箱の日記
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誰かを祝う夜の騒ぎを抜け出すと
やわらかな港だった
ずらりとならぶクルーザーたちには
アルファベットで
動物や知らない女の子の名前がついていて
ひとつひとつを呼ぶたび
頷くように揺れた
ロープにつながれた彼女たちの
従順なあきらめ
はるか遠くから届くシグナルのようなさざ波に
たぷん と返す静けさ
ジョセフィーヌ
ナナ•ジェイ
君たちの生まれた町だとか
くぐり抜けてきた荒波のこと
魔法のような出逢いとさよならや
夕暮れに魚が跳びはねる本当の理由について
おしえてくれるのなら
今ごろパーティーはお開きになって
じきにさめた現実が陸からやってくる
いずれこの港にも
くりかえしという幕が覆いかぶさり
すべてをリセットする
希望みたいなものはぜんぶゼロになるから
いまのうちに たぷん
と
かさねている
よせる波に
行き交う車
鼻をかむ女子高生
見えない線につまづく
わたしたち
ないものがあるように見えたり
あるものを見失ったり
友だちにも言えない
傷ついたり壊れたりしないためのしくみ
捨てられて消えないように確かめる
じぶんのなまえ
誰かなんてほんとうはどうだっていいのに
空から見えるのは
キリンであり サイであり
シマウマでもある かなしみ
と それの手を引く いつくしみ
点々と
うすいかたちで食べ歩く群れを
連れていく人間たち
消えてしまう前にきっと
きっとまだ戻っていける
ヘリコプターは高く上昇する
けぶる街の低い層にたちこめた
埃っぽい空気が紫に染まりはじめると
そこには
希望までもが混ざり合い
繰り返しをゆるしたものたちが集まり
これ以上悪くならない日々に乾杯する
わたしたちも
くしゃみをした女子高生も
そこで夕やけを仰いでいる
見えない無限の線で描かれた街が
きょうも消えてなくなりませんように
灯台の光のすじに追われるように
夏は逃げていった
ひんやりとあきらめが降りてきて
ふたりは黙った
鯨くらい大きな船(それはじっさいのところ
鯨だったのかもしれない)が旋回しはじめると
まわりにさざ波が立って
じきに岸へと打ち寄せた
もう帰らないとね
そういうふうに波音がしつこく言うので
わたしたちは車に戻った
エンジンの音も
海岸道路から街へとつづくハイウェイのことも
距離をしめす標識の文字も
話をした内容も
覚えていないけれど
鯨の影はあたまの中でずっと旋回しつづけていた
ほんとうに船だったかよくわからないあれは
なにかとてもすごいものを
まちがった場所に運んできたにちがいなかった
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