ソレイユストーリー
▽▲▽▲▽ ソレイユストーリー ▽▲▽▲▽

2003年07月27日(日) この世界のあらまし








2003年07月26日(土) 18話 『海賊の末路』

人工環礁連合軍のロフティーは、
各海域で海賊を駆逐していった。
根城にしていた環礁を追われた海賊達は、
バラバラになって丘へ落ち延びた。
だがそこは人間の住める場所ではなかった。

野生の果実はほとんど毒性を持っている。
家畜に適した哺乳類は、絶滅している。
昆虫は容赦なく農作物を食い荒らす。

花の受粉を助けるはずの昆虫類は、
遺伝子改良された種に負けて、めっきり少なくなった。
それでも実った果実は、種もろとも新種に食われる。
鳥なら種を糞と一緒に大地へ還すのだが、新種の昆虫はそうはしない。
いったん狂った生態系は元に戻れない。
その代償が果てしのない荒野と文明の遺骸だ。

丘に逃げ延びたいくつかの海賊のコロニーは、
バリケードを張って粗末な家屋を守ったが、
ウンカのごとく押し寄せた大型昆虫の大群になす術もなかった。
大空は陽の光を遮られ、
生きた塊となってごうごうと軋み全てを飲み込んだ。
所詮、海賊は海でしか生きられないのだ。
「虫拾い」の様に、丘のジプシーとして生きるにはそれなりの知恵が必要だ。
海賊の激減とともに、ギルドの独立自治権も揺らいでいった。





                つづく



2003年07月24日(木) 17話 『空襲』

タマサボテンを絞った水を飲み、
ヤドリギの実を食べる毎日。
キャラバンの連中は、皆それに慣れていた。
しかし子供達は魚介類の味を懐かしがった。
リアラは残り僅かな乾し貝を与えた。

紅粉鳥が弱ってきた。
熱帯性の生きものとはいえ、ここは暑すぎる。
陽光を遮る物は鉄塔とトライホイールのみだ。
日中は体力温存の為、クーラーの効いた車内でゴロゴロ過す。
夕刻になってから、皆で虫ガラ拾いを始める。

今日も子供達とリアラは仕事を手伝う。
だいぶ手馴れてきた。
カーゴに詰めこんだ羽根や足が満杯になった頃、
“それ”は突然襲ってきた。
夕焼けに染まった西空から、巨大な黒い影が飛んで来た。
いち、に、…3羽のヘビコウモリ。
危ない。

ヘビコウモリはムシトリサボテンに捕らえられたまだ生きている虫を、
横取りに来るハイエナだ。時に人間をも襲う。
虫拾いの連中は、20mm機関砲でやつらを追い払う。

パパパパパッ!

鉄塔の周囲を滑空する。

パパパパパパパパッ!

今度は手応えが有った。
木の葉の様にくるりと舞い落ちる3匹の巨体。
ドサリとサボテンの群生に落下。
無数の穴から流れる血でサボテンが真っ赤に染まった。

虫拾いの若者が親指を立ててニヤリとした。
子供達は怯えた。
リアラは丘の深部での生活の恐ろしさを改めて知った。

その晩、食卓を飾った大きな肉魂は子供らを喜ばせた。
ヤドリギの実の淡白な味に飽きていたリアラも、
複雑な心境でそれを食した。
生きるとはきっとこういうことなのだろう。




                         つづく



 



2003年07月21日(月) 16話 『キャラバン』

傾いだ鉄塔の袂に、群生するムシトリサボテン。
さらにそこに寄生するヤドリギの一種。
サボテンの幹に巣穴を開けている嘴の長い鳥。
風が熱い。

リアラは木陰で子供達に貴重な水を分配している。
疲れ知らずのクヴィスが周囲を見張る。
行程はまだ1/3程度。
あとどれくらいの鉄塔を数えれば、安住の地に辿り着けるのだろう。
「駅」とはいかなるものか…

起伏に富んだ荒地の急勾配を、もうもうと土煙を上げて、
6台のトライホイールのキャラバンがやって来る。
今まで自分たちがあくせく歩んできた長い道のりを、
あっという間に辿り着いてしまった。

木陰で休むリアラ達を見付けたのか、先頭車が止った。
見上げるような車輪。
テレビでしか見た事のない乗り物だった。

横腹の四角いハッチがギィと開いた。
髪を長い3つ編みにした逞しい女がタラップに一歩踏み出す。
紅色の髪に碧眼。
どこかリアラに似ていた。

「こんなところで何を?」

砂と乾燥した空気で荒れた声。

「私達は海辺の農園から逃げてきたのですが…」

リアラが答える。

「どこへ行く?」

「この先にあるという駅まで」

微妙な間が空く。

「そうか。歩いては無理だ。乗れ」

渡りに船とはこのこと。

「……はっ、はい」

一向は、無愛想だが悪人ではなさそうなこの女に気に入られたようだ。
キャラバンの行く先はいつも鉄塔に沿っている。
何故なら彼らの目的は、「虫ガラ集め」だから。
ムシトリサボテンの消化できない羽、外殻などを拾い集めるのだ。
それを粉砕して天然樹脂と交ぜ合わせて、丈夫な板材に成形する。
主に、戦艦や貨物船の建材にされる。

トライホイールの内部は意外と広かった。
生活に必要な物がほとんど揃っている。
乗組員は1台に約10人ずつ。見たところ血族らしい。
独特の訛りがあって聴き取りづらいが、クヴィスの通訳は必要なさそうだ。
リアラ以下8人は、彼らの仕事、つまり「虫ガラ集め」を手伝いながら、
着々と目的地へ近づいていった。

例の3つ編みの女が族長らしい。
名前をモーウィーといった。額に三角の文様の刺青を入れてある。
年齢は若いようで実は高齢だった。50代半ばだろうか。
彼女はリアラの容姿を見て、何か思う所があるらしく、しばし口篭もった。
子供達は「大きいお母さん」と呼んでモーウィーに親しんだ。
他の乗組員達も子供らを可愛がってくれた。

クヴィスのナビによると、あと数日で駅に着くらしい。


            
                             つづく







2003年07月20日(日) 15話 『計画』

湿った裏路地にオンボロトラックが止っている。
その傍らで二人の男が傾いたテーブルに肘を乗せ、
アルコールの入ったグラスをくゆらせる。

「そりゃあ大変だったなぁ」

赤い鼻の男がしんみり言った。

「しかし、村人達は皆親切でしたから」

とドーラ。

「で、そのイカした外套をくれたのは女か?」

「まさか。」

「まぁいいさ。はは」

「昨今海賊はだいぶ圧されているようですね」

「例の新設海軍のリーダーがな、つわものらしい」

「事実上、ギルド叩きですね」

「まあな」

「丘に落ちた賊達が、今度は方舟を襲うようになるんでしょうか」

「どうだか・・・」

酒をクイっとあおるモーズ。
「こらぁー」とトラックに悪戯している子供達を叱りつける。

「いろいろあったが、お前さんが帰ってきてなによりさ」

「・・・・・・」

「どうした?」

「ええ。私はここを離れようかと考えています」

「まさか海軍にでも志願すっか?」

「そうじゃないんです。あの北の駅です」

「あ〜んな辺境で何を」

「それは、今はまだ言えません」

「よくわからんが、オレに出来ることがあったら何でも言っとくれや」

「遠慮なく」

ほろ酔いかげんで見上げると、
ジオテックドームに新しい強化ガラスがはめられていた。


--------


修理工としての腕前で知られるガガス(ドーラ)だが、
元は海で危険に身を置きながら働いていた男だ。
今のささやかだが安定した暮らしに、何か違和感を感じている。
かといって指名手配が解かれていない今、
公の職務に復帰する事もままならぬ。

人工環礁連合軍と、ギルド傘下の海賊が犇めき合っている世界。
治安の悪化による海運の衰退。
このままではいけない。
この状況を打開するには武力意外の何かの手が必要だ。

ドーラの脳裏に、あの見捨てられた海底鉄道が浮かんだ。

スクリューに代る効率的な推進システム(人口ヒレ)が普及して以来、
輸送量で劣る海底交通網は、しだいに閉鎖されていった。
しかしレールはまだ使える状態にあるはず。
破壊された無数の海上駅を復興して、人口環礁との間に定期便を設ければ…
一朝一夕にいかない大事業だが、まずは小さな一歩から。

ドーラは自分の小屋へ戻ると、早速計画書を書き始めた。



--- 1月後


『アルバトロス』と名付けられた巡視艇に一人乗り込むと、
ドーラは再び海上駅へ旅立った。
自分の小屋はそっくりモーズに譲った。
  



                        つづく




2003年07月13日(日) 14話 『街』

『NO.2-A』と表示された錆びたプレートが風に揺れる。
ドーラの巡視艇が停泊する桟橋は、海賊に破壊されてから、
住人達によって作り直された新しいものだ。

40人ほどの難民達は、めいめい家族の元へ帰った。
そして海賊との件を早速訊いた。

商人、農民、そしてスラムの住人達。
協力してジオテックドームの梁を直している。
毎年ここを通る大型低気圧から、街を守る為に、
頑丈な天蓋が必要なのだ。
街にはかつての活気が戻っていた。

ブルジョア層の館には、
海賊の残していった下品な落書きがそのままになっていた。
館の持ち主はここへ戻る気が無いのだろう。

スラムの外れにあるドーラの小屋。
×の字に釘打ちされた梁に、小さな張り紙。

「ガガスさんへ。戻ったら連絡くれ。モーズ」

モーズとは、酒飲みの仲買人のおやじさん。
ガガスとは、ここでのドーラの通り名だ。
ひととおり小屋の中を点検してから、
ドーラはモーズの住んでいたブロックへ足を運んだ。
自分がいない間、ここであったことを詳しく聴きたかった。


--------


路地を曲がるとオンボロトラックが止っていた。
モーズのだ。
赤ら顔の中年男がこっちに気づいて駆けて来る。

「よおよおー! ガガスー!」

頬の肉が緩む。

「おやっさん! お元気そうで」

「やっと戻ったんだな。まあ座れや。まあ飲めや。」

「そんなに強く叩かないで下さいよ〜」

「あははは。」

「待ってな。今上等のを持ってきてやる」

緑色の瓶を大事そうに持ってきた。

「・・・大変だったでしょう」

「なぁに。海賊なんざ屁でもねえ!」

「またまた」

「それよりおまえさんの方はどーだった?」

「ええ。いろいろありました」



     

        つづく



2003年07月12日(土) 13話 『帰還』

-----海底トンネルのプラットホームにて


発電機のラジエーターから漏れる暖気にあたっていた1人の男。
彼の名はドーラ。
しかし今は別の名を名乗っている。
指名手配から逃れる為に・・・

ドーラはずっと考えていた。
人工環礁に残してきたスラムの仲間達は無事でいるだろうか。
海賊の略奪は、もしやここ(海上駅)にまで及びはしないだろうか。

もうしばらくの間、厳しい寒気が続く。
食料は乏しい。
皆この地底でじっと耐えている。




---数ヶ月後



ようやく迎えた夏季のまだ冷たい潮風を頬に受け、
海上駅の村人達はオキアミ漁のために、漁船を繰り出していく。
慣れぬ仕事を手伝う難民達。

ドーラは錆びついた巡視艇の手入れを始めた。
再び人口環礁へ、皆を帰す為に。
なんとか受信したニュースによると、自分の街は海賊の手から逃れたらしい。
かつて避難していたクロレラ農場のファーマー達も徐々に戻ってきていると言う。
あの懐かしい街に帰れるのだ。

旅支度を終えた一行は、防寒テントを張ったデッキから、
小さくなる駅を見ながら、大きく強く手を振った。
自分達を親切に受け入れてくれた村人達との別れは涙を誘った。

村長(むらおさ)は別れ際、ドーラへ贈り物をした。
それはフイゴアンコウの丈夫な皮で作られた美しい外套だった。
外套をまとったドーラは、立派な海の男に見えた。

2週間ほどして見えてきた古里。
ジオテックドームのガラスが無くなっている。
きっと海賊にやられたのだろう。
皆はそれを見て心が痛んだ。
しかしこれからの街の復興に向けて、心を一つにしていた。


          



                つづく



  



2003年07月10日(木) 12話 『離脱』

生物気象局から、南部沿岸一帯に避難勧告が出された。
30年に1度のオニカマドウマの大発生。
ヤツらの幼体には羽根がある。
1m近いバケモノが、ウンカのごとく地平線の彼方より襲ってくるのだ。

テレビニュースを見ていた子供達が不安がる。
海岸地帯では、普段食されない“ドクマツバギク”までが、
根こそぎやられていると言う。
ここの農園など一溜まりも無かろう・・・・・・

前回の大発生により、ロフティー1家が受けたような被害が、
またもや訪れるのだ。こうしてはいられない。
群れをなしたオニカマドウマの幼体は、たいへん狂暴化している。
屋外にいたら人間だって襲われるだろう。
ここの建物はそれほど頑丈にできていない。危険だ。
一時、近くの方舟へ避難するのが賢明だ。
しかし、
リアラはギルド組織からの指名手配を受けているのだ。
子供達だけでも安全な所へ移さなければ。
被害地域が近づいている。
時間が無い。
どうしたらよいか・・・


--------


クヴィスの改造したシーカヤックに、
ありったけの水・食料それに苗と肥料を積みこんで、
避難勧告地域から離れる為の旅が始まった。
リアラと離れたがらない愛する子供らと共に・・・

この農園が全滅するのは諦めよう。
しかし、いつかまた・・・
リアラは慣れ親しんだ農園を振りかえりつつ想った。

四足姿勢モードで腰に太い綱を巻き、カヤックのソリを引くクヴィス。
農具を護身用に構えながら、子供達は健気に歩きつづける。
岩砂漠の起伏に富んだ地形は、子供達にとってもリアラにとっても辛い行脚だ。

過去の遺物(鉄塔)を見上げて溜息を漏らすリアラ。
点在するこの塔を辿っていけば、安全な「地上駅」に着くとクヴィスは言った。
さて、あと何日くらいかかるのだろう。
今はクヴィスにインストールされた電子マップを信用するしかない。
子供達は時たまムシトリサボテンに巣食う鳥を指差しては、

「お母さん! 見てっ綺麗な鳥だよ。お母さんの鳥みたいだよ」

とはしゃぐ。
今、幸運の紅粉鳥は海獣の皮で作られたバスケットで小さく丸まっている。



そう。。。幸運の鳥



きっと一行の行く手には幸運が待っている。




                  つづく



2003年07月09日(水) 11話 『不思議なロボット』

象牙色の人形はむっくり立ちあがると、
まるで執事のような口ぶりで話し始めた。

『・・・ありがとうございます。緊急避難より76日が経ちました。
 お客様がたの身に、何かご不自由はございませんか』

「・・・・・・?」

これはいったい何だろう。

「ぁ、あなたは誰ですか?」とリアラが近付きながら問い掛ける。

『私はクリヒバウム航空のコンダクターロボット。クヴィスと申します』

よく解からないが、これは危険な”機械”ではなさそうだ。

「クヴィスさん? あなたは…あの中で何をしていたのですか?」

『私は76日前の観光水上艇墜落事故から、救命カプセルの中でスリープ状態にありました』

「事故があったのですね」

『はい』

「…では、他の乗客の皆さんはどうなさったの?」

『救命カプセルは自動発信の信号により策偵されます。
 おそらく無事に救助されたことでしょう』

「あなたはどうして…ここに…」

状況がよく飲み込めないリアラ。

『海流の影響ではぐれたのでしょう。それに乗客以外の救出は後回しにされていますから』

「……それは」

この入り江にはまったくなんでも漂着するものだ。

「ではクヴィスさん、一緒に来てください。頼みたい事があります」

『ハイ、喜んで』


クヴィスは開いた卵の床下から、小さなトランクを引っ張り出した。
中には非常食とサージカルキットが入っている。
リアラ達は、もうオオガニが居ないのをよく確認して岩場へ飛び降りた。
怪我をした男の子を応急手当して、クヴィスが背負ってくれた。
彼(?)は人間に奉仕のために存在するのだった。

とりあえずロフティーの建てた小屋へ行くと、
男の子をソファーに寝かせた。そして彼の手当てをはじめた。
すると、見ていたクヴィスがおもむろに近づき片手を差し出した。
細い手首がパカッと割れて、中からマイクロハンドとレーザーカッターが出てきた。

『お任せ下さい。消毒と縫合を致します』

「そ、そうですか。お、お願いします」

リアラはソファーから一歩下がった。
クヴィスが患部の周りの衣服を切り裂いた。
手際よく手術がなされるのを皆で見守る。
男の子はリアラの手をぎゅっと握り締めた。
子供達はクヴィスの名医のような手捌きを食い入る様に見つめていた。
リアラは麻酔が効いてまどろみ始めた男の子に声を掛けつづける。




2003年07月08日(火) 10話 『リアラと子供達』


----ある晴れた日の入り江にて


今日も8人の子供達と母親代わりのリアラは、
一緒になってせっせと働いていた。
浅瀬の養殖槽でわいわいと1枚貝を収穫している。

1人の子供が、ふざけて岩の割れ目に身を隠して、
皆が驚くかどうか、様子を伺っていた。
彼の背後で何かが蠢く。
そこはオオガニの巣だった。
オオガニはおとなしい生き物で、普段人間を襲う事はまず無い。
しかしこの日に限っては違った。
いま、産卵期に近づいてメスは気が立っていたのだ。
ズカズカと、テリトリーに踏みこまれて本能的に反応した。
男の子は足首を強く挟まれた。

「ぎゃぁ〜〜〜〜っ!」

皆が振り向く。
男の子が這う様に岩穴から出て来る。
その後ろから、卵を抱えたメスガニが付いて来る。
細い足首にギザギザがめり込んでいた。
いまにも引き千切られそうだ。

「・・・・・・!」

リアラは声も出ない。
年長の少年が、とっさに電撃ロッドを構えながら突進していく。

「水っ!」

リアラは叫んだ。

「水があるわ!」

そう。磯の水溜りでこれを使用しては危険なのだ。
感電してしまう。
一瞬ハサミが緩んだ隙に、男の子は這いつくばって逃げた。
年長の少年は、岩場を伝いよじ登ると、カニの真上から電撃を食らわした。

バチバチっ!

カニは痙攣して動かなくなった。
少年は、わぁわぁ泣いている。かなりの出血だ。
ほっと胸をなでおろす隙も無く、こんどはつがいのオスガニが襲ってきた。
男の子を抱き抱えて走る少年。
皆を高台に誘導するリアラ。

オスガニは触覚を振るわせながら追ってくる。
ここは足場が悪すぎる。
たちまち追いつかれた。

リアラは肩ほどの高さにある岩の割れ目に子供達を押し込む。
最後に自分が入った。水が脛の位置まで溜まっている。
波が打ち寄せては雨のように飛沫がかかる。
カニは大きなハサミを振りまわす。
岩の割れ目は、奥に行くにしたがって広く高くなっていた。
カニは岩場ニよじ登って隙間にハサミをねじ込んでくる。
・・・電撃は使えない。
カニが諦めて帰るのを待つしかない。
少年はバンダナで男の子の足首を止血した。

「お母さんっ。どっどうなるの?」

「大丈夫ですよ。私がついています。」

声が震えていた。
その時長い髪の女の子が叫んだ。

「見て見てっ、でっかい卵があるぅ〜!」

「ほんとうだー!」

子供達は突き当たりの暗がりに、一抱えもありそうな卵(?)を見つけた。

「ねえお母さん、なんの卵?」

解からない。
こんなもの生れてはじめて見る。
暗くてよく見えないが、確かに卵のようだ。
リアラは恐々触ってみた。
引っ掻いてみた。叩いてみた。
ゴーンと共鳴した。
これは・・・卵ではない。金属だ。
そんなことをしているうちに、カニは諦めて何処かへ行ってしまったようだ。
長い髪の女の子が、「卵型」の下部に深く凹んだ部分を見つけた。
そこに一枚貝を剥がす時使う棒をねじ込んでみた。
子供らしい好奇心だが・・・


ブーーーーーン


物体が鳴った。
皆固まる。


ブーーーーンブーーーン


ガァ〜〜!


卵が割れた。
いや正確には観音開きに開いた。
中に何かがある。
白い人形がしゃがんでいた。
なんだこれは。

「お母さんお母さん! ここ出ようよぉ!」

そうしたほうが良さそうだ。
怪我の手当てもしなければならない。
ぞろぞろと出口に向う一行。
おもむろに,
彼らをを呼び止めるかのように、人形が喋り出す。

『このたびはクリヒバウム航空をご利用戴き誠にありがとうご・・・』

 


                     つづく





2003年07月07日(月) 9話 『海戦』

海賊とギルドはある協定を結んでいた。
海賊の停泊、補給、修理、などを請け負うかわりに、
ギルドの旗を掲げた船舶は、決して襲われない。
持ちつ持たれつ。


このころ、「人工環礁連合」は、
軍備増強の理由に海賊からの領民の保護を挙げていた。
だが実際は本腰を入れていない。
略奪による被害はもっぱら下層民だからだ。
ブルジョアは高速クルーザーに居を構えている。
しかも海賊の欲がる金目の物は、安全なギルドの本部に預けてある。
ギルドは漁夫の利を得ていた。


--------


今、ある海域において方々より船団が集結しつつある。
ロフティー率いる自警団が、各地の自警団を呼び集めたのである。
ちょうど略奪に失敗して、保護区(ギルドのコロニー)に、
帰還しようとしている海賊一派を撃つため、
横並びの方舟を目隠しに潜んでいた。

コロニーまで数キロまで迫った時…
ようやく海賊は見知らぬ船団の存在に気づいた。
しかし、そのてんでばらばらな様子から同業者かと思った。
ギルドに連絡をとったが、なんの返事も無い。
ロフティーは、あらかじめコロニーの代表と密約を結んでいた。
このところ突け上がっている海賊一派を、
煙たく感じていたギルド上層部は、
彼らを見切ってロフティーの自警団を、
傘下に入れようと画策していたのだ。


飼い犬はライオンの檻に放りこまれた…


1発の発煙筒を合図に、横1列になっていた方舟が退避した。
そして一斉艦砲射撃!
陣形も取っていなかった海賊船は、慌てふためいた。
海賊とは、本来海戦には向いていない。
ホームベイから狙った街に出向き、上陸して略奪。
荒らすだけ荒らして帰還する。それが海賊行為の定番である。
海戦に慣れている自警団にとって、不意を突かれた海賊船などちょろいもの。
たちまち戦線放棄する海賊船が後を絶たない。
1/3が撃沈。残りは航行不能。
あっという間だった。
ロフティーは胸のすく思いだった。

後にギルドは、この1件への関与を否定した。


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ロフティーには考えがあった。
その昔ギルドにいた時、苦汁を飲まされた経験から、
思わせぶりなそぶりとは反対に、ギルドへの暗計を練っていた。
ギルドの飼い犬になるつもりなど、はなから無い。

この「自警団連合」を、より密にする為には、
「人工環礁連合」というスポンサーが必要だ。
暗礁海域での妨害行為に腹を立てている連合にとって、
海賊を叩いて廻る自警団の存在は小さくない。
正式な海軍への登用も考えられている。


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ギルドは連合への態度を強硬化させつつある。
難民受け入れの拒否から始まった。
重要な商用航路を牛耳る方舟は、連合に関連する船舶の停泊を拒否した。
人工環礁間の通商妨害とみなした連合は、これを実力行使で捻じ伏せる。
つまり…いまや正式な海軍となったロフティー率いる「自警団連合」を、
ギルド本部のあるコロニーへ派遣したのだ。




                  つづく






2003年07月06日(日) 8話 『略奪』

「だからでっかい船が無きゃどうにもならんて…」

スラムの長老が眉をひそめる。

「わしらは見捨てられたんだよ」

「だからって…」

若者が拳を握る。

その時押し黙ってしゃがんでいた中年の男が口を開いた。

「船なら、船ならある!」

人海戦術でサルベージに取りかかったのはその日のうちだった。
やがて環礁の沖合から、付着物に覆われた「巡視艇」が引き揚げられた。
幸い動力部は生きている。人工頭脳はやられていた。
操縦系統を手動のみで行える様に改造しなければ。
時間は無い。
スラムの男たちはこぞって船の改造に加わった。
スクラップ船の構造材を剥がし、
巡視艇のデッキに溶接して、トリマラン構造の生活空間にした。
それはあたかも優雅に翼を広げた海鳥に見えた。

「これを扱えるのはあんただけだ。
わしらはここに食い留まる。
その間北の町まで皆を送り届けてくれ」

「わかりました。」

男は沈みそうな元巡視艇を巧に操ると、遥か北の街を目指し出航した。
デッキには40人からの難民がしがみつく様に居並んでいる。
人口フィンが作る航跡の向うに、小さくなった人工環礁が見えた。
男にとって、そこは短い間だが古里と思える優しい土地だった。


3日3晩が経った。

目的の街まで後僅か。
そこは周りの街とほとんど接触を持たない寒村。
これだけの難民を受け入れてくれるだろうか。
果してどんな住人が待っているのだろうか。
残してきた仲間は今頃…
男は不安で一杯だった。
しかしそれを気取られぬよう歌を唄ったりして皆を元気付けるのだった。


--------




海賊の常習手段。
まず強襲揚陸艇のゲートバスターで乗り上げる。
ウンカのごとくなだれこむ賊。
物見台と高い建物を占拠してマシンガンを設置する。
投降がなければ、脅しの艦砲射撃。

今まさに雷鳴のような砲撃が続いている。
人工環礁の消波ブロックを木っ端微塵にした。
しかし人っ子1人出てこない。
拍子抜けした賊達は、すでに放棄されたものと思いこんだ。
めいめいがめぼしい物を漁っている。
そこへけたたましいサイレン音が鳴り響いた。
巡視艇から取り外された物だった。
驚いた賊達は、用心しながら音の鳴る中心部へ集まる。

その時、
ドーム状の天蓋で炸裂音がなった。
そしてガラスの雨霰。
賊達の頭上に容赦無く降り注ぐ。
悲鳴を上げて倒れる。
そこへ小火器を握った住民らが雪崩れ込んだ。
荒くれの海賊といっても、皆が皆接近戦に長けているわけではない。
ほうほうの体で逃げ出すのが半数近く。
住民らは執拗に追いかけた。

やがて揚陸艇が離岸した。
略奪は失敗。
住人の勝利だった。
しかし街はぼろぼろになっていた。


--------


(あれは…駅だ。)

男は呟いた。
この距離なら肉眼でもわかる。
海上駅が街として使われているのだ。
噂には聴いたことのある海底列車。
だがそこへ降りるための海上駅は、ことごとく海賊に破壊されてきた。
そしてオオガニの巣になった。
だから原型をとどめた本物を見るのはこれが始めてだ。

男は探照灯を使って合図した。
見張りの男(たぶん)が手を振って答える。
どうやら難民船と理解したらしい。
桟橋が降ろされる。
銃を手にした見張りの3人が、ゴーグルを外して手招きした。

(良かった。追い返されずに済んだな)

一同はふらふらしながらも我先に桟橋へ降り立った。
一刻も早くこの寒波から逃れたかったのだ。
見張りに案内されるままエレベーターホールだったような場所へ入った。
風が止んだ。
見張りが簡素な柵をどけると、そこはがらんどうの穴だった。
粗末なバスケットの釣瓶。
やはりエレベーターは使えないのだな。
一向は1度に5人ずつ降ろされた。
最後に生活物資が船から降ろされた。
それはホールに積んだままにした。
全部降ろすのはたいていではない。

男は見張りと共に深い奈落の底へ吸い込まれて行く。
時間の感覚が麻痺した頃、ようやくプラットフォームに到着した。
そこには200人程の住人が肩寄せあっていた。
住人に聞いた所によると、この街(駅)では寒期になる前に、
地下に海獣の干し肉などを蓄えて、こぞって引き篭り、
短い夏季が訪れるとまた外に戻るのだと言う。
どうりで周囲の町と交流が薄いわけだ。
しかし彼らとて好き好んでこのような暮らしをしてきたのではなかろう。
きっと住む土地を失って、流れ着いたに違いない。
今の自分がそうだ。




…さて、これからどうしたものか。








2003年07月05日(土) 7話 『人工環礁』




ここは人工環礁のスラム街。
一人の男が小さなスクラップ屋を営んでいる。
廃品から使えるパーツを選んで、新品同様の製品を組み立てた。
彼の腕前は確かで、評判が良かった。
同業者よりも仲買人の買値が高かったのは信頼の証拠。

彼はここへ来る前のことを誰にも話さない。
スラムに住む者にとって、過去はたいていタブーであった。
今日も仲買人と酒を酌み交わし、世間話をしている。

「なぁ、もう聴いたか?」

「……」

「南の島(人工環礁)が海賊に略奪されたんだとよ」

「あの鉄壁の街がですか?」

「そりゃあ並大抵のことでは落ちないさ。
 だけどもここんとこの海賊ときたら食い詰めてヤケクソだからな、
 死に物狂いなんだろうよ」

「なら、ここも…じきですね」

「ブルジョア連中はとっくに逃げ出したよ」

「私達貧しい者は、船さえ持っていませんから、
 逃げ様がないですね。どうなりましょうか?」

「まあ、女子供と病人だけは今のうちに北の町へ送ってな、
 おいらたちゃ団結して海賊と戦うのよ」

「…ほう」

「おいらだってな、こう見えて若い頃にゃ海賊とやりあったもんさへへ」

それが酒の上のホラ話かどうかは、ドーラの関心事ではなかった。
言うとおり、ここが略奪されるとしたら自分はどうするだろうか。


--------


同時期、別の海域にて。

強力な海戦装備を備えた自警団が組織されていた。
メンバーにはブルジョアの子息、難民、海賊崩れ…なんでもいた。
彼らを纏める人物こそ、かの大男ロフティーだった。
彼には産まれ持ってのカリスマ性があった。
彼は大船団を組んで各地の海賊を一掃して廻った。
その噂はギルドメンバー上層部の耳にも入り、
やがて「謎の人物」として神格化されていく。






---ここで方舟の産まれたいきさつを話そう。

この星が生物兵器によって不毛の世界と化した後、
物流はほとんど海運に頼っていた。
しかし度重なる地殻変動によって、あまたの海底火山、暗礁が生まれた。
そうなると複雑なルートを辿らなければ、航海は出来ない。
よって途中途中に補給基地のような物が必要になる。
方舟は海原に浮かぶ倉庫兼宿のような存在。
水、食料、燃料その他を提供する。
始めの頃はめいめいバラバラにやっていた方舟だが、
しだいにギルドを組み政治的発言力を強めていった。

昨今盛んに行われているビーコン設置は、
ギルドの存在意義を根底から覆しかねない。
ギルドのタカ派は、密かに海賊を雇い妨害工作を働いている。
ドーラの母船もきっとその被害に遭ったのだろう。
穏健派は、燃料省の御曹司をロビイストとして送り出している。
問題はこじれそうだ。




つづく



2003年07月04日(金) 6話 『黄金』

「聴いても良い?あなたの産まれ…」

とリアラ。

「他の星さ」

ポツリとロフティー。

「ねえ、どうして丘で暮らすようになったのか…聴かせて」

「…まぁいろいろな」

「ふふ、相変わらずねえ」



大きな身体のロフティーは無口だった。
彼には複雑な過去がある。

ここから一番近い惑星の生まれ。
親の代にここへ移住しにきたのだ。
彼らは不毛地帯にも適応できる種の栽培を試みた。
試行錯誤の末、それは実った。
やがてこの入り江を拠点に、壮大なコロニーの建築を夢見ていた。
しかし、ある夏オニカマドウマの大発生により、作物は全滅。
一家は、ある方舟に住み込みで雇われた。
苛酷な労働の毎日だった。
やがて両親は病死。
若いロフティーは真面目によく働いたので、しだいに責任ある職を任された。
20代半ばになると、同僚からも親方からも一目置かれる存在になった。
彼には生まれついてのカリスマ性があったのだ。


やがて暖簾分けと言う形で小さな方舟を与えてもらった。
彼は商人も役人も海賊も、全て分け隔てなく歓迎した。
そのため、どこよりも繁盛し、分店を増やしていった。

その頃、
元の親方から上手い話を持ちかけられて、誘いに乗ったのだが、
信頼していた親方に騙されて、濡れ衣を着せられた。
持ち船を全て取り上げられただけでなく、ギルドからも追放されてしまった。

それ以来、彼は人間を信用しなくなった。
組織を嫌って丘にもどったのもそのため。
周りからは“変人”扱いを受けながらも、自由気ままにやって来たと言う。


--------


ささやかな2人の生活に転機が訪れた。
穏やかな入り江には、海藻と1枚貝の養殖槽がある。
ある日ロフティーが養殖槽の縁を修復していたら、
使った岩の中に、奇妙な物が混じっていた。
それは異国の壷に見えた。
彼は持ちかえって慎重に研磨した。
なんということだろう。黄金の壷であった。
リアラもこれには驚いた。
2人は翌日から入り江一帯の岩を丹念に調べ歩いた。
ただの岩にしか見えなかったものまで、レアメタルの宝物だった。
その数は計り知れない。
2人は収集した宝物を少しずつ復元し、古美術商に売った。

ロフティーは考えた。
このあたりには難破船が多い。
かつて海賊が難破して、ここへ積荷が漂着したのだろう。
人間だって流れてくる場所だ。
なんだって起こり得る。


--------


3年の月日が流れた。

2人はかなりの財産を築いていた。
ロフティーは中型の外洋船を購入した。
行商の範囲がグッと広まった。

リアラは彼に頼んで、方舟や遊郭船で働かされている孤児を、
かなりの額で買いうけては、自分で建てた孤児院に住まわせた。
子供達は彼女から農業に関する知恵、そして遊びというものを教わった。
みな活き活きと丘の生活を楽しんだ。
自由がどんなに素晴らしいか産まれて始めて知ったのだ。

そんな風に2人の生活に変化が訪れると同時に、
2人の仲は疎遠になっていった。
あれほど仲むつまじかった2人が…


--------


1枚の置手紙を残し、ロフティーは旅立った。
何故そうなったのかは彼自身にも説明がつかない。
ただ、「ありがとう。」とだけあった。

残された孤児達8人と親代わりのリアラ。
すでに昆虫の扱いにも慣れ、丘での暮らしが身に付いていた。
今更、どこかの人口環礁へ移住する考えは無い。
ずっとこの入り江で、ささやかな幸せを守っていきたい。
子供達が彼女の生き甲斐だった。





    つづく



2003年07月03日(木) 5話 『別離…』

鉛色の空。
ロイヤルブルーの荒れた海面。
人工環礁の二百メートル手前にドーラの船があった。
明灰色に暗赤色のモールドが特徴の制服を着替えて、
男はありていの服装になった。

「コードcr4z16 自沈せよ」

「オンセイコードショウゴウ。ジチンシマス」

この船は目立ちすぎるのだ。
短い間だったが仕事の相棒としてよくやってくれた。
しかしこれでサヨナラだ。
ゴム製の救命ボートに工具などを積むと、
薄暮の波間に沈みゆく相棒を後にした。

ゴツゴツした波消ブロックから這い上がると、
ゴムボートの空気を抜いて隙間に隠した。
重いリュックを背負い、ゲートから静かに街へ入る。
今日からここがオレの生きる場所になるのか?
まずはスラムに紛れて小さな修理屋でもするか…
人工環礁(島)のゲートに向かう足取りは重い。
ドーラはあの透ける紅髪の少女を思い出しては、
ひとり胸を痛めた。




--------




見慣れぬ紅い鳥に誘われる様にして浜まで降りてみた大男がいた。
浜には一人の少女が打ち上げられているではないか。
……まだ息がある。

大男ロフティーに命を救われたリアラ。
彼女はこの入り江で農業を教わり、ロフティーの身の回りの世話をした。
海の生活しか知らなかった彼女にとって、
ここでの生活はとても新鮮なものであった。







この時代、陸で生活をする人間はほとんど居ない。
いつの頃からか、陸上は肉食の昆虫に支配されてしまった。
古代戦争において、生物兵器として生まれたある昆虫が、野生化、巨大化した。
あげく緑を食い尽くし家畜を食いつくし、人類を衰退させていった。
人間は水上に追いやられた。



夜行性のオニカマドウマが農作物を荒らしに来る。
作物を守る為に、通電バリケードを張り巡らしてある。
それでも越えて来るヤツは電撃ロッドで追い払う。
鎧のような殻に覆われたオニカマドウマに銃は効かない。
陸の生活に安眠はないのである。





ロフティーは、ときたま小船で方舟まで行商に行く。
方舟のマーケットには何でも揃っていた。
リアラは一度もついて行かなかった。
どこで捕まるか分らないから・・・
ロフティーは事情を知って他の誰にも彼女の存在を明かさないでおいた。
いつしか二人は夫婦のようになっていた。
しかし、
彼女の心にはいつでもあの男---ドーラが棲んでいた。




 




                     つづく



2003年07月02日(水) 4話 『逃走…』

    
    






たちまち方舟ギルドの連絡網を通して指名手配が敷かれた。
懸賞金は親方のコレクションの鳥を全て買えるほどの高額。
懸賞金目当てのごろつきが、大挙して巡視艇を追跡した。



--------



ドーラには密かな勝算があった。
日が暮れるのを待つと、あえて船速を緩めて追っ手を引き付けた。
やがて土地感のある暗礁海域に差し掛かった。
彼は岩礁に取り付けられている数多のビーコンの周波数をシフトした。
さらに時間が経つとランダムにシフトするように設定した。
これで追っ手の目を奪った事になる。

巡視艇はわざと追っ手から見えるように煌煌と翼端燈を照らした。
熟練したマニュアル操作で暗礁を掻い潜っていく。
追っ手はここぞとばかり突進してくる。
しかし案の定次々に座礁していった。

二人はギルドの追跡がこのまま終わるとも思えず、
念の為どこかの人工島に姿をくらますことにした。
最寄の島は海図によればもう三日で着く距離にある。

--------

翌日の昼過ぎ。
遥か東の水平線には陸地が見えてきた。
リアラは鳥と戯れながらデッキで寝転んでいる。
ドーラはレーダーに注目しつつもどこか余裕があった。
オート航行に切り替えるとデッキの縁に歩み寄った。

「キミもその子も自由だよ…」

腰掛けるドーラ。

「ありがとう…」

と少女。
キスを交わす二人。
鳥が舳先に飛んでいく。
向かい風のため、まるで釣り糸でぶら下げられているかのように、
ゆらゆらと揺れながら一点に留まる。
その時だった。
さきほどから静かに並泳していた海中の魚影が海面に頭を出した。
体長4メートルあまりのテッポウカジキだ。
その鉄パイプのような鼻先が水の矢を放った。
鋭い放水が鳥に命中した。
鳥は海中に落下した。
二人はスローモーションを見てるいようだった。

「きゃぁっー!」

叫ぶリアラ。

「だめだ!」

ドーラの声も耳にはいらなかった。
彼女は反射的に海へ飛び込んだ。
大きな波に飲まれる少女の華奢な体。

踵を返す船。すでに彼女の姿は見えない。
テッポウカジキは人間を食う程大きな生き物ではないはずだが…

「リアラーっ! リアラーーっ!!」

声の限り叫ぶドーラ。
彼女は見えない。
どこにも見えない。



   



2003年07月01日(火) 3話 『親方』


そんなある日。
ドーラは親方のいる最上デッキに呼び出された。

「なぁキミ。あの娘にだいぶ気があるようだね。
 しかしそれはムダだよ。
 明日の今頃、遊郭船に引き取ってもらうことになっているんだ。
 手付ももらっている。それともキミが囲うかい? 
 ふんっ、そんな大金持っている訳はないだろう。
 だがね、考えてやっても良いよ。あのオンボロ船な。
 あいつと交換ってのならまあまあだな。」

親方の浮腫んだ顔が意地悪く歪んだ。

「・・・・・・」

ドーラは無言だ。

「だろうな。役人がお上から預かったものを横流ししたら、
 確か死罪だったよなあ。」

ドーラは唇を噛み締めた。


--------


翌日の夕暮。
趣味の悪い電飾に包まれた遊郭船がやって来た。
リアラは愛する鳥を籠から出して語りかける。

「あなたは…行きたいところへ行きなさい…」

身支度を済ませるとゆっくり桟橋に向った。
貪欲な親方は早速取引をする。
小さなリアラは傍らで俯いたままだ。
桟橋の対角からじっと見つめるドーラ。
静かに船に移る少女の後ろ姿が震えている…

そのとき、
頬をつたう物に気付かぬままドーラは走った。
飛び超える様に遊郭船の舳先に乗り移ると、
目の前に出てきた男をぶん殴った。
次のやつも、次のやつも。
そしてあっという間に少女を抱き抱えると、
自分のロボット巡視艇に向かった。
走りながら叫んだ。

「全速発進妨害排除!!」

“音声コード”を確認した人工頭脳は唸りを上げて始動した。
火薬で手綱を強制切断した船は、きびすを返し桟橋を離れだす。
そこに信じられない跳躍で乗り移ったドーラ。
少女を抱えたまま船室の中に転がり込む。
外でパンパンと乾いた音。
誰かが小火器を発砲したのだ。

人工頭脳はそれを感知するやいなや、高圧放水で反撃。
不恰好な遊郭船が慌てて負いかけてくる。
がしかし、
この船の水中翼と非回転式動力(人工ヒレ)の性能に勝る物はない。
やがて大きく差をあけた彼ら。
ホッとして後ろを振り返ると、
あんなに巨大だった方舟が海の藻屑の様に見えた。
ふたりは抱き合ってクスっと笑った。




そのとき、デッキにパサと舞い降りたのは、あの幸運の紅い鳥だった。



          つづく













































    ↓どこ行っちゃったんでしょうね(笑


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