イシダ植物の「転石」
多感なお年頃、ついに三十路突入いたしました。 これから先もローリングストーンしながらトーキンバゥマイジェネレーションだよ。
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2010年05月22日(土) |
【妄想短編】港のマリー、またはヨーコ2 |
♪誰もが 港町のカフェで お酒ばかり飲んでる 可哀そうなマリーに 恋をするけど やめたほうがいいわね どうせマリーは今夜も 誰も愛さない♪
女(と書いてマリーと読む)はまたあの歌を歌っていた。同名の主人公の歌を。
♪昔暮らした男は ある日花を抱えて この港に帰ると 信じているの♪
ある春の日、女はまたこの歌に自分の出来事を重ねていた。 かつての恋人に、会いにゆくのだ。 いちばん愛した男、長く過ごした男。北郎。今は一人前の建築家だ。 彼を忘れて過ごすために思い出は一切捨てていたのに、 連絡が来るとすべてが蘇ってきた。いいことも悪いことも、より美しいものとなって。
数年ぶりに会った男は、思い出にも増していい男に成長していた。 マリーも、かつてより成熟こそしても衰えてはいないといえた。 マリーは、この男と再会するために自分は独りの時間を過ごしてきたのだとすら思えた。 まるで一週間ぶりに会った恋人のように、 よく知った二人は安らぎ、会話をして、楽しい時間をともにした。
後日、男から電話がかかってきた。男は、今までありがとうと言って別れを告げた。
マリーは まっしろになった。 それは、まるで映画のスクリーンの、何も映っていない世界に下り立ったような景色だった。 泣くことはなかった。 それは、男の声に話に誠実さを感じたからなのか、しばらく会わなかったためなのか、 それとも彼のために流す涙はその昔にすでに使いきってしまっていたのか。
さらに後日、マリーは男からのギフトに気付く。 診察を終えて、医者が言った。 「そうですね、クラミジアですねー。大丈夫お薬飲めばすぐ治りますから」
大粒の薬をごくんと飲みこんで、マリーは窓辺の席から晴れた外を眺めながら、 故郷の歌を口ずさんでいた。
♪みあげれば しろ みわたせば しろ みあげれば しろ みわたせば しろ おげんきですか ふるさとは ことしも ゆきが いっぱいです ゆきが いっぱいです♪
コメディアンの作った歌。マリーはちいさく微笑む。だれかがどこかで、口笛をふいた。
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