Leonna's Anahori Journal
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2003年04月30日(水) オバジは効きますよ

ららぽーとの『いぬごころ』というペットショップへ行ったら、思いがけなくフレンチブルドッグの仔犬に会えた。生後五ヶ月のオスで、パイド(白黒柄)の器量良し。

かかかか、可愛い!今すぐにでも連れて帰りたかったけれど、なんとこの子のお値段は五十万円!うわ〜ん、お犬様〜
ほかにもきれいなココア色のプードルがいて、この子は血統書付きで八十万円だった。しかもナント売約済みでしたワン。

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友達からメールをもらった。もう返事を書いて送信したのだけど、ひとつだけ書き忘れたことがあるので、ここで、公開で伝えたいと思います。

えー「オバジを使ってみてその後どうですか?実際のところ効くんですか?」とのことでしたが…

実際のところ、オバジ、とてもいいです。最高です。だてにマリクレール・ボーテ大賞とってません。特に脂性肌(もしくは混合肌)で加齢とともに毛穴が…、なんて場合には良いのではないかしら。

ブライトニング効果もあるけれど、それ以前に普段の肌が、良い状態で安定します。吹き出物などのトラブルも激減するし。朝起きたとき、顔がしっとりしていて肌密度がミシッと上がったように感じる。
オバジCというのは基本的にビタミンC(アスコルビン酸)なんだけれど、肌から直接、経口で摂った場合の約40倍のビタミンCを吸収できるそうです。ビタミンCの効果ってすごいんだね。

それで、ちょうど今日、初めて買ったC5がなくなったので新しくC10を買いにいったんですよ。そうしたら薬局のオバジの棚の所に“これでダメならごめんなさい”って手書きした紙が貼ってあった(笑)。
身も蓋もない書き方だけど(笑)、まあ、それっくらい効くってことですネ。

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あしたはマンU×トテナムの再放送を観ますよー。
戸田選手がフル出場した試合です。楽しみー(スコールズにやられちゃったって話ですけど)。
 
    
  


2003年04月29日(火) 純米吟醸酒

良く晴れたあたたかい日。柄にもなく、少しうきうき。

横浜の父に、草津で買ってきたお酒を届けに行く。
もちろん、水芭蕉の純米吟醸。途中でマグロと甘エビのお刺身を買って一緒に持って行った。

電車の中で『熊を放つ』を読んでいたら、熊ではなくて蜂を放っていた。
まだ上巻の真ん中あたりだからね。熊はまだ、もっと先へ行ってからなんだろう。










2003年04月27日(日) 草津から帰宅

午後、草津から帰ってきました。

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きのうの続きですが。

老舗旅館のお風呂、最高でした。
まず建物からして全然違う。さすが明治十年創業、風格と品がある。でもって中へ入るとお帳場の人の物腰と言葉遣いがこれまたエクセレント。日帰り入浴の料金千円也を払って館内へ入るとお香のような匂い。それも今さっき焚きましたというようなわざとらしい匂いではなくて、長年の間に建物に染み込んだ、よいかおり。通路には明るすぎない照明、足元には目のつんだ絨毯が敷きつめられている。

お風呂も同じく、あくまで和風にこだわった造り。新しくてピカピカしたものを排して、古いものの良さを生かしつつ清潔さを保っている。
草津にはただで入れる共同浴場がたくさんあるし、どこで入ってもお湯(源泉)は同じじゃないかと言われればそれまでですが。ここ奈良屋のお湯は、特別やわらかく、ありがたく感じられました。これで千円は、決して高くないのでは?
脱衣所で団扇をつかって涼みながら(扇風機じゃなくて団扇)、心底のんびりした気分を味わいました。

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さてさて。
帰宅してセリエAの試合結果をチェックしてみたのですが。

前節ホームでエンポリに負けて優勝の夢やぶれたミランが、今節はまたしてもローマに負けたという事実。なんだこら。

ここへきて急に腰砕けになったミランもなんだこらだけど、今頃になって急にやる気出してるローマも、なんだこらぁ!
 
 
そういえば今日は、ひさびさに柳沢のプレーする姿みたなぁ(鹿島×FC東京)。
本当にキエーボへいくのかなぁ、ヤナギ。ぼちぼちそこんとこはっきりさせてくれないか。
 
 


2003年04月25日(金) 草津温泉二日目

朝。ご飯を食べたあと部屋へ戻って二度寝。疲れが凝りのようになって溜まっている。

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昼過ぎ、買い物がてら湯畑方面へ出る。曇り時々小雨。スキーシーズンとゴールデンウィークのはざまで半分眠ったような雰囲気の温泉街は、霧が出始めたとたんにまっ白に煙って何も見えなくなる。

湯畑前の白旗源泉(共同浴場)に入ってみる。木の浴槽に真っ白なにごり湯がザーザーと注いでは溢れ出している。かなり熱めのお湯は私の好みだ。草津温泉には4つの大きな源泉(小さなものも入れるともっとたくさんあるそうだ)があって、そのうちのふたつは湯畑のところにあるのだが、ひとつは白旗の湯(白濁)で、もうひとつは熱の湯(透明)。
泊まっている宿のお湯は湯畑から引いているとのことだったが無色透明だったので、きっと熱の湯が源泉なのだろう。

風呂からあがって喫茶店で一休み。スムージーを飲みながら『熊を放つ』を読み始める。訳が、なるほどムラカミハルキだ!と思った(本の感想になっていない)。朝御飯がたくさんだったのでちっともお腹が空かない。
パン屋さんでペストリーを買って、あと、水だの地酒だのコーヒー牛乳だの、冷酒用硝子杯(観光地によくある手作りガラス工芸品の店で)だのを買いこんで宿へ戻る。

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夕方、大滝の湯へ出かける。ここは有料の温泉施設で、時間によっては地階の檜風呂で合わせ湯や歩行湯などを楽しめるのだが、私は入浴可能時間の谷間に行ってしまったので、かなわず。ザンネン。ここにきて朝寝のつけがまわってきてしまった。
それでも大浴場と滝の流れ落ちる露天風呂、打たせ湯とサウナでゆっくりする。特にサウナ。入って出て冷水に浸かる、これを三回くらい繰り返した。汗をかいた身体を冷水に沈めるとき、心臓が丈夫でよかったとつくづく思う。気持ちいい。

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宿へ帰って夕飯のあと、歩いて三分ほどのところにある地蔵の湯へ。ここは地蔵源泉といって4源泉のうちのひとつ。小さな湯小屋の裏にこれまた小さな湯畑とお地蔵様のお社がある。
しかし中へ入ってみると、誰もいない。まず脱衣所の電気を点けるところから始める。どうやら男湯の方も無人の様子。都会で暮らす感覚だと無用心でかなり怖い状態なのだが、ここは草津。こんな湯屋がそこいらじゅうに点在しているのだ。ひとりなのを良い事にゆっくりお湯に浸かることにする。ここのお湯は透明。もちろん源泉かけ流しで、熱々だ。

お湯からあがって服を着ていると、男湯の方に誰か入りに来た気配。どうやら若い二人組みで、土地の人ではなく旅行者のようだ。おっ、すいてるじゃんとか何とか話している声が聞こえる。それからしばらくして「うぁ〜、あっちい、あっちい!」と言う声。わははは、この熱いのがいいんじゃないか、などと思いつつ湯屋をあとにする。

地蔵の湯のあともう一ヵ所、はしご湯する。宿のすぐ隣の白嶺の湯という共同浴場。ここも女湯は無人だったが、途中で近所のひとらしい女性が入ってきた。見なれぬ先客に驚いたような顔で「こんばんは」と挨拶された。
白嶺の湯は場所柄、観光客はあまり来ないようで、脱衣所の壁には『共同浴場維持のため一世帯、一ヶ月三百円ご納入お願いします』と書いた紙が貼ってあった。

このほかにも草津の共同浴場の壁にはやたらと標語や教訓、注意書きの貼り紙が多く、これがなかなか面白い。あまり面白いのでメモをとってきた。このジャーナルをまとめて旅の穴へ移すつもりなので、そのときに付記します。

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部屋へ帰って、買ってきた地酒、水芭蕉を飲む。純米吟醸。これが、大当たりだった。ワインのような酸味と日本酒の甘味の両方があって、しかもあと口がすっきりしている。旨い。ああ、しゃーわせ…

明日は西の河原の大露天風呂と、高級老舗旅館のお風呂(立ち寄り湯)へ入りに行く予定。
  
 


2003年04月24日(木) 合宿地に到着

前々から「一度はおいで」と言われていた場所へ来ている。

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草津へやってきた。
新宿から高速バスで4時間弱。首都圏からそんなに遠くないにもかかわらず桜がまだほとんど咲いていない。途中の長野原あたりでは満開だったのに、なんだか意外な感じがする。バスの中で「五月の連休の頃に来てもお花見に間に合うことがある」と話している人がいた。

宿に着くとすぐ有名な湯畑を見に行き、それから土産物店の並ぶ細道を通って、西の河原公園の奥まで行った。ちょっと散歩するつもりがけっこうな距離を歩き回ってしまった。結局1時間半くらいうろうろしていた。
宿へ戻ってお風呂に入って、夕飯のあとTVをみてからまたお風呂。

草津には無料で入れる公共浴場が18ヶ所もある。それ以外に大規模な有料の温泉施設が5ヶ所くらい。いくら温泉が好きでもこれら全部に浸かるわけにはいかない。明日は朝からタオル持参で観光協会へ行き、作戦を立てたうえで湯めぐりをしようと思っている。(多分、朝昼昼晩晩、くらいの感じになると思う)

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本は『熊を放つ』(上、下)を持ってきた。『ガ−プの世界』でけっこうしんどい思いをしたのに、なぜまたアーヴィングなのか。自分でもよくわからないのだが。
あと『ヴァージニア・ウルフ短編集』も。この「旅をする本」はまたしても累積移動距離を伸ばした。
 
 


2003年04月23日(水) ぶらっと。

二、三日ぶらっとしてきます。
チビパソ持っていくので、出先から更新の予定。
ジャ〜ニ〜(←ここシャレだから。たのむよ)

 
 


2003年04月19日(土) 文庫本4冊

テニスの振り替えレッスンに出た。その帰りに買った本。

 『熊を放つ』(上・下) ジョン・アーヴィング
 『白洲次郎の生き方』 馬場敬一
 『ブレストの乱暴者』 ジャン・ジュネ

アーヴィングの訳者は村上春樹、ジュネの方は澁澤龍彦だ。澁澤訳のジュネって私は初めて。どんなんでしょう。

白洲次郎は、今読むのにはあまり向いていないかも。だってこの本の第五章「プリンシプルの男」の冒頭にはこう書かれているのだ。

“プリンシプルとはすなわち、原則である。
 白洲次郎の一生は、この原則プリンシプルを貫くことで燃え尽きたと言ってよい。”

現在のイラク情勢とそれに対する日本という国の対応を考えたら、GHQ相手に一歩も引かず渡りあった男の話なんか読まない方が安全。だって、読んだら私、憤死しちゃうかもしれないもん。
 
  


2003年04月17日(木) ぼくんち

夕方。
くるみ嬢と待ち合わせて新宿の串揚屋へ。
日が長くなったので午後五時半をまわってもまだ外は明るい。立吉(たつきち)という店にはいると中は暗くて、私たちは今日最初の客のようだった。

まず、白ワイン。それからお任せで一本ずつ揚げてもらう。
そとは明るいのに、もうワイン。しかも自分たちが口開きの客なのだ。こういうの、随分長いことしてなかったなぁ。たまにはこういう所へ来なきゃだめだよね、大人なんだからさ。

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串揚げのあとはコーヒーで締める。で、ランブルへ。
ここでくるみ嬢は、一冊の本を取りだした。西原理恵子の『ぼくんち』というマンガだ。読みませんか?というので、手にとってパラパラ。いま思えば、あのときくるみ嬢の目には「とにかく読め」という有無を言わせぬ気迫のようなものがみなぎっていた、と、思う。

結局そのサイバラ本を借りて帰ったのだが、読んでみるとこれがとにかくとんでもないマンガで。くるみ嬢にしてみれば、これが私に対する“サイバラ最終兵器”のつもりだったのだろう。

しかしなぁ。この本、映画化されて上映中だというのだけれども。こんな話、いったいどうやって映画化したんだろう。
三年前に買い物に行ったきり帰って来ない母親。突然あらわれたピンサロ嬢の姉。近所の女の子はヤク中の父親と二人暮らし。隣町の不良青年はトルエンでも何でもさばく…、ことごとくコードにひっかかるのと違うか。

海と山しかない静かな町の最底辺に生きる人々のおはなしに笑って泣いて一気読みした私は、読後、胃の底にうっすらとたまった重たーい何かを自覚して、ほーと溜息をついた。(そのうちくるみチャン、笑顔で「映画一緒にいきませんかー」とか言いだすんじゃなかろうか)

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あ、そうそう。新宿南口を歩いていたとき『みやざき館』という看板を発見。宮崎県の物産をPRしながら売っている店だ。
もしや…と思って入ってみると、あった!やっぱりありましたよ、去年8月21日のジャーナルで絶賛した、ミルキーランドが。

うれしいなあ。まさか東京で手に入るとは思わなかった。さっそく一本買って帰ってきました。




2003年04月16日(水) ボール支配率がなにさ

サッカー国際親善試合、韓国×日本。

最後の最後、ロスタイムでのあの得点をほとんどオウンゴールじゃないか、という人もいる。ラッキーだったという言い方もある。

でも私にとってあれは、最高の勝ち方だった。
あの得点には、単にジーコジャパンの初勝利ということ以上の意味があるのだ。少なくとも、私個人にとってはね。

だってさ。いきなりポゼッション・フットボールの壁をぶち破っての勝利なんだもん!しかも宿敵韓国を相手に。これを喜ぶなと言うのが無理な話。

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ボール・ポゼッションというのは、試合中のボール支配率のこと。
日本代表のサッカーはポゼッション・フットボールといって、パスを回し確実にボールをつなぐ(つまりボール支配率を増やす)ことで、攻撃のチャンスを増やそうという方法論に基づいているそうなのだが。

しかしこの日本のポゼッション・フットボールは、素早い敵のカウンターやワンミスの隙をついてくる攻撃のまえに、これまで、何度も何度も何度も何度ぉ〜も屈し続けてきたのだ。良くて引き分け、悪けりゃ負ける。それも唯一の得点を相手に許すという形で。

たとえば昨年のW杯、対トルコ戦。ほんの少しの隙を見逃さなかったウミト・ダヴァラに一点をもぎ取られ、終盤必死に攻め続けたが0−1のスコアで負けた。こういう負け方を目の当たりにして思い知らされるのは、いっくらボールを支配したって決められなければダメなんだという、しごく当たり前の事実なのである。

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こういうジレンマを抱き、「善戦はしたけれど、あと一歩及ばなかった」という決まり文句に心底飽き飽きしていた私にとって、今夜の日本代表の勝ち方は最高のカタルシスだった。ほんと、綺麗なシュートをビシッと決めての勝利より、こっちの方が感動するわ(笑)

豪快に決めようが、こすっからく入れようが、勝ちは勝ち。悔しかったらオタクも、何をしてでもボールにゴールラインを越えさせればよかったじゃないのォ〜? …とまあ、こういう事なのだ。

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しかも。そのコスいシュートを放ったのがFWだっていうのが、いいよね。あれでいいのよ。FWはね、ゴールに向かって打ってナンボ。
ありがとうユウイチロウ。これで今夜はよーく眠れそうです。

こういう気持ち、ニック・ホーンビィ(『ぼくのプレミアライフの』著者にして筋金入りのアーセナルファン)ならきっとわかってくれるはず、なんだけどな。
 
 


2003年04月13日(日) トライセラ・イン・赤坂BLITZ

夜、赤坂BLITZへ。
ジャパンサーキットというイベントにトライセラトップスが出るので、それがお目当て。

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出演は4バンド。トライセラはトリだった。
彼らはライヴではいつも、何か一曲はカヴァーをやるんだけど、きょうはクリームの『アイム・ソー・グラッド』をやった。私にとってもこれはソーソーグラッドな選曲。
しかし今夜のインプロヴィゼーションはすっごく長くて、しかもヘヴィーだった。7〜8分はやってたんじゃないかしら(もっとかな)。これ以上は健康に有害ってくらい、徹底的にやってたね(笑)。

全部で3時間半くらいのプログラムだったんだけど、そのうち会場内でちゃんと聴いたのは2時間弱くらい。あとは外の椅子に座ってビールを飲んだり、本(ガープの世界)を読んだりしていた。トライセラ以外ではデトロイト7という女性ヴォーカル兼リードギターのいるバンドが良かった。





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