酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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2003年06月30日(月) 『闇から来た少女 ドールズ』 高橋克彦

 盛岡市にドールハウスが有名な喫茶店《ドールズ》がある。土蔵を改装した洒落た店で一階には《同道堂》という古書店がある。ドールズの経営者は月岡真司。同道堂の主は月岡の義弟、結城恒一郎。結城の姉は7歳になる姪の怜を残し死んでしまった。ある夜、気がふれたように家を飛び出した怜が交通事故に遭ってしまう。月岡の親友、戸崎(医師)の病院で治療を受ける怜の様子にただならぬ数々の異変が起こりはじめ、恒一郎は、店の客で密かに思いを寄せる香雪(人形作家)とともに怜の異変の謎を探るのだが・・・。

 ううーっ、何度読んでも素晴らしい物語です。高橋克彦さんという偉大な作家さんの作品の中では以前書いたこともある<記憶シリーズ>と並び、愛してやまないシリーズがこの<ドールズシリーズ>ですv 本当はもっともっと突っ込んで書きたいのですが、まだ読んでいないかもしれない“そこのあなた”のために自粛。是非是非読んでくださいね。日本人ならではの感性を心行くまで楽しめるはずです。オススメ度にはかなりかなり自信ありっ!でございます。
 内容を詳しく語れないので、装丁のことなど触れてみようと思います。実はこのシリーズは三作まで出ていて二作目までは文庫化されています。私は二作品を中央公論社文庫で揃えています。今は角川さんでも文庫化されていて表紙のイラストの違いに驚きました。私個人としては、中央公論社文庫さんの深津真也さんのイラストが最高に好きなのです。怜ちゃんのイメージにぴったりなんですよー^^v 勿論、角川さんのイラストも怖くて綺麗で素敵ですけどね。

 「はじめは読者を怖がらせるためだけのホラー・サスペンスを意図していたのに、ずいぶん違うものになった。それでも満足している。怪奇小説は不可思議な話が多いものだが、世の中にひとつくらい、合理的な展開に終始する怪談があってもいいだろう。怖いのは結局、人の心である」

『闇から来た少女 ドールズ』 1989.12.10. 高橋克彦 中公文庫 



2003年06月29日(日) 『ふたたびの恋』 野沢尚

 バカンスで沖縄へやってきたかつての売れっ子脚本家、室生晃一。室生はシナリオ学校の生徒でもと愛人の新子を見かける。偶然のいたずらに動揺する室生。新子は今や飛ぶ鳥を落とすシナリオライターになっていた・・・。
 再会したふたり。新子は室生にシナリオ作りの相談をする。複雑な心持で新子とディスカッションを繰り返し、久しぶりに室生の書き手としての力が甦る。そしてその作品の結末は。ふたりの恋の結末は。

 この物語は、この夏に舞台化されるそうです。かつての恋愛相手との再会がもたらす波紋を大人テイストに仕上げています。やはり夢物語かなと思うけれど、虚構と現実が時々重なる感じを受けます。ありえるかもしれないな、と。
 「恋のきずな」と「さようならを言う恋」も大人の恋愛でいいです。どちらも舞台化、映像化できそうですねv

 酔って絡んでくる人間より、酔わずに絡んでくる人間のほうがはるかに始末に負えないことを私は新子から学んだ。

『ふたたびの恋』 2003.6.15. 野沢尚 文藝春秋



2003年06月28日(土) 『しゃばけ』 畠中恵

 江戸の大店‘長崎屋’の若旦那・一太郎はとんでもない虚弱体質。なにかあれば何日も寝込んでしまう。五つの時、祖父が連れてきた佐助と仁吉に支えられ生きている。実はこのふたり人間ではない。妖(あやかし)なのである。佐助は犬神。仁吉は白沢。過保護な両親と過保護な妖たちに見守られ、一太郎は意外に剛な心で殺人事件に立ち向かっていく。

 この作品は2001年第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞作品だそうです。優秀作品だけあって、軽妙洒脱な妖と人間たちの共存がとても面白かったです。
 一太郎の生い立ちの秘密や、一太郎の人情味あふるる人間性など心にほろりときました。一太郎を自分のことより大切にする妖の佐助と仁吉もいいキャラクターです。これはオススメv 柴田ゆうさんの装画も内容にぴったり合ってて微笑ましい。

 「生きていると、自分の思いどおりにならない事がいっぱいあるのさ」

『しゃばけ』 2001.12.20. 畠中恵 新潮社



2003年06月27日(金) 『キノの旅Ⅳ the Beautiful World』 時雨沢恵一

 人間キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の物語Ⅳ

第一話「像のある国」
 短い文章なので、あえて触れないでいます。
 イラストがいいですよー。

第二話「×××××」
 これも1話と同じく、あえて触れないでいます。
 イラストを見ていると、アニメ化も深くうなづけますv

第三話「二人の国」
 入国審査で質問書類に答えるキノ。この質問事項の意図は・・・。

第四話「伝統」
 キノとエルメスが訪れた小さな国では、国民がみんな焦げ茶色の“猫耳”をつけていた・・・(笑える)

第五話「仕事をしなくていい国」
 旅人の噂で機械が発展していて人間のすることがほとんどない国へ足を踏み入れたキノとエルメス。出逢った男は<仕事>として「ストレスをもらっているのだ」と言うのだが。

第六話「分かれている国」
 キノとエルメスは大きな国へ辿り着く。ここでは海側と山側でまっぷたつに分かれて人々が暮らしていた。どうしても相容れない海の者たちと山の者たち?

第七話「ぶどう」
 キノにいきなり説教をするおとな・・・

第八話「認めている国」
 王様は必ず医師でなくてはならない国では“いらない人”を選ぶお祭りをやっていた。いらないもんは、すっぱり処分?

第九話「たかられた話」
 はいっ、シズ様と陸の登場ですよ~。ぱちぱちぱちv
 シズ様は、泊めて貰った恩義にこたえ、略奪者たちを成敗してさしあげるのだが・・・。むー。

第十話「橋の国」
 砂漠から突然生まれ、真っ直ぐ西へただひたすら向かって、水平線と共に消えている橋を渡る。その橋を築いた人たちの残した文字。

第十一話「塔の国」
 塔を建てることが生きがいの人たちの国。

 『キノの旅』も四巻になりました。今回なにより驚いたのは時雨沢さんの《あとがき》です。急転直下の展開で今後どうなっていくのか作者にも予想がつかないし、キノは宇宙へ旅立つし、魔王との宇宙大戦争になり、エルメスは変身するわ、陸はスパイでシズ様を裏切るんですって(大笑)。読みすすめて《あとがき》を読んでぶっ飛んでしまいました。いやぁ、ますますキノから目が離せません。魔王たちと宇宙で戦うんですものねぇ(苦笑)。
 ま、冗談はそのくらいにして(笑)、キノとの旅にもそろそろ慣れて参りました。このキノやシズ様が旅をする短編集は物語によっては寓話的だし、物語によってはすーっと流れる風景を描写したようなものだったりします。読みやすいのが大きなポイントですが、キノの謎に迫りたい欲求はますます高まりますね。またシズ様と愛する陸をちょっとしか露出しないところも心憎い演出なのかな。

 「まあ、しょうがないね。いらないものをすっぱり捨てられるのも、人間の才能だよ」

『キノの旅Ⅳ』 2001.7.25. 時雨沢恵一 電撃文庫



2003年06月26日(木) 『キノの旅Ⅲ the Beautiful World』 時雨沢恵一

 人間キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の物語Ⅲ

第一話「城壁のない国」
 キノとエルメスは草原に住まう一族に出逢う。つねに移動をしている一族は、旅人と滅多に会うことも無いため、キノたちを歓迎してくれるのだが。

第二話「説得力」
 キノが老婆の指導のもと、パースエイダーを訓練している。これはキノの過去のフラッシュバック?

第三話「同じ顔の国」
 キノは入国検査に血を採取される。強がっているが、キノは採血が苦手らしい(笑)v その国はたった‘二人’の遺伝子を受け継ぐ同じ顔をした国民たちだった。

第四話「機械人形の話」
 紅葉の森の中で、キノは機械人形のお婆さんに出会い、お婆さんの仕えている家に招待される。機械人形のお婆さんは、エルメスの故障も手早く正確に治してくれる。そんなお婆さんの機械の寿命が切れてしまう時が来た。残された家の者たちはキノにあるお願いをするのだが・・・。

第五話「差別を許さない国」
 城壁に囲まれ閉ざされた国、そこには差別をすることを許さない国だったが。

第六話「終ってしまった話」
 海賊になる試験のためにキノを襲った男は襲撃に失敗し、海賊になれず彼の夢は終ってしまう。しかし、その後彼がはじめたことは・・・。

 さて、キノの旅の物語も三巻目となりました。今回のキノの旅の滞在時間は比較的長かった気がします。この物語は、アニメ化、ゲーム化されたそうですが、どちらにもなるべき要素が詰まっていると感心してしまう。「機械人形の話」なんてアニメで見てみたかったなぁと思います。WOWOWで再放送を希望v
 キノはどこへ行くのだろう。どこへ行きたいのだろうなぁ。
 今回もシズ様と陸がちょっとだけ登場。クールなシズ様と忠実でふしゃふしゃの犬、陸。こちらが主人公の視点の物語も読みたいです。

 空の蒼さは・・・・・・、場所や、時間や季節、天気なんかでとてもよく変わります。そして、どれもきれいでした。その時はきれいと思えなかったのも、今思い出すと、きれいと言える気がするんです。

『キノの旅Ⅲ』 2001.1.25. 時雨沢恵一 電撃文庫
 



2003年06月25日(水) 『キノの旅Ⅱ the Beautiful World』 時雨沢恵一

 人間キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の物語Ⅱ

第一話「人を喰った話」
 冬の森の中でキノはうさぎ狩りをしている。自分の携帯食料を減らさないで、遭難した男たちを救うために。男たちが体力を取り戻すまで面倒をみてやるキノ。そのキノに救われた男たちは・・・。

第二話「過保護」
 戦争に行かなければならない息子をめぐって身勝手な過保護をする父と母。息子の意思は。

第三話「魔法使いの国」
 国自慢で銅像がいっぱい。ニーミャはある実験のため銅像をいくつか排除して欲しい。キノはニーミャのために・・・。

第四話「自由報道の国」
 切り取られた事実を報道している新聞。それらの記事にはとても重要なことがぽっかり抜け落ちている。

第五話「絵の話」
 戦車マニアの男が描いた絵が、反戦の象徴としてもてはやされる。

第六話「帰郷」
 夢を追いかけてふるさとを捨てたトートが、‘帰ってきた’。

第七話「本の国」
 キノが辿り着いた国は読書が盛ん。寝ている時以外は本を読んでいる・・・。

第八話「優しい国」
 キノが入ろうとしている国は、かなり旅人たちに評判の悪い国。しかしキノが入国すると、なにもかもが優しい優しい国だった!
 この物語でキノの昔の名前がわかります。

「続・絵の話」
 一巻でキノと闘ったシズ様と、忠実な僕、陸が登場v キノが少し前に訪れた戦車の絵がもてはやされている国で、シズは戦車マニアの絵描きと出会う。あの戦車マニアは今・・・。

 『キノの旅Ⅱ』を読みました。相変わらず物語によってページ数もばらばらで、オチがあるようなないような物語も(苦笑)。でもキノとエルメスは変わらず魅力的。そこここに謎のピースを落としながら物語をすすめられている感じを受けます。
 気になったのは巷でも人気だという「優しい国」でしょうか。キノの過去や正体がまた少しだけ語られています。キノの名前には驚いたなぁ。そうだったのかぁ。
 いやはやしかしながら、ネタバレなしに書こうとするとかなり無理があります。この旅(物語)がどこへ行き着くのかまだまだ私の旅も始まったばかり。
 しかし「本の国」へ辿り着いたら、私は永住だわ。動けるものかぁ~。

 「だから言ったとおりだよ。最初からこれじゃあ旅なんて無理だよ。キノ。旅人に一番必要なのは、決断力だよ。それは新人でも、熟練の旅人でも同じ。違う?」
 「いいや、エルメス。それはきっと運だよ。旅人に一番必要なのは、最後まであがいた後に自分を助けてくれるもの。運さ」

『キノの旅Ⅱ』 2000.10.25. 時雨沢恵一 電撃文庫

 



2003年06月24日(火) 『キノの旅   the Beautiful World』 時雨沢恵一

 人間キノと言葉を話すモトラド(二輪車)エルメスの数々の不思議な旅の物語たち。キノとエルメスはいろいろな国を訪れ、いろいろな人々に出会い、そして、3日目に旅立っていく。 キノとエルメスが出会う人やモノたちは時に哀しく、時に残酷で、そしてとても愛おしい。世界は美しくなんかない。そしてそれ故に、美しい。

第一話「人の痛みが分かる国」
 この国では、人の姿が見えず、全てを機械がやってくれる。キノがやっと出逢った人間が語ったその国の進化の結末とは。

第二話「多数決の国」
 ここは、ゴーストタウン? やっと出逢った男から恐怖政治と王への反乱、その後、国の運営は全て多数決によることに決まったと聞かされる。そして今残っているのはこの男ただひとり・・・。

第三話「レールの上の三人の男」
 巨木の森を進むキノとエルメスは、線路を見つけその上を移動し、三人の老人に出会う。一人目はレールの草を取り、磨いているお爺さん。ふたりめはレールを取り外している。三人目は新たにレールを設置している。その三人がどうしてそれぞれ違う作業を続けているのか。

第四話「コロシアム」
 入国した国で、市民権獲得の戦いに巻き込まれるキノ。キノが決戦で出会った男シズの正体は・・・。

第五話「大人の国」
 キノと名乗る旅人と出逢った×××ちゃん。キノはゴミのモトラドを治していた。モトラドの名前は×××ちゃんが、エルメスと決める。
 ×××ちゃんは、大人になる儀式を拒否すると、親に殺されそうになり、キノに助けられる。そして×××ちゃんは、キノの言葉に従い、モトラド・エルメスに乗って旅立って行く・・・。

第六話「平和な国」
 ヴェルデルヴァルと言う国は、平和な国。その平和を保っているものは・・・。

 ううん、これは参りましたねぇ。時雨沢恵一(しぐさわ)さんの文章にイラストレーター黒星紅白さんが物語りにぴったりのイラストをつけた冒険小説です。お話ごとにページ数にばらつきがあるし、ネタばれなしに説明するのは本当に難しいと思い知らされました。これがあと六冊続くのね(涙)。
 キノは、まだ謎の多い人物です。過去も旅の訳もまったく明かされていません。ポイントとなるのは、第五話の「大人の国」だとはわかるのですが。
 しかし、二輪車モトラドのエルメスのキャラクターは最高ですv 気になる登場人物シズ様とシズ様の忠実な僕、陸(こいつは喋る犬!)が魅力的。このまま消えてしまうキャラではないと思いたい。特に生意気な陸!
 あと六冊読んでいくつもりですが、キノたちの出会いや成長が気になるところです。

「ボクはね、たまに自分がどうしようもない、愚かで矮小な奴ではないか? なぜだかよく分からないけど、そう感じる時があるんだ。・・・・・・でもそんな時は必ず、それ以外のもの、例えば世界とか、他の人間の生き方とかが、全て美しく、素敵なものの様に感じるんだ。とても、愛しく思えるんだよ・・・・・・。ボクは、それらをもっともっと知りたくて、そのために旅をしている様な気がする。」

『キノの旅』 2000.7.25. 時雨沢恵一 電撃文庫



2003年06月23日(月) 『完全無欠の名探偵』 西澤保彦

 白鹿毛源衛門(しらかげげんえもん)は、溺愛する孫娘りんが大学卒業後そのまま高知で就職し、自分のもとへ戻ってこないことに駄々をこねる。部下の黒鶴の進言に寄り、りんには高知にとどまりたい動機があるらしい。その動機を知りさえすれば、りんを連れ戻す手はずもあろう。そこで黒鶴はひとりの大きな男、山吹みはるを御前に連れ出す。この山吹みはると言う男、そばにいるだけで個人の過去に埋もれた謎を掘り起こす。そしてその個人が勝手に考え気づき謎を解明してしまう。山吹みはるはなぁーんにも知らずその人のそばでのほほんとしているだけ(笑)。
 白鹿毛りんのもとへ派遣された山吹みはる。みはるはりんの抱える高知にとどまりたい謎に迫ることができるのか?

 西澤保彦さんの作品ではマイ暗黒ナンバー3という不動の三作品があります。『依存』・『黄金色の祈り』・『夢幻巡礼』です。ファンの間でも心に痛いと評判のものばかり。その三作品は別格として、西澤保彦さんの作品は何度読み返しても唸らされてしまう。しかも時間が経っていても色あせない。やはり西澤保彦さんは最高に面白いv
 この『完全無欠の名探偵』は、不思議な能力を持っているがために<完全無欠>です。心に眠っていた謎が、山吹みはるによって触発され、甦り、新しい視点で考え解明する。みはるが、ではなくて謎を抱える本人が(大笑)。なんともとぼけた大男みはるの存在がやさしくてユーモラスでいいなぁ。とってもv
 物語の中で人間のさまざまな欲望や屈折した心模様がたくさん描かれます。これが西澤保彦さんの最たる魅力。ひどい人間いやな人間を書かせたらうまいと定評のある西澤保彦さんならでは。
 そしてなにより西澤先生ご自身が、まことにほのぼのとお優しい人となりであるだけに、そのギャップがまたたまらないんですね。オススメです。

 だけど他人が見たら馬鹿らしいことだって、そのひとにとってはかけがえのない拠り所かもしれないじゃないですか。

『完全無欠の名探偵』 1995.6.5. 西澤保彦 講談社ノベルス



2003年06月22日(日) 『うつくしい子ども』 石田衣良

 僕は中学2年生。ニックネームは‘ジャガ’。ごつごつしてざらざらしてジャガイモみたいだから。内心ちょっとショック。僕の弟と妹は母親似でとても<うつくしい子ども>なのに。要するに人間は生まれつき不平等にできている・・・。
 僕の住んでいる夢見ニュータウンで9歳の女の子が行方不明になっていたのだが、遺体で見つかった。妹の同級生。遺体は吊り下げられ、胸には噛んだ後が残っていた。そしてその犯人が・・・僕の弟、カズシだったんだ。
 僕の生活は一日ですべてが変わってしまった。しかし、僕は弟のためにできることをやってみようと思うんだ。

 この物語は、ちょうど3年前に読みました。『池袋ウエストゲートパーク』を書いた石田衣良さんが、どんな酒鬼薔薇聖斗事件を描くのか、とても興味があったことを記憶しています。今回、読み直して最初に読んだ時と自分の感想がかなり違っていることに驚きました。
 主人公のジャガは、殺人犯となった弟を<言ってはいけないことかもしれないけれど、殺人犯となった後も生きなければならないなんてかわいそう>と思います。そして殺人犯の家族であることを隠さず、弟の心の闇に迫ろうと努力をし、ある真相に辿り着きます。その真相をジャガは・・・。ここなのです。前回は、ジャガの心優しい決断に涙しました。でも今回は、ジャガの決断は間違っていると感じました。そして真相を知る唯一の大人、新聞記者・山崎の決断も。
 ジャガはそれでよかったかもしれない。でも本当のことを知る権利は被害者の家族にもあったのではないかと思う。たとえジャガが自力でその真相へ辿り着いたとは言え・・・。
 でもその感想の相違はあったものの、やはりこの『うつくしい子ども』が優れた物語であることに違いはありません。ジャガとジャガを取り巻く魅力的な仲間たちの存在がもうたまらないくらい素晴らしい。なにが起ころうと人生は捨てたものじゃない、そう思わせてくれるところが救いでした。
 高田理香さんのイラストはキュートで大好きですv

 ぼくの家が痛がっている。
 心のなかでごめんといって、ぼくは逃げた。近所の誰かに顔を見られないように。もしぼくに向かって、あんなにフラッシュをたかれたら、きっとおかしくなってしまうだろう。あんなに明るくて正しい光りに、とてもぼくは耐えられない。

『うつくしい子ども』 1999.5.10. 石田衣良 文藝春秋



2003年06月21日(土) 『笑う怪獣 ミステリ劇場』 西澤保彦

 アタル、正太郎、京介はナンパ大好きな(ただし成功率は極めて低い)悪友三人組。この三人が邪な劣情を抱くくと、あーら大変。怪獣、宇宙人、改造人間・・・そんなものたちにわんさかわんさか遭遇してしまうのである。

 西澤保彦さんと言えば、良質なミステリーを提供してくださることでファンの多い作家さんである。かく言うワタクシめも西澤保彦さんとの出会いは衝撃的でした・・・。そしてたまーにこういう奇想天外な物語を発表されて度肝を抜いてくださいます。レズビアンものに特撮怪獣もの・・・次はどんな角度から度肝を抜かれるのでしょう(大笑)v
 この作品は純粋にミステリーを読みたいと思う方にはオススメできません。広い心で「西澤保彦っておもろいやっちゃな」くらいの心がまえで読める方にだけオススメします。
 今回、私が一番面白かったものは「書店、ときどき殺人」です。タイトルはかの先生のタイトルのパロディの香りも(笑)。さらさら書かれている物語ですが、コンニチの日本の出版業界の問題をさりげなーく盛り込まれています。万引きをしては安売りショップに売り飛ばすフトドキな人間が登場するのですが、それってかなり深刻な問題のようですからねぇ。
 あと、多少なりとも西澤保彦さんとお話した体験のある私としては、先生の口調や趣味などが露出されている部分も面白かったです。

 誤解しないでいただきたいのだが、そんな謎の巨大生物が、いつ生まれ、どこに棲息していたのかとか、数いる人間たちの中で、どうして特におれたち三人と遭遇することになったのか、なんて詳細は、この物語中では、いっさい明かされない。だって誰も知らないんだもん。

『笑う怪獣 ミステリ劇場』 2003.6.20. 西澤保彦 新潮社



2003年06月20日(金) 抱いて、そしてそのまま殺して 佐藤亜有子

 律子は、ネット上のうわさをたどってあるエージェンシーを見つける。ある依頼をするため律子はそのエージェンシーに接触するが、彼らはビジネスとして成立するかどうか確認作業のため律子の身辺を調査する。その調査の影を感じ、封じ込めていた昔のことが浮き上がってくるような不安に悩まされる。しかし、律子の希望は受け入れられ、エージェンシーは依頼を承諾してくれた。律子を殺してくれることを。

 東大卒の才媛が書いた『ボディ・レンタル』が数年前ある賞を受賞し、ちょっとした話題になりました。描いた物語が、心を切り離してカラダをレンタルする女性がヒロインというセクシャルなものだったからだと思います。言葉を変えようと自分を騙そうとやっていることは売春に過ぎない、と言うのが感想でした。
 今回、佐藤亜有子さんの本を手にとって見たのは、タイトルと表紙のイラストの魅力ゆえでした。傷を抱えたヒロインがこの世から消えるために殺人依頼をする。ヒロイン律子はどうなってしまうでしょう。

『抱いて、そしてそのまま殺して』 2003.5.30. 佐藤亜有子 河出書房新書



2003年06月19日(木) 空を見上げる 古い歌を口ずさむ 小路幸也

 「いつか、お前の周りで、誰かが<のっぺらぼう>を見るようになったら呼んで欲しい」・・・この言葉を残し、兄は20年前、父が死んでから姿を消してしまった。
 そして今、僕の息子・彰が、みんなの顔が<のっぺらぼう>に見えると言い出した。兄に会わなければ! 連絡をすると兄は飛んで来てくれた。そしてあの懐かしいカタカナの町で兄が遭遇した出来事を語って聞かせてくれたんだ・・・。

 うわぁ、これはいいです。もう最後はぽろぽろ泣いてしまいました。物語はどこかに消えてしまった兄が語るセピア色した古きよき時代の日本での出来事。それを読んでいるうちに昔の懐かしい出来事がフラッシュバックのように思い浮かんできました。思い出したことは物語のような小さな頃よりも楽しかった青春時代のことだったのですけど。そういう作用があるようです。
 この作品を読もうと思ったのは、ほぼ毎日通り過ぎる本屋さんで表紙に惹かれたからです。この物語の表紙は、荒井良二さんが手がけておられます。私の好きなイラストレーターのおひとりなのですが、この物語にばっちり合っています。
 内容はラストをどう受けとめるかで賛否両論があるかもしれません。でも遠い懐かしい昔語りを読むうちに心が洗われていく様な、癒されていく様な、そんな素敵な読後感があると思います。オススメです!

「いい友達がたくさんいるんだろ?」
 頷いた。そう思う。
「だから、そいつらとたくさん、めいっぱい遊べ。道草して陣地を増やしてオマエらだけの国をこの町のあっちこっちにいっぱい作れ。それがオマエの財産になるよ」

『空を見上げる 古い歌を口ずさむ』 2003.4.25. 小路幸也 講談社 



2003年06月18日(水) 医談(いらんせわ)世話 赤枝郁郎

 岡山の有名なお医者さんが山陽新聞で連載したエッセイ集です。いい年の取り方をされた頭のいいエロ爺(あ、失礼すぎるかな)が憎めない文章でいろんなことを書いています。のびやかなお爺ちゃんだなぁと言うのが素直な感想。シモネタもからりとしている。『どくとる氏のいろ艶筆』という本がベストセラーになり、Y談先生と呼ばれるようになったそうな(笑)。

「2種類の涙」
 悲しいことや、つらいことがあると人間は涙を流す。するとトニカク、胸の中がスーッと軽くなってくる。これはこうした部類の涙の中に鎮静作用がある物質が分泌されていて、その作用によるという。そうだとすると、この感情によって流れ出てくる涙を分析すれば理想的な鎮静剤が抽出できるかもしれない。

『医談世話』(いらんせわ) 2003.6.1. 赤枝郁郎 日本文教出版



2003年06月17日(火) 酒鬼薔薇聖斗の告白 悪魔に憑かれるとき 河信基

 酒鬼薔薇聖斗、少年Aが出てくる。このことに私の周りでもさまざまな意見が飛び交いました。いいとか悪いとか誰にも決められないことだろうけど、私は人の首を切って学校の前に置いておくような人間は一生どこかに幽閉して欲しい。
 この本は、河(は)さんが、少年法による少年Aのプライバシーの保護に配慮しながら、取材をして河さんなりの少年Aが酒鬼薔薇聖斗になった流れを書いています。これは取材に基づいているけれど、河さんの手によるフィクションと言う事になります。
 この本からすると、少年Aは母親との関係によってねじれてしまったような印象を受けます。確かに誘因とはなったかもしれませんが、私は少年Aがもともと生まれ持ってしまったモンスターが目覚めたのではないかと思います・・・。
 少年Aは、見たものを瞬時に記憶する直観像資質という特殊能力を持っているのだそうです。これって神様に与えられた贈り物なのに、彼はそれを生かせずモンスターになってしまったんだ。哀しすぎる。
 なにを読んでも本人から本心を聞かない限り、モンスターとなった彼の心の闇はわからないのでしょう。でも彼に関する本を読まずにいられないのです。

『酒鬼薔薇聖斗の告白』 1998.5.28. 河信基 元就出版社



2003年06月16日(月) 仔羊の巣 坂木司

 僕、坂木司の友人・鳥井真一はひきこもりがち。生意気で口が悪いが本当は優しくとても繊細ないい奴。鳥井の全ての基準は僕にあり、僕に関することでおろおろとしてしまい子供のようにほろほろと泣いてしまうようなところがある。そんな鳥井は‘ひきこもり探偵’(安楽椅子探偵)。僕から聞く話のパーツを組み立ててするりと謎を解いてしまう。

 去年、前作の『青空の卵』は仲間内でこれはいいわぁ~、と一気に広まったという優れもの。今回は、卵が巣となりふたりを取り巻く環境に広がりが出て、前作より一層素敵な物語たちに出会えます。その3つの章タイトルが私的にはかなりつぼ。内容にシンクロするお洒落なタイトルにも坂木司さんのセンスが伺えます。にこりv

「野生のチェシャ・キャット」
 風邪で寝込んでしまった鳥井に迷惑をかけまいとワトソン坂木が孤軍奮闘。でも結局は最後にホームズが本当は名探偵はこうだよとさらりと謎を解いてみせる。
 坂木司の同僚がふたり登場。わかりやすい体育会系・吉成くんとバリバリに仕事のできる美女・佐久間さん。外資系保険会社に勤務する三人だが、最近佐久間さんの様子がおかしいと吉成くんが心配し、ふたりで佐久間さんの身辺を探る(笑)。佐久間さんのおかしな様子の原因とは・・・。
 今回の新しいキャラクターたちもそれぞれに味があり、ふたりはいい出会いを重ねて育てていきます。他のふたつの物語りも微妙にリンクし、最後には3つを通して「仔羊の巣」という物語に集約されます。うう、うまい。

 前回も今回も「これってある意味ボブ(ボーイズラブ)だよなぁ」と感じてしまいました。でもそこは坂木司さんも前回でつっこまれまくったのか(大笑)、坂木と鳥井の関係とはなんぞや、というテーマも語られています。まぁそう落としたいのはわかりますが、やはりこれはもうある意味ボブとしか思えません。アハハ。
 坂木がいい奴すぎるのに対して、鳥井は腹が立つほど我侭に描かれています。それはきっと今はふたりでひとつで補い合っているからかなと思いました。この物語がいつまで続くのかわかりませんが、ふたりはきっと各々で輝く素敵な青年に成長していくことでしょう。卵から巣へ。巣から次はなにでしょう。とても楽しみです。
 未読の方には是非オススメです。『青空の卵』から読まれるべきだと思います。

「一度聞いておきたかったんだけどな。鳥井はともかく、お前はあいつと世界のたった一つの窓口でいることに、納得しているのか? それとも、誰にもなつかない動物のオンリー・ワンであることを、杖にしてすがってるのか?」

『仔羊の巣』 2003.5.15. 坂木司 東京創元社 



2003年06月15日(日) 低俗霊狩り(其の一~其の三) 奥瀬サキ

 流香魔魅は、霊を成仏させる能力を持っている美女。ただし胸はない(笑)。副業で(いや本業か?)エロビデオの紹介記事‘実践向き今月の特選ビデオ’を書いているため、日夜エロビデオを見ている。好みはレズビアンもの。魔魅の関わる事件はどういう訳か(↑そう言う訳か)セクシャルな理由で低級な霊となりはてたものが多い。魔魅はやさしさと美しさと胸のなさ(笑える)で次々と事件を解決していく。

 これは、奥瀬サキさん原作の「低俗霊DAYDREAM」の基となった漫画ですね。軽くて笑えてちょっと哀しい物語がいい。中には途中で終っていて、えぇこのあとはいったいどうなるの~みたいな放置プレイものの作品(「自動人形」)などもあり、漫画家としての奥瀬サキさんの活躍も期待したいと思わせます。低俗霊狩りの表紙の流香魔魅のイラストが強烈に素敵。三巻の表紙の魔魅はどれもぞくりとするほど美しい。やはり奥瀬サキさんの漫画で続きを読みたいなぁ。

『低俗霊狩り』 其の一~其の三 奥瀬サキ JETS COMICS



2003年06月14日(土) 殺し屋シュウ 野沢尚

 修の父は、狂犬だった。通称マル暴所に属していた本物のやくざよりやくざらしい刑事。修の母・阿沙子はかつて本牧の不良少女。父に補導されたことがふたりの出会いだった。父の狂犬ぶりの犠牲となる阿沙子と修。離婚をすすめても女であるがゆえに父から離れられない阿沙子。阿沙子が父より他に愛する男が現れた時、修は父を殺すことになる。修の身代わりとなり服役する母・阿沙子。そして修は殺し屋になる・・・。

 野沢さんの物語は、容易に映像が浮かんできます。この物語も配役を想定しながら読んでいました。修が殺し屋シュウとなったのは、母親を愛しすぎていたからかもしれないな、と思います。母親が出所する時のシュウがどんな人間になっているのかがポイントですね。
 この物語の美味しいところは、殺しのミッションごとにふさわしい(?)お酒が出てくるところでした。呑んでみたいと思ったカクテルは‘X.Y.Z.’=「これで終わり」と言う名のカクテル。ラムとホワイト・キュラソーとレモンジュースをシェイク。ううん、呑んでみたい。次にBARに行ったら呑んでみよう。
 
「おれ、母さんに一つだけ訊きたかった。母さんの悲しむ顔を見たくなかったから、訊けなかった」
「何?」
「やめられないのか? いつになったらやめてくれるんだ?」
「何を?」
「・・・・・・女を」

『殺し屋シュウ』 2003.5.25. 野沢尚 幻冬舎



2003年06月13日(金) 犬女 中村うさぎ

 ‘あとがき’で笑っちゃいました。いきなり「私ってネチっこい女だったんだぁ・・・・・・」と内省しているのですから。ショッピングの女王の異名を持つ中村うさぎさんの作品を読んだのははじめてです。こういうホラーテイストな短編集を出されていたのですねぇ。‘あとがき’でいろいろ心のうちを吐露されておいでですが、先に‘あとがき’を読んで本文を読んで正解でした。
 この短編集は、日常に潜んでいる狂気との端境をひょいっと飛び込んだ者たちのさまざまな悪夢が描かれていました。ううん、ものすごく恐くはなかったけれどちょっと恐かったかな。

「だるまさんがころんだ」
 だるまさんがころんだ♪という声と共に何者かが俺の背後に忍び寄ってくる・・・。
 6つの狂気の物語で一番恐いなと感じた作品がこれでした。現実と妄想の区別がつかないまま物語が進行していきます。こういう恐怖はちょっといや。

 世の中の誰ひとり俺を必要としていないが、俺だって誰をも必要としないので、いっそ清々しいほどにお互い様だ。

『犬女』 2003.1.30. 中村うさぎ 文藝春秋



2003年06月12日(木) コックリさんが通る①~③ 奥瀬サキ

 蠱族の血が混じる少女、大森狸花子は風の街東京へやってくる。そこで同族の大塚狐子、天野圭狗と出会い、封印されていた力を解き放つ。
 この三人の名前、圭狗・狐子・狸花子から1文字ずつ抜き出すと、‘狗狐狸’→コックリさんとなります。圭狗が探偵事務所を開いていて様々な事件が舞い込み、彼らなりの力で正義で立ち向かいます。
 私のお気に入りキャラは、セクスィな狐子。彼女は中学生ながら援助交際やブルセラでお金を儲けている。妖しい魅力がぷんぷんしている。

 奥瀬サキさんの原作&漫画をやっと読めました。すっごく面白かった。今では原作提供がメインらしいのですが、このシリーズは噂どおり面白いし、漫画も描いて欲しいなぁ。奥瀬サキさんものは引き続き追いかけますわよv

 ガキが・・・
 ここは学校じゃない。
 世界に平等があるとでも思っているのか!?
 今の物差しが気に入らないなら別の物差しを探せ。

『コックリさんが通る①~③』 奥瀬サキ 小学館



2003年06月11日(水) 邪香草 恋愛ホラーアンソロジー 柴田よしきほか

 柴田よしきさん、近藤史恵さん参加のホラーアンソロジーです。おふたりが面白いのは当然ですが、今回の私が面白いなと注目したのは是方那穂子さんと山藍紫姫子さんでした。

「真珠の価値」 是方那穂子
 自分がランクの高い女だと信じて疑わない女、正木百梨恵は他人とすれ違えばすれ違うほど己の価値の高さにのめりこんでいき、破綻してしまう。
 これは、ちょっと間違えば女性が陥りがちな罠です。自分が他人より優れている、他人とうまくいかないのは自分が突出しているから、と信じ込めばいいのですから。・・・現実に目を向けましょう。

 「これだから、嫌なのよ。レベルの低い連中の相手をするのは。私という真珠の価値が、周りのブタにはわからないのよ」

「タリオ」 山藍紫姫子
 この物語が面白いなと思った点は、被害に遭った者の家族が依頼して復讐をしてくれる‘タリオ’という組織の存在です。漫画にしたらより面白い物語かもしれないと思いました。

 この詳伝社文庫のホラーアンソロジーは、いつも新しい作家さんとの出会いがああり、既に好きな作家さんの作品も読めるという、まさに一粒で二度美味しいという優れもの。短篇だから少しずつ読めるというのも魅力ですね。

『邪香草』 2003.4.20. 詳伝社文庫



2003年06月10日(火) アンクルトムズ・ケビンの幽霊 池永陽

 西原章之は勤め先の鋳物工場の社長から、タイ人のチャヤンらを入管に密告し、彼らの給料を未払いのまま強制送還する段取りを迫られていた。西原の少年時代は鉱山暮らしの貧しいものだった。その時の初恋の相手、スーインは朝鮮人であるために日本人から手ひどい差別を受けていた。その苦い思い出から、西原はチャヤンたちを見捨てることができない。西原は社長とチャヤンたちの板ばさみになる・・・。

 人が人を差別する。それがどんなに情けない愚かな行為であるかを知りながら、やはり人は人を差別して生きている。平等だと声だかに訴えてみたところで、人の心に根付いた偏見はなくならない。
 こういう日本人が朝鮮人をタイ人を極度に差別する物語は、読んでいて泣けてくる。それでも現実に起こっていること。作者の池永陽さんは『コンビニ・ララバイ』で泣かせてくれましたが、この物語も心がきしむほど泣けました。できるならば自分が人を差別しないでいられますように。自信はありませんが、心がけて生きていきたいと思いました。
 この物語にチャヤンとフウコと言うふたりの若者が登場します。自分が何者であるかを問いながら生きているふたりです。こういう若者がいいな。たらたら甘えていない。尊敬できる。

 人間は、弱すぎるものに対しては思い切り残酷になれる本能を生まれながらにして持っているのかもしれない。

『アンクルトムズ・ケビンの幽霊』 2003.5.5. 池永陽 角川書店



2003年06月09日(月) ぼくらはみんな閉じている 小川勝己

 自分はだいじょうぶ、・・・そう思って生きていませんか? 案外簡単に人の心なんて壊れてしまうものかもしれません。ほんのささいなきっかけでアチラ側へ墜ちることも・・・。でもアチラってどちらなのかしら(悩)。
 『ぼくらはみんな閉じている』は、鬼才小川勝己さんが描く9つの壊れていく物語。ちょっと身につまされたり、怖かったり。どこかで理解できる自分が一番怖かったです(汗っ)。
 一番、ぞっとした物語はタイトルと同じ『ぼくらはみんな閉じている』でした。わかりあえていると思い込んでいた勘違いが恐ろしい結末を運んでくる。なんだか自分がこうだと信じているものが本当にそうなのかわからなくなっちゃいそうだわ。

 だからぼくらは閉じている。自分の観念の世界でしかないものを、現実だと思って生きている。それを他人も共有していると信じて疑っていない。現実のかたちは人の数だけある。

『ぼくらはみんな閉じている』 2003.5.20. 小川勝己 新潮社



2003年06月08日(日) セカンド・サイト 中野順一

 タクトはピアニスト志望だったが、ある事件から挫折。今はキャバクラのボーイ。人当たりのいいタクトは女性たちにも受けがいい。お店のナンバー1になりあがったエリカから依頼され、ストーカー退治なぞ軽くやってのけた。しかしエリカは何者かに殺され、キャバクラ嬢を狙った通り魔が多発。狙われたキャバクラ嬢たちはタクトが気に入っている花梨に似ていると気づく。タクトと花梨は互いに惹かれあいながら否応なく事件に巻き込まれていく。

 今回で最後となる第20回サントリーミステリー大賞受賞作品です。さらさらさらっと気持ちよく読めるエンターテイメントですね。超能力を絡めたりしているあたり、楽しむことをメインにしているのだなと感じました。簡単に言えば、2時間ドラマサスペンスの原作にちょうどいいと言うところ。

 女って結構根に持つタイプが多いから、一度ヤなヤツだって思っちゃったら、そう簡単には心を開いてくれない。

『セカンド・サイト』 2003.5.30. 中野順一 文藝春秋



2003年06月07日(土) 志麻子のしびれフグ日記 岩井志麻子

 とうとうこの日が来てしまいましたか・・・。折りしも只今岡山は雷雨(6月7日PM5:00を過ぎたところ)v えーっと今まで厭で絶対に認めたくありませんでしたが、面白かったです。岩井志麻子さんの『志麻子のしびれフグ日記』は。
 岡山に住まう者として、作家岩井志麻子さんの活躍(?)はとても恥ずかしいものでした。いや他の岡山県民はどうだか存じませんが、ワタクシはどうにも厭でした。でもこのエッセイは素直に面白いと認めないわけにはいきませんね。
 物を書くために離婚し(いえ勿論それだけではない事情も多々おありだったことでしょうが)、東京へ単身赴いた岩井志麻子さんの赤裸々なエロ・エッセイです。でも中には純情可憐な恋愛についても描かれていたり。そうかと思えば最終的にはこのエッセイの担当ジミーちゃんと本当に再婚していたり。なんだかとても素直で破天荒な女性と言う感じ。
 興味深いのはワタクシの敬愛する森奈津子さんとの交流や、森奈津子さんのこぼれネタ。美しい森奈津子さんの隠さないまじめなエロさは素敵。森奈津子さんが岩井志麻子さんを友と認めたのだから、私も岩井志麻子さんを面白い作家さんと認定してしまおう。(岩井志麻子さんは「いらん」と言いそうだけど)

 素人さんのネット等の書評に関しては、わしは相当ひどいことを書かれても見逃してやるよ。だって素人だもん。金もらって書いているんじゃないんだもん。その無責任さが面白かったりもするからな。たとえそれが「感情的な」悪口雑言であってもな。

『志麻子のしびれフグ日記』 2003.4.20. 岩井志麻子 光文社



2003年06月06日(金) 被害者は誰? 貫井徳郎

 ベストセラー作家、吉祥院慶彦。頭脳明晰眉目秀麗、その上態度もスーパーにでかい安楽椅子探偵さまである。その昔《太陽にほえろ!研究会》にいたことはひた隠しに隠し、今では足の捜査をバカにしているときたもんだ。ぼく桂島は足の捜査命の刑事である。尊敬する(?)吉祥院先輩に振り回されながらも、事件の真相にたどりつく・・・。

 和製ホームズとワトソンコンビは多々あれど、これまた憎たらしくも愛すべき探偵さんの登場だなぁと言う感じ。勿論それは貫井さんの読ませる力があってこそ。でもこういうお笑いお馬鹿コンビって流行と言えば流行なのかな。

 最後まで書ききる根気もないくせに、『どうやったら小説を書けるんでしょう』なんて質問してくるな。根性なし

『被害者は誰?』 2003.5.7. 貫井徳郎 講談社ノベルス



2003年06月05日(木) 神のロジック 人間のマジック 西澤保彦

 マモルは、<学校>(ファシリティ)で生活している。そこには他に5人の仲間がいた。<学校>での実習(ワークショップ)の課題は変わっている。ある出来事を設定し、その出来事の結末をディスカッションさせるのである。その採点によってお小遣いがもらえるのだから、キャンディバー欲しさにマモルはがんばっちゃうのだ。
 ある日、新しい友達がやってきて、マモルたちの世界にひずみが・・・。

 Boys & Girls、不思議なコロニーに幽閉された子供たち。彼らは性別も出身国も違う。規律に縛られた彼らはどうしてなぜそこに集められたのか? 探偵養成のためのようなワークショップの意味はなにか?
 西澤保彦さんは大好きな作家さんのおひとりなので、作品もほとんど拝読しているし、騙されないわよっvって思いつつ読んでいましたが、あっさりだまされました。うまいなー。見事にやられました。

「一緒にいたい。マモル。ねえ。大人になったらあたしを迎えにきて。パリまで。そして神戸へ連れていって」

『神のロジック 人間のマジック』 2003.5.30. 西澤保彦 文藝春秋



2003年06月04日(水) 世界の中心で、愛をさけぶ 片山恭一

 朔太郎が愛していたアキという少女が病に冒され、死んでしまう。

 うーんと、泣きながら、ただひたすら泣きながら読みました。朔太郎とアキの高校時代が亡くなった旦那と私の高校時代を彷彿させてしまうから。高校時代という純粋で野蛮で多感な時期を共に生きた人が逝ってしまう。これはなかなかヘビーな体験です。でもそれでも朔太郎は生きていかなければならないし、私も生きている。さらりと自然に生きること愛することを謳いあげた素晴らしい物語です。まぁ、私が個人的な事情でこの手の物語にむちゃくちゃ弱いのですけど・・・。

「人はいろいろな別れに遭遇するものだ。奇妙なことに、わしらは二人とも同じような体験をすることになった。二人とも好きな女と一緒になれず、死に目にも会えなかった。おまえの辛さはよくわかる。だがね、それでもわしは、人生はいいものだと思うよ。美しいものだと思う。美しいなんていうと、いまの朔太郎の実感にはそぐわないかもしれないが、実感としてそう思うんだ。人生は美しいとね」 

『世界の中心で、愛をさけぶ』 2001.4.20. 片山恭一 小学館



2003年06月03日(火) プルミン 海月ルイ

 宇梶雅彦という少年は粗暴で支配的だった。雅彦に苛められた子供の親たちが、雅彦の母親佐智子に直談判に行くも、証拠がないとつっぱねられてばかり。ある日雅彦がプルミンという乳酸飲料を飲み死亡。プルミンレディに扮した何者かにもらったプルミンだった。雅彦は日々の暴力の報復に誰かに殺されたのか?

 読みやすい物語でしたが、筋も読みやすいかもしれません。登場人物ひとりひとりを掘り下げて描けば面白かったのではないかと思いました。特に顰蹙極まりない宇梶親子や宇梶親子と対照をなす素敵な親子のことなどはもっと詳しく描いて欲しかったです。そうすると真実の残酷さがもっと際立つのに。

 常に他者と適当な距離を保っている人間は、他人や他人の意向に安易に迎合しない人間である。

『プルミン』 2003.5.15. 海月ルイ 文藝春秋



2003年06月02日(月) 楽園のつくりかた 笹生陽子

 優の希望はエリートコースをまっしぐらに突き進むこと。なのにある日突然おとうさんの田舎へ引越しをすることになってしまう。引っ越した先の中学校のクラスメートはたった三人! ひとりはサルみたいなやんちゃ坊主。ひとりはアイドル系美少女(?)。ひとりはマスクと髪で顔を隠して言葉をださない女の子。優はアイドル系美少女がいるなら田舎も悪くないやと思ったのだけれど・・・その子は男の子だった! ボケたおじいちゃんと妙なクラスメート。優のユートピアはどこにある?

 優は、とても頭のいい都会の男の子。事情により田舎にひっこみ忸怩たる日々を送る。でも優が目線を変えたとき、優の世界観も変わってくる。おじいさんとクラスメートたちと触れ合っていくうちに心もすこしずつおとなになっていく。離れた父へのメールの回数も減っていき、父からも卒業できそうになる。
 思春期の男の子のがんばりが微笑ましくいとおしい物語です。キィは父とのメールのやりとりですが、そこに深い深い思いと理由が隠されていました。楽園は自分でつくるもの。そう気づいたら人生に怖いものなんてない。
 個人的にとても読んでいただきたい物語です。

 田舎の子どもは、むやみやたらとフレンドリーで強引だ。

『楽園のつくりかた』 2002.7.15. 笹生陽子 講談社



2003年06月01日(日) 閃光 永瀬隼介

 新宿副都心新宿中央公園をねぐらとするホームレス・ヨシ。ある日、ひとりの老人がヨシの側へ墜ちてきた。その老人が抱える闇が、昭和のミステリーを解き明かす鍵となることをヨシは知る術もなかった。
 同じ冬、ひとりの男が殺された。その男は迷宮入りとなった事件の容疑者のひとりだった。定年を控えて窓際へ追いやられていた刑事・滝口は、その被害者の名前を耳にした途端、かつての迫力と執念を取り戻し捜査にのりだす・・・。

 迷宮入りとされ、昭和最大のミステリーと言われる《三億円事件》。この事件を永瀬隼介さんが解き明かすとこういう物語となる。いくつもの遺留品と証拠から犯人検挙はたやすいと囁かれた事件が迷宮入りしてしまったのはなぜか。犯人たちと時代の抱える特殊な背景を鑑みると、ありえそうな物語になっています。
 永瀬隼介さんは、ノンフィクションライターとしても力のある方なので、この物語はフィクションと踏まえながらも、ありそうだなぁと思えてしまう。筆の運びの迫力はいつもながらすごい。事件ものをお好きな方にはオススメです。意外すぎる最後の犯人のひとりに驚いてくださいv

 「読書の邪魔をするって最低よ。野蛮人の行為でしょう」

『閃光』 2003.5.1. 永瀬隼介 角川書店



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