『遠い惑星の話』
「うおーーいっ! おーーいっ! 止まれぇーー!」
僕はサラサラした砂の上をピョンピョン飛び跳ね、 両手をブンブン振り回しながら、力の限り叫んだ。 ボロボロのホバートラックが砂煙を上げて、不細工に急停止した。
(ヤッホーィ! 命拾いした!)
「何だぁお前? こんな所で彷徨いていたら野生自動二輪に殺られちまうぞっ」
ハッチから覗いたスキンヘッドは、典型的なトラッカー訛りで怒鳴ると、 ひょいと引っ込んでしまった。
「す、すみません、街まで乗せてって下さい」
水気を失った喉からは、掠れた小声しか出なかった。 僕はトラックの横に取り付けられた梯子を登ると、 開けっ放しになっているハッチから体をねじ込ませ、 そそくさと助手席に腰掛けた。窮屈な空間だったが、 クーラーが効いていて灼熱の砂漠に比べたら天国だった。
「金払えよ」
スキンヘッドは不機嫌そうにボソッと言った。
「もちろんですとも・・・」
「お前、何でこのくそ暑い中ヒッチハイクなんかしてたんだ?」
僕はダッシュボードに転がっているドリンクチューブを勝手にもらって、 まともに声を出せる状態にした。
「あのですね、実はツアーで遺跡巡りをしていたんですがね、 集合時間を間違えてみんなとはぐれちゃったんですよ。 慌ててサンドカーの轍を追ったんですけどね、途中で解んなくなっちゃって、 それで半日もああして誰か通るのを待っていたんです」
「・・・まぁ、命拾いしたな」
「本当に、神様仏様ですよ〜」
「お前、地球人か?」
「はっはい、」
「俺はマーケスって言うんだ」
「僕はヒロトです」
「俺は砂ナマコを運んでドームまで行く。後は自分で何とかしろ」
「じっっ、実はどっかでビザを落としちゃったんです」
「ふ〜ん、それは困ったなぁ」
言葉の意味と言い方が伴っていない。 兎に角この禿頭の神様がドームまで連れていってくれるのを確認すると、 僕は急に安心して体中の力が抜けていった。マーケスはホバートラックを急発進させた。 ふわりと体が持ち上がって胃の中が出そうになった。 小一時間ほど走っていた頃だった。トラックが停止した。
「クソッ!」
マーケスはハンドルを思い切り叩くと、ハッチを開けて外に出た。 何だろうと思って、彼の後を追った。エアインテークからは黒煙が吹き出している。
「どうしたんですかー?」
「このポンコツめが、砂詰まりだ。吸気官ごと取り替えなきゃダメだなこりゃ」
「お手伝いしますよ・・・」
「素人には無理だ。お前はそこで休んでろ」
どれくらい経ったろう、修理を終えたマーケスは、 どう見ても腹周りより直径の狭いハッチをスルリと通り抜けると、運転席にどっかと腰を下ろした。
「東の空が赤い、嵐になるぞ」
(早いとこドームにたどり着いてくれよ・・・) 僕はルームミラーにぶら下がっている趣味の悪い飾り物を見つめながら思った。 それにしても、あの旅行代理店は詐欺だな。 パンフレットには砂嵐の事なんて微塵も載っていなかったぞ。 集合時間に遅れたからって、置いてきぼりは無いよなぁ〜。 半年分のバイト料を返してくれよ。無事帰れたら訴えてやる。
迫りくる嵐から逃げるようにして、トラックは全速力でドームへ向かう。 僕とマーケスは取り留めのない会話を続けた。(と言っても7割方彼が喋っていたのだか)
「マーケスさんはトラッカーになってどれくらいですか?」
「そうさなぁ、かれこれ8年かな」
「あのぅ、一人が好きなんですか?」
「気楽だからな、でも周りの奴らは堅気の仕事をしろって言うな」
「トラッカーって堅気じゃないんですか?」
「ドームから出たことのないボンボン連中は『砂漠に出ると早死にする』って怖がってるぜ」
「迷信ですよ、それ」
「そーよ、あいつらもやしは何も解っちゃいねぇ」
「・・・・・・」
「俺たちが、いったい誰のために毎日食料を運んでいると思っているんだ。 言っとくがなぁ、俺たちの組合が一週間でもストライキを起こせば、ドームの連中は餓死しちまうんだぜっ」
「・・・・・・」
僕は勢いづくマーケスに圧されながら、ただ頷いていた。 フロントガラスから見える砂丘の中に、銀色に光る粒が見えた。
「あれは第5期後半まで使われていたドームだ」
「へぇ、随分小さいんですね?」
「外殻が有った頃はもっと大きかったさ。第3層まで剥ぎ取られて何かの建材に使われちまったんだよ」
彼の言っていることの半分も理解できないまま、僕は頷く。
「お前、ヒロト・・・はビザ無くしちまったって言ったよな?」
「ええ」
「ドームのゲートで捕まるとやっかいだ。荷台の中に隠れていろ」
(えっ?) 別に犯罪を犯した訳でもないのに、何故隠れなきゃならないんだろう。
「街の中心部に着いたら降ろしてやる。後は自分で何とかしろ」
「大使館に行って頼んでみます」
「あのなぁ、北部のドームには強制送還すら無いんだぞ」
「えーーーー! そんなぁ・・・」
僕は途方に暮れながら渋々ハッチを開け、這うようにして荷台に乗り移った。 荷台を覆っているビニールシートをめくると、砂ナマコの山に身を潜めた。 砂ナマコには気味の悪い目玉が付いている。なんだか僕を睨んでいるみたいだ。 ドームの住人は、加工される前の“肉”を知らないから食べられるんだ。 気味が悪いのを我慢すれば、ここは高級ソファーのように快適だった。 ふと思ったのだけれど、さっきまで座っていた助手席は本当に助手席だったのだろうか? よくよく考えると便器に思えてきた。僕は今日一日の疲れと意外な心地よさに、 ついウトウト眠りこけてしまった。
・・・ここは何処? どっちを見ても漆黒の闇。どうしちゃったんだろう?
「ヒロト!」
誰かが僕を呼んだ。と同時に体にまとわりついていた透明な膜がパッと消えて無くなった。 振り返ると3人の知った顔があった。自分の家族だった。 妹が両親に挟まれて時計魚を抱いている。 なんだか悲しそうな顔をしている。 僕は移民船の中の病室にいるのだった。
「また宇宙(そと)ばかり見ているわ・・・」
母親が呟く。
どうやら、僕の頭は普通ではなくなっているみたいだ。聞くところによると、 数日前この移民船の中で行方不明になっていたそうだ。両親が捜索願をだしてから3日後、 非居住区のコンテナの中で昏睡しているところを発見されたそうだ。
あれは夢だったのだろうか・・・ 砂の惑星の旅、マーケス、砂ナマコ。 あんなにハッキリした夢は見たことがない。 あぁ・・・何だか体がムズムズする。 こんな時は宇宙(そと)を眺めると良いんだ。ぼーっとしているうちに、 何時か覚えのある吐き気をもよおして、体全体を透明な膜が覆いつくした。
宇宙の星々の光が、しだいに砂ナマコの目に変わっていった。 体が気だるい。少しだけ身をよじってシートの隙間から外を伺ってみた。 トラックは停止していた。どうやらゲートに到着した模様だ。ガードマンが近寄ってくる。
「やあマーケス! 酷い嵐だなぁ。この分だと後続は野宿だな」
「そーかな? 無線じゃあ俺達いや俺がケツになってるぜ」
「じゃ、みんな北口だろう。あっちの方が風下だからな」
顔見知りなのだろう、取り留めのない会話を交わしている。 僕は検問が終わるまで砂ナマコの山の中で息を潜めていた。
「じゃ、サインして」
ガードマンがそう言うと、暫くしてトラックは浮上して発進した。 (もう大丈夫だろう)と思い、僕はシートから身を乗り出して外の空気を思い切り吸った。 トラックは長いトンネルを走っている。トンネルは獣骨に合成ゴムを張った単純な物だった。 這うようにして荷台からハッチに向かい、ギィと開けると体を中に滑り込ませた。
「ごくろーさん」
マーケスは前を見たままニヤリとした。
「ヒロト、お前俺んとこで下働きしないか?」
「えっ?」
「だってビザ無いんだろ。不法滞在は禁固刑だからな」
「・・・・・・」
マーケスのハンドルを握っていない方の手は、禿頭を撫でながら照れを隠した。 と、その瞬間車体が異様な揺れ方をして、加速しだした。
「どっ、どうしましたか〜?」
僕は反射的に趣味の悪い飾り物を掴んで体勢を保った。 マーケスの方を見ると、歯を食いしばってブレーキを力一杯踏み込んでいた。 トラックは止まらず車体は激しく上下に振動する。 (ヤバい!) マーケスはハンドルを切ってトンネルを突き破った。 車体が横転して停止するのを、スローモーションのように感じていた。 気が動転して訳が分からなかった。ただ、額を流れる暖かい液体を感じながら僕は意識を失った。
「おい! ヒロトっ!」
父親の声で意識を取り戻した。
「・・・・・・?」
父親の方を見ると、またいつもの使い捨て帽子で宇宙船の模型を作るやつをやっていた。 妹が甘えた声で言う。
「お兄ちゃん、時計魚の調子が悪いの。ねぇ治せる?」
「どれ、貸してごらん」
僕は何か大事なことを思い出せないまま、時計魚を受け取った。
おわり
『遠い未来の話』
ここは機械の島。 花も木も、魚も鳥も犬も馬も・・・ 住人達も皆ロボットである。 と言っても、肉眼では容易に見ることは出来ない。 全てはミクロの世界だから。 ロボット工学とバイオテクノロジーがオーバーラップしかけた頃に、 科学者と呼ばれる者のあるグループが、私的好奇心と有り余る援助金で、 これらの創造を成し遂げた。 それから数世紀後、彼らは何処か遠くへ行ってしまった。
ある時、機械人の中でも頭脳の優れた者が荒野を旅していた。 そしてとても深い谷底へ降りたとき、彼は今まで見たことのない遺物に遭遇した。 それは長年の風化作用で腐食しかけた何かのフレームやネジの山だった。 一見すると自然の岩山のように見えた。 彼は考古学者らと共に、遺物を発掘しては街へ運び詳しく調査した。 何千何百という遺物は、試行錯誤の末一つに復元された。 それは現存するどんな生物にも当てはまらなかった。 手も脚も無く、ただフレームが蛇のように絡み合って複雑な迷路になっているのだ。 物体は巨大なトレーラーで、街から離れた中央博物館へ移された。 復元を引き継いだ生物学者達は、早速復元図を描いた。 それは無数のマッスルシリンダーで肉付けされ完成した。 人々は興味深く見学に集まった。有る者は「芸術品」として、 有る者は「遺跡」として鑑賞し、口々に論評し合った。
数世紀後・・・ 何時しか遺物は人々から忘れ去られた存在となった。 島全体が、種族的衰退を始めると、街の発展も停止状態となった。 そんな中、ただ遺物だけが本来の姿を保っていた。
そしてマクロの世界では・・・
あるマイクロマシーンの研究者が以前使っていた研究室へ足を向けていた。 何のために? それは彼しか知らない事だ。 網膜スキャンでロックを解除すると、重いドアーが開いた。 彼はガラスケースを開けるとミクロの世界を電子顕微鏡で観察し始めた。 緩んだ口元から聞き取れない小さな呟きが発せられる。
「・・・これはいったい」
ある日、機械の島で大地震が起きた。全ての建物は積み木細工のように崩れてしまった。 ・・・その時だった。沈黙するオブジェに甘んじていた遺物は、初めて作動を開始した。 創造主の意志によって組み込まれたプログラムは敵を見つけ、 そこへ向けて内部のエネルギーを放射し続けた。 そう・・・自らを崩壊させてしまうまで。
マクロの世界では・・・ 研究者が見守る中、電子顕微鏡の中の世界はみるみる崩壊していく。 彼は諦めにも似た表情を浮かべると、研究室を後にした。
おわり
|