.第6話:『Teenage Walk』②

「谷村、ちょっとこい」
 夕方のS・H・Rが終わってあたしが帰ろうとしたとき、担任の本並先生に呼び止められた。理由は何となくわかってるので、渋々ついていく。
 「麻衣、『T-ROOM』で待ってるからさ、終わったらおいでよ」
 瞳子さんや美和子がそう言ってくれるのでほっとする。
 入学当時から梢・瞳子さん・美和子・絵里・あたしの5人で毎週水曜日に放課後お茶を飲むのが恒例になっていて、今日はその日だったから。うちの高校は、全員が何かの部活に所属しないといけないので、絵里が軽音部、瞳子さんが文芸部、 梢が写真部、あたしと美和子が美術部に所属していて、活動日がまちまちなので全員の放課後があく日が水曜日しかないのだ。
 
 本並先生の後をついて、視聴覚室に向かう。
 「なんで呼ばれたかはだいたいわかるよな?」あたし用に椅子を引っ張り出しながら、本並先生が聞く。進路希望のことですよね?というあたしの答えに、そうだ、とうなずく先生。
「他の奴は全員何らかの希望を出してるんだがな。谷村、おまえはどうして出さないんだ?」
「・・・・見えないんです、未来のヴィジョンってやつが。自分が何をやりたいのかもはっきり分からないんです」あたしは正直に言った。本並先生とは7歳しか離れてないので、みんな兄貴のように慕っていて、何でも相談できる、話をじっくり聞いてくれるひとだとわかっていたから。
 本並先生が小さなため息を一つ吐いた。
「・・・つーことは、少なくとも今の所は家業につく予定じゃない、って事だな?」
うなずくと、まぁ、そう思うんならしょーがねぇやな。と小さくつぶやいて、
「とりあえず、進学か就職の希望ぐらいは書いて出してくれや。三年のクラス分けの資料になるやつだから、全員学校側に提出しないといけないものだからさ。俺も、自分のやりたいことの見つけられない生徒に、今すぐ決めろ、なんて無理に選択を迫るようなまねはしたくないんだけど、学校の方針だろうからな。
・・・こんなこと偉そうに言ってても、俺も大学入るまで英語教員になろうなんて考えもしなかったも んなあ。まだ時間はあるからじっくり考えればいい。あせって決めて後悔してもしょうがないからな。 
・・・よし、今日はもう帰っていいぞ」

 学校を出て、みんなの待つ『T-ROOM』に向かいながら、あたしは考えていた。 みんなはもう、自分の進む道を見つけたのだろうか。同じ年、同じ生き方をしてるのにどうしてあたしだけ自分の道が見つからないんだろう。道端の小石をけとばしながらそんなことを考えていた。
 『T-ROOM』のドアを開けると、奥のほうから梢が手招きするのが見えた。
「呼び出しご苦労さーん!(笑)」そんな絵里の言葉に苦笑いしつつ、ウェイターさんにアイスココアを注文して空いた席に座る。
「本並先生何だって?」梢が聞く。
「あのさ・・・みんなもう進路とか決めてるの?良かったら教えて」返事のかわりに逆に質問を返す。

 「あたしは・・・できれば写真の専門学校か、どこかの芸術短大の写真コースに進みたいと思ってるの。親は反対してるけどね。最終決定までまだ間があるし、ちょっとずつ説得していこうかなって思ってる。いざとなりゃバイトしながらでも奨学金受けながらでも自力で行こうかなって」と梢。
「あたしはコックさんになるのが夢だったの。まあ今はちょっと変わっちゃったけど、短大の食物栄養のほうに進んで、調理師と栄養士の資格がとりたいな」と言ったのは美和子。
「まだはっきりとは決めてないんだけど・・・四大の英文科に進学して、将来は通訳とか英語教師か・・・ そういう方向に行きたいと思ってるんだけどねぇ」あくまでも淡々と語る瞳子さん。
「あたしは専門学校。本当は早くお勤めして、自分のお金でボイストレーニングとか通いたいんだけど、うちの高校を卒業しただけじゃ手に職とか、資格が何もないままだから、とりあえずコンピューターとかビジネス関係の専門学校に行ってからの方がいいんじゃないかって親に言われてねえ。 
でもそういう方向に進ませてるうちに、バンドのこととか、プロへの夢をあきらめるだろうなんて考えてると思うよ、うちの親のことだから」目を輝かせて語る絵里。
 やっぱり、みんな自分の未来のヴィジョンをしっかりと持ってるんだ・・・。あたしは、運ばれてきたココアがの氷が溶けていくのにもかまわず、すでに次の話題に切り替わったみんなの会話も耳に入らず、延々と考え込んでしまった。
 この先・どうすればいいんだろう・・・って。

「あ、おかえり麻衣。あたし今から店に出るから、後よろしくね」
 あたしが家に帰り着くやいなや、そう言って出ていった由衣姉ちゃんと代わって、あたしは着替えて台所に立つ。もう何年も繰り返されてきた日常。
 学校から帰って、由衣姉ちゃんと交代でご飯作って、店が終わるのを待って遅い夕食を全員で食べて、後はテレビ見たり学校の課題やったりして過ごす毎日。
 別に不満なんてないけど、これでいいのかと思う。だからといって何をするわけでもなく、何をすればいいのかさえわからない。そんなことを考えながら野菜の皮をむいてるうちに手がすべって、しまったと思ったときには鈍い痛みとともに、指先に赤い血がにじんでいた。
 
その夜、あたしは例の進路調査プリントとにらめっこした結果、『進学希望』とだけ書いた。そうとしか書きようがなかった。梢たちや由衣姉ちゃんのように、目指すものが見えないあたしには。 
 何もやりたいことが見つからないまま、これからも当分は『とりあえず』で生きていくのか・・・・。指の傷と、なぜか心がずきん・とうずいて、それは波のようにあたしの中に広がっていった。

2002年08月02日(金)


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