

 今日は、バレエを観に行くために休みを取った。だいぶ疲れがたまってて(遊び疲れかな?)昼過ぎまで寝ていた。
 明日は仕事の後、職場の忘年会だ。まあ、酒は程々にしておこう。



2002年12月18日(水) サティスファクション

 バンド結成40周年の世界最強ロック・グループが来年3月に来日する。その名は、ローリング・ストーンズ。老いてますます意気盛ん、齢60を過ぎてなお転がり続ける彼らである。
 途中ブランクがあったとはいえ、40年というのは大したものだ。その間には、多くのロック・ミュージシャンが惜しまれながらこの世を去った。ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン、そしてジョン・レノン、彼らは死んで伝説の人となった。一方、ミック・ジャガーも、キース・リチャーズも、生きながらえて、永遠の不良少年であり続けた。
 ストーンズのサウンドをぜひ生で聴いてみたい。俺は、特にキースのギターが好きなんだな。よし、電話予約するぞ。
 とか言ってる俺も、昔は(中学・高校時代)ストーンズに代表されるロック・ミュージックを毛嫌いしていた。「あんな不良の音楽に近づいてはいけない」と頑なに信じていた。なぜかビートルズやプレスリーは許容範囲だったけどね。洋楽では、サイモン&ガーファンクルとか、ビリー・ジョエルとかを聴いていたっけ。それによくわかりもしないのにちょっと背伸びしてモダン・ジャズなんかを聴いてもいた。でも、どちらかと言うと邦楽のほうを聴いていて(と言っても、まだ純邦楽には目覚めていなかった)、フォーク・ニューミュージックが好きだった。
 そんな俺も大学に入ると、周りがロックの話で盛り上がっているのについていけず、さみしい思いをしたことが何度かあった。で、とりあえず片っ端からロックを聴き始めたのだが、「ミイラ捕りがミイラになってしまった」わけで、当然ながらストーンズ・サウンドにもはまってしまった。
 
 前の職場の同僚にストーンズ・フリークがいて、仕事上では恩義ある方(俺より10歳くらい上)なのだが、共通の趣味である音楽の話になると何時間でも話し続けた。そこでは年の差なんて関係なく、お互い少年少女に若返った気分で語らったものだ。今夜も彼女に電話してみると、ストーンズの話題に終始した。やはり同好の士とはよいものだ。彼女は最近アコースティック・ギターを始めたらしい。俺もそろそろ新しい楽器に挑戦してみようかな。なんせ俺の身近には三味線も三線もウクレレもあるのだから。
 遊ぶことに関してはまったくもって余念がないが、やはり遊びたいその欲求が俺の元気の素になっているに違いない。
 



2002年12月17日(火) ロック歌舞伎、ふたたび

 今日、スーパー一座によるロック歌舞伎公演『けいせい黄金鯱』を再び観に行った。この前観た時、立ち回りがあまりに見事だったので、ぜひもう一度観てみたいものだと思った。スーパー一座の公演はいつも大抵2度ぐらい観るのだが、今回も足が大須演芸場に向いてしまった。1列目のかぶりつきで観たのだが、今回は十分堪能できた。3時間20分の舞台、息をもつかせぬ物語の展開は面白く、役者も今回は非常にノッていたようだ。カーテンコールの時に、おひねりを舞台に投げ入れたった。
 終演後、楽屋に立ち寄り、ベテランの座員たちと歓談。しばし昔を懐かしんだりして・・・。pH-7とはまた雰囲気も違うが、スーパー一座も私にとってはかけがえのない思い出の場所だ。あの過去があって、現在の私があるのだ。未だ来ぬ明日という日を、私はどのように迎えようか。しかるに、明日という日は約束されていない。だからこそ、今この一瞬を私はしっかりつかまえようと思う。



2002年12月16日(月) はずれくじ

 人生とは・・・。人生とは、はずれくじを引き続けるようなものなのかもしれない。そんなことを思いながらも、私は宝くじを買い続ける。そして、当選発表の日まで見果てぬ夢を見続ける。夢を見ている間は、とても幸せだ。
 けれども夢は儚く消え去り、再び現実の世界に引き戻される。こんなはずじゃない。このままじゃ終わらせない。今に見ていろ。そんな思いを胸のうちにしまい込んで、現実を生き続ける。逃れようのない現実。だからこそ逃げ出したくなる現実でもあった。絶え間なく繰り返される日々の生活。あまりに見慣れた日常の風景・・・。
 夢は、私の心のすき間にいつだって入り込んでくるのだ。そして、私の耳元で甘い誘惑の言葉をささやく。でも、私は今日もこうして同じ道を歩いていくのだ。行かなくちゃ。やっぱり行かなくちゃいけない。現実を捨て去って生きるわけにはいかないのだ。
 だからと言って、全てを諦めたわけではない。私は微かな希望を持ち続ける。夢が現実になる瞬間の喜びを待望している。けれど・・・。けれど、夢が現実に叶った時、それはもはや現実であって夢ではない。夢は、まるでシャボン玉のようだ。気がついた時には、影も形もありはしない。そして・・・。そして、それがまた、人生というものに違いないのだ・・・。



2002年12月15日(日) タガンカ劇場(ロシア)公演「マラー/サド」を観て

 タガンカ劇場(ロシアの劇団)公演「マラー/サド」を観に、静岡芸術劇場まで行って来た。とてもエキサイティングで面白い芝居だった。
 フランスのある精神病院が、物語の舞台だ。この病院では、治療の一環として患者に演劇をさせていた。患者のひとり・サド侯爵が書き下ろしたマラー(フランス革命の指導者)暗殺劇を、患者達が鉄格子の中で演じ始める・・・。アクロバティックな動きやタップダンスなども盛り込んだミュージカル仕立ての芝居だが、見せ場もたっぷりとあり、観ていて飽きることがなかった。
 ミュージカルと聞くと、私はつい「劇団○○」のつまらぬミュージカルを思い出してしまうのだが、世の中に面白いミュージカルのあることも再確認できてよかった。いつかブロードウェイのミュージカルも観てみたいものだ(蛇足だが、東京・中野に「中野ブロードウェイ」というアーケード街があったなあ。今もあるのかなあ)。

 私は、能も、歌舞伎も、オペラも、シェークスピア劇も、現代演劇も、それぞれに好きだし、いずれの舞台にも立ってみたい思いはある。ジャンルが問題なのではなく、その芝居が面白いかどうかという点が重要なのだ。まず、演劇表現として自立しているかが問われているのだ。
 その点では、特に新劇あるいは「社会派」と呼ばれる芝居には大いに不満が残る(燐光群のような例外はあるが)。私は決して「社会派」を毛嫌いしているのではない。いや、むしろ「社会的なテーマ」を含んだ芝居は好きな方だ。しかるに、現実には「えせ社会派」(テーマの奥行きを感じさせず、演劇表現としても自立していない芝居)の何と多いことか。私はただホンモノの芝居が観たいだけなのさ。まあ、私が満足のいく芝居を書けばいいのかもしれないけれど・・・。
 話はどんどん横道に逸れていきそうだが、とにかく面白い芝居が観られた時っていうのはとても気分がよい。私自身、次の舞台がいつになるのかわからないが、役者として舞台に立つ時には一人でも多くのお客様に満足して帰っていただけるようにしたいものである。と、今日の日記はここまでにしておこう。



2002年12月14日(土) 映画「AIKI」と、ロック歌舞伎「けいせい黄金鯱」と

 今日の夜、以前よりスーパー一座によるロック歌舞伎を観にいくことにしていたわけだが、その前に気になっていた映画を観ることにした。天願大介監督による『AIKI』という映画がそれだ。
 この物語は、実在するデンマーク人武道家がモデルとなっているが、映画では日本人の若者として登場してくる。ボクシングに情熱を傾けていた青年が、ある日交通事故に遭って脊椎を損傷。下半身麻痺により車いす生活を余儀なくされた。自暴自棄になっていた彼だったが、<AIKI>=大東流合気柔術と出会って入門、次第に自信を取り戻していく・・・。ストーリーをごく簡単に説明すると、そんなふうになってしまって、お涙頂戴の「障害者もの」と誤解されそうだが、決して「安っぽい感動」を押しつけるような映画ではない。「障害者」が主人公として登場するので、「障害者」の現実の生活も映し出されてくるが、単に「障害者」のドラマではないのだ。誰もが人生のある時期にぶつかる壁にいかに対峙するかが描かれており、普遍的なテーマを含んだ「青春映画」に仕上がっている。決してきれいごとで終わらせまいとする制作側の心意気も感じられた作品であった。
 主な登場人物の他に、三上寛、佐野史郎、田口トモロヲ、永瀬正敏、それと神戸浩といった面々がチョイ役で出演していて、それも面白かった。
 それより何より、天願大介監督のことについて触れておきたい。今村昌平監督を父に持つ天願監督だが、なかなかユニークな存在である。1983年に寺山修司が監督を務めた映画『さらば箱舟』に美術スタッフとして参加している。また、「濱マイク」シリーズでは林海象監督とともに脚本を手がけている。監督としても数本撮っているが、特筆すべきは障害者プロレス団体「ドッグレックス」を追ったドキュメンタリー映画『無敵のハンディキャップ』を発表したことであろう。「障害者プロレス」を通じて、そこにかかわる障害者と周囲との関係を浮き彫りにしようと試みたこの作品は、大変面白かった。
 今回の『AIKI』は、実在の人物をモデルにしながらも、フィクションだった。重いテーマを含みながらも、見終わった後に清涼感の残る「青春映画」だと感じた。

 さて、映画鑑賞の後は、軽めの夕食をはさみ、ロック歌舞伎を観に大須演芸場に向かった。スーパー一座はかつて私も所属した劇団、それゆえ贔屓目に見ている面もあるが、同時に他劇団より一層厳しく見る面もあるようだ。
 今回の『けいせい黄金鯱』は、並木五瓶(18世紀末に活躍)による原作を元にして、スーパー一座主宰の岩田信市さんが台本を担当している。いつもながら、台本の面白さには文句のつけようがない。音響、照明、その他の仕掛けも見事であった。今年は、宙乗りもあったことだし。でも、何より目を瞠ったのは、立ち回りの何とも見事なこと。それに随所に見どころもあった。新人が新人らしからぬセリフの言い回し(歌舞伎ならではの独特の言い回しは思いのほか難しいのだが)をしたかと思えば、ベテラン陣の「間の取り方」も絶妙であった。と、ここまではいいことずくめのようだが、終演後何故か私は物足りなさを感じていた。
 全体としてみれば、確かに面白かった。ただ3時間超の舞台の中で、役者の緊張感が途切れる場面がチラホラと見えた。そんな場面を目にすると、観る側としては気持ちが急速に醒めていってしまう。幸いと言うべきか、その後ですぐまた物語世界に入り込むきっかけをつかむことはできたのだが。それから、終わり方がやや淡白な気がしないでもなかった。
 あらためて思うのは、芝居というのはナマものだという実感である。その一瞬が勝負、まさに真剣勝負なのである。

 明日は、静岡まで芝居を観に行ってまいります。今宵はこれにて失礼いたしまする。
 
 



2002年12月13日(金) 能オペラ「藤戸」、それから・・・

 今日、仕事を定時で切り上げて、東別院ホールで上演された能オペラ「藤戸」(声藝舎オペラアンサンブル)を観に行った。今朝の中日新聞に掲載された広告でその公演を知り、衝動的に観に行ったわけだ。「能」と「オペラ」の融合、そして「平家物語」に題材をとった「藤戸」という演目、ということで、非常に興味深かった。その一方で、期待を裏切られる不安も感じていた。
 結論的に言えば、そこそこ面白く観られた。ただ、本編の前にあった導入部(本編を暗示するような、独唱・重唱・合唱や器楽演奏によって効果をもたらそうという異図らしかったが)に関しては逆効果で(演者はあれでもきっと緊張はしているのだろうが、観客の側からはほとんど舞台での緊迫感が感じられなかった)まったく不要と私には感じられた。「声楽」として聴けば、高いレベルではあったろうが、「能」でも「オペラ」でも全くない導入部には失望を覚えた。よっぽど途中退場しようかと思ったほどだ。その導入部は15分ほどで終わり、一時休憩に入った。
 気を取り直して、本編を観た。本編は「オペラ」として十分鑑賞にたえうるものであった(最初から本編を見せろよ、と言いたかったね)。やはり声楽の部分がしっかりしているのが大きい。声がしっかり届いてくる。その声にしっかり感情が乗っかっている。演じている人はきっと気持ちいいだろうな、と感じさせられた。それは、観る側にとっても心地いいものだった。やはり、演じている側がどこまでいきいきとして舞台上に存在しているか、という点が大きいと思う。ただ、東別院ホールが能オペラ「藤戸」の舞台として適当とは到底思えなかった。どこかで日常を引きずってしまい、演じられている非日常世界に入り込みづらい雰囲気がある。それであっても、演者の息づかいがこちらまでしっかりと伝わってきていた。その点では、十分評価すべきだろう。

 さて、今月から来月にかけて観劇の予定が目白押しだ。
 まず、明日はスーパー一座によるロック歌舞伎「けいせい黄金鯱」を観に行く。それに明後日は、静岡芸術劇場までタガンカ劇場公演「マラー/サド」(ロシア語による上演)を観にいく。そして、翌週21日には同じく静岡芸術劇場に、鈴木忠志演出による「ザ・チェーホフ決定版」を見に行くことになった。静岡芸術劇場での公演については、エッちゃん(pH-7女優・上田エツコ)が「ロシア芸術」ファンの私に紹介してくれたのだが、結局2公演観に行くことにした。
 それと、19日に東京バレエ団公演「ザ・カブキ」(一宮市民会館)も観に行くのだ。
 今年の最後は、30日。これは、演劇ではないのだが、東京・新宿PIT INNでの浅川マキ(その昔、寺山修司の芝居や映画にも出演したことがある)のライブに行く。
 年明けて1月18日には、東京で「万有引力」の芝居と、障害者プロレスの興行を観る。実は、翌19日に「花組芝居」も観るつもりにしていたが、チケットが手に入らず、それは断念した。
 とまあ、ここまでは確定しているのだが、おそらくあと2,3追加されるだろう。何が私をそうまでさせるのかはわからないが、20代の頃あまり遊べなかった分をここで一挙に取り返そうとしているかのようだ。

 今年も瞬く間に過ぎようとしている・・・。



2002年12月12日(木) グッド・ラック

 2002年もあと半月ほどを残すのみとなった。
 今日は、来るべき2003年のpH-7の活動についての話し合いがなされた。そこでは、個々人が今後どのようなかかわりを持っていくのかについて、それぞれの思いも語られた。他の人がどのような発言をしたかについては、今の時点では差し控えておこう。ただ、私自身のかかわり方については、お話ししておいてもよいと思う。
 来年も、pH-7は(どのような形になるかは別として)春と秋に公演を行う可能性が高い。そこで、私はどうするかだが、はっきりしているのは来年上半期(6月まで)に行われる公演には出演できないという点だ。そして、夏以降の公演に出演できるかは、来年4月の時点でしか結論が出せない。
 くれぐれも誤解しないでほしいのだが、別に芝居が嫌になったわけでもないし、今のところ劇団を離れる気もない。むしろ、舞台に立ちたくてウズウズしているくらいなのだ。それでは、なぜかというと、職場(福祉施設)の仕事との兼ね合いということになる。
 来年4月に人事異動が行われることはほぼ間違いなく、私がその対象になる可能性も決して低くはない、という事情がある。異動といっても、勤務先は現在と同じ天白区内で動くだけなのだが、問題はその勤務時間にある。もし他の現場に移るとなると(現在の職場ではいわゆる「9時・5時」という形態だが)「ローテーション勤務」、つまり夜勤があったり、土日出勤もあるという状況に変化する。そうなると、役者を続けることは事実上無理になる。実際異動するのが私になるのかどうかは、4月の段階でははっきりするのだが、はっきりしたことが言えない現在の状況のなかで判断して「春公演」は断念せざるを得ない。もし異動がなければ、「秋公演」には出たいと思っているのだが。
 「今の職場を辞める気はないのか」とは菱田さんからも聞かれたのだが、「宝くじに当たって巨万の富を得ることでもないかぎり、職場は辞めない」と答えた。言うまでもなく、宝くじの1等に当たる可能性よりも、異動の可能性の方がはるかに高い。今はただ、芝居が続けられる状況が得られるよう、ひたすら祈るしかない。どうか、宝くじの1等・前後賞が当たりますように。
 
 来年という年がどんな年になるのかはわからない。他の劇団員たちも、それぞれの思いを抱えつつ、自らの道を歩んでいくことだろう。私はただ皆の幸運を祈るばかりだ。
 と同時に、私自身、ぜひ実りある1年にしたい。それにしても、またひとつ年とるのかよ。まったく嫌になっちまうぜ。でも、時間は誰にも止めようもない。素敵な素敵な中年男になれるよう日々精進するのみである。



2002年12月08日(日) 12月の雨

 昨日、「幻想ヒポカンパス〜太陽と王権〜」の精算会があり、総括が行われた。様々な問題があぶり出されたが、そこでは私に向けられた問題もあった。そこで指摘された点については、真摯に受け止めるしかないと思う。いずれにしても、これで今回の公演にかかわることは一通り終わったわけだ。完全に日常に戻ることになるんだな。

 今日は、ものすごく寒い。コタツを出さなくては凍えそうだったので、とにかくコタツを出せるだけのスペースを作って、そこにコタツを置いた。掃除も、整理・整頓も、ほとんどやっていないに等しいけどね。
 あんまり寒いんで動く気にもなれない。気をつけないとこのまま冬ごもりしてしまいそうだ。
 これから季節は真冬へと向かって行くが、凍えてばかりいないで、時には厳しい寒さに立ち向かうことも必要かもしれない。

 そう言えば、今日はジョン・レノンが凶弾に倒れた日(古くは、「真珠湾攻撃」があった日だ)。死後20年以上を経てなお人々の記憶の中に深く刻み込まれている。彼の音楽は歌い継がれ、彼の存在は伝説として語り継がれている・・・。


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