ウラニッキ
You Fuzuki



 白珠らぶらぶべたべた番外編ちょっぴりオトナ向け

お遊びのつもりで書いてたんですけどね。
なんだか熱が入っちゃったのよね。

えーっと忠告しますよ。

死ぬほどこっぱずかしいですよ。




……忠告したからね?


追記:正式公開しました。ふふふ……
------------------------------------------
【誓いの夜】


 扉が閉まる、ほんのかすかな音に、クリスは肩をびくりと震わせた。
 広い室内を照らす灯りは、さきほど侍女がともしていった燭台の小さな光だけ。ゆらゆらとゆれる炎に陰影濃く照らし出される室内は、昼とはまるで様子が違って見えた。
 石壁には厚いタペストリーが隙間なく下げられ、足許は足首まで埋まりそうな毛足の長い絨毯が敷かれる。いまは火の入っていない暖炉、マントルピースには葡萄酒の瓶と玻璃の杯、そして――部屋の中央に鎮座する、天蓋のついた大きな寝台。
 怖い。
 胸の中でそう呟きそうになって、クリスはそれを慌てておしとどめる。誰にも聞こえるはずのない声でも、それを形にするのは嫌だった。
(しっかりしろ、クリス=スタイン)
 その代わりに叱咤する台詞を、クリスは選ぶ。
(怯えるなんて――小さな女の子じゃないんだから)
 ぎゅっとこぶしを握り締めた。震えているのは、力が入りすぎているせいだ。断じて――そう、断じて、怖がっているせいではなく。
 クリスはこの春、24回目の誕生日を迎えた。ごく普通の女性であればとうに結婚して、子供のひとりやふたりいる歳だ。ましてやクリスの生家のような貴族では、そろそろ結婚十年目でもおかしくない。けれどもクリスは別な道を選んだ。剣の腕を磨き、騎士となり、父のもとから独立して自分自身の爵位を得た。
 ――それがまるで小娘のように怯えて震えているなんて。
 再び自分を叱ったのとほぼ同時、あたたかな体温が、そっと握ったこぶしに触れてきた。
 宥めるようにゆっくりと、指先が手の甲を撫でる。性急さのどこにもない、やわらかな動きに、少しずつ手の力が抜けた。褒めるように励ますように、ぽんぽんと手の甲を軽く叩き、それから手のひらに滑り込んできた自分のものでない右手が、包むようにクリスの左手を握った。
 緩慢にクリスは視線を巡らせて隣を見る。
 ともに部屋に入ってからひとことも発せず、身動きの気配もさせずにいた銀髪の恋人――いや、今日からは「夫」だ――は、クリスの視線を受けてにっこりと微笑んでくれた。
「落ち着いた?」
「……少し」
 瞬間迷って、正直に答える。ふふ、と笑みをもらして、彼は空いている手でクリスの頬を撫でた。
「緊張するなというほうが、無理でしょうね」
 やわらかい喋り方は、出逢ったときから変わらない。長い睫毛の縁取るアメジストの瞳もだ。それでも背が伸びた。声が低くなった。手だって昔はクリスのほうが大きくて骨ばっていたけれど、いまはほとんど変わらない。彼のほうが少し大きいかもしれなかった。
「……エアは?」
「もちろん。緊張していますよ」
「そうは見えない」
「そうかな。じゃあ、たしかめて」
 繋いでいた手に導かれて、左手をクリスはエアの胸に乗せる。絹の薄い夜着は滑らかな感触を伝えた。けれどもその奥の鼓動を感じ取ることができないのは、クリスの左手がいまだ、わずかに震えているからだった。
 こくりとクリスはのどを鳴らす。
 そして手の代わりに、右の耳をエアの胸に寄せた。
 クリス、と小さく呼ぶ、その声が、呼吸が、胸に響くのがわかる。そしてその奥、とくとくと脈打つ鼓動が、たしかにずいぶん速いことを知った。
「本当だ。速い」
 くすくすと笑う。頭の上で苦笑する気配があった。
「言ったでしょう」
 頬と手にあったはずのエアの両手が、いつのまにかクリスの背中に回されている。身長はあまり変わらないから、この体勢では抱き寄せるというよりは軽く包まれているような感じだ。互いの間の空間がなぜだか寂しくて、クリスはするすると頬を夜着に滑らせ、細い首に腕を巻きつけて、流れ落ちる銀髪に顔をうずめた。背中に回った手にぎゅっと力がこめられて、背中がしなる。
「……あいしてる」
 ほとんど二人同時にそう告げて、やはり同時に、抱き合ったままくすくすと笑った。


 笑いの余韻を残したまま、寝台まで抱き上げてはこびましょうか、とエアが言った。絶対いや、と答えたら、そういうと思ったといってますます笑う。
「そんなことされるくらいなら、私が抱き上げてやる……」
 その台詞は半ば本気でもあったけれど、結局はふたりで手を繋いで、歩いて寝台まで行った。
 ふかふかの布団の上に並んで腰かける。
 視線の置き所がなくて床を見ていたら、髪を梳いていた手がクリスの頭をそっと引き寄せた。頬と頬が触れて、離れ、その代わりに唇が降ってきた。頬からはじめて目尻に耳元にこめかみに髪に、額に、眉間に、そしてからかうように鼻の頭に。そして――唇に掠めるようなキス。もういちど。
 クリスは目を開いて、ほんのすぐ近くに紫色の瞳を見つける。目許がわずかに和んで、それて微笑んでくれたとわかった。こわばりがちの顔を無理にも動かして、クリスも笑みらしきものをつくる。
 瞬きした目は、無理しなくていいと言っているようだった。安堵してクリスは再び目を閉じる。
 三度目に合わせた唇は、すぐに離れては行かなかった。まるで呼吸を奪うように深くくちづけられて、クリスはかすかに喘いだ。空気を求めてひらいた唇に濡れた感触が忍び込んでくる。歯の付け根を探られる。背筋をなにかが伝い落ちるような感覚がして息を呑む。それはよりいっそう深くまで男を誘い込むことにしかならなかった。頭の芯が痺れはじめる。
 ここまではクリスもすでに知っていることだった。けれど、襟足から髪のなかへ差し入れられていたはずの手がゆっくりとおりてきて、絹地ごしに背中を撫で、そのままたしかめるように身体の線をたどりはじめると、覚悟を決めたつもりの心とは裏腹に身体がどうしようもなく強張ってしまった。
(どうして、こんな)
 剣を振るうときにはあんなにも自在に動かせる身体が、今夜はクリスを裏切ってばかりだ。恥ずかしさにクリスは顔を伏せる。毅然とできない己が情けなく悔しかった。
「……ごめ」
「ごめんなさいクリス」
 けれども謝罪の言葉を舌にのせるより先に、そう言ってエアがきつく抱きしめてくる。
 クリスは瞬きをした。こぼれる寸前の涙が睫毛にからんて空気に散った。
「クリスばかり怖いなんて、不公平だ……」
 ごめん、ともう一度。
 ――自然に笑みがこぼれた。
「……ばか」
 顔を上げて、両手でエアの白い頬を挟んで、目を合わせる。睨みつけるようにしてくちづける。
「だからって、いくら私たちだからって、逆にはなれないんだから」
 ほんとうは、自分が女でエアが男だと、思い知らされるのはいまも少しつらいのだけれど。
 身長を追い越され、力でも抜かれて、レイピアですら負けることが増えて、眠れないほどの悔しさをかみしめたことだって、あるのだけれど。
 それでも彼が男で、自分が女で、そうして出逢ったから、だからきっと、誰よりも近く近く寄り添うことができるのだ。
「大丈夫だから。……怖いけど、エアだから」
「クリス」
「――大好きだよ」
 その台詞は、最後まできちんと音にならなかった。言葉より雄弁なくちづけが唇をふさぎ、わずかに震える腕が、すがるように背中に回って痛いほどに抱きしめる。
(……貴方も)
(怖かったよね)
(怖がってくれてたね)
 嵐のようなくちづけに答えながら、背中に寝具のやわらかさを感じながら、いつかの夜を思い出していた。
 あの日誓った言葉を、胸の中で繰り返す。

 そばにいます。
 ずっと。

 永遠に、そばにいます――――


------------------------------------------

…………脱兎!

2003年06月28日(土)



 改訂版らぶらぶ(そのうちどこかでお目見えするかもな番外)

 セシル=カートネルがクリスタル=リーベル=スタインと同じ日の休暇を取ることができたのは、実に入隊半年がすぎた頃のことだった。


 フェデリア騎士隊は入隊の基準も厳しいが入隊後の訓練はさらに厳しい。レイピア剣技は当然として、弓矢や銃をはじめとしたありとあらゆる武器の扱い、徒手格闘に馬術、王国の地理歴史に宮廷の勢力図に王族貴族の名前と顔と血縁関係、はてはダンスに礼儀作法に言葉遣いまで、ありとあらゆることを叩き込まれる。3年間クリスの個人教授を受けたおかげで同輩たちよりずいぶんと楽をした自覚はあるが、それでもこの半年間はひたすらにめまぐるしく過ぎたという感想しかなかった。加えてただでさえ仕事中毒の傾向のあるクリスは分隊長に昇進して以来ほんとうに仕事まみれといった風情で、せっかくの休暇も自分から潰して働いていることが多い。そんなふうだったから、会話といえば偶然顔をあわせたときにひとことふたこと言葉をかわすほかは、みな寝静まった隊舎をそっと抜け出して、月明かりの下でほんの一刻、声をひそめて語り合うくらいしか機会はなかった。
「騎士になれたのは、それはとても嬉しく思っているけれど」
 並んで厩の壁にもたれながら、セシルはぽつりと切り出した。
「あんまり忙しくて、少し寂しくもありますね」
「……でも毎日会ってるよ?」
 クリスは苦笑を唇に刻んだ。彼女はセシルにとっては直属の上官にあたる。新人はひとくくりに訓練所でしごかれるから、分隊単位での活動には参加しない日も少なくないが、それでも朝夕に召集されるたびこの恋人である女性騎士の顔を見られるのは確かだった。
 ……顔を見る以上のことではないのも、また、確かなのだが。
「それはそうですけど」
 言いながらセシルはクリスの蜜色の髪を指先にからめとる。いつもはきりりと束ねられている、女性にしては短い金髪はいまは肩をふうわりと覆っていて、それが彼女の印象を少しだけやわらげていた。
 右手の指にくるりと巻いたその髪に、身をかがめてくちづける。夜目にもクリスの頬が染まるのがわかった。
「――こういうことをね」
 ふふ、と息だけで笑って、セシルは上目遣いに見上げる。
「まさか仕事中にするわけにもいかないでしょう?」
「エーアー」
 もう使われなくなった名を呼んで、抗議する語調はけれども弱い。そのまますっと顔を寄せて、ついばむように唇に浅いキスを落とすと、クリスは素直に目を閉じた。


「徒手格闘と、大剣と、槍と……あと、アゼリア古語」
 指を折って数え上げると、クリスがひょいと片眉をあげる。
「あとそれだけ? ……がんばってるんだ」
「勿論」
 貴方に追いつくためですから、そう言ってセシルはにっこり笑う。
 入隊を果たしたと言っても、数多くある訓練項目のすべてに合格するまでは、騎士見習いのようなものだ。合格を増やすたびに実際の任務に加わる機会は増えはするが、それも騎士としての働きを近くで見て学ぶため。騎士のしるしである緋色のマントの着用も許されない。
 見習いからひよっこ騎士に昇格するまで、平均すると1年と少しかかる。半年で残り4項目――その4項目もあとほんの少しで卒業というところだ――というセシルは、同期の中だけではなく、毎年の例を見てもかなり駆け足のほうだった。
 ちなみにここ10年での最短記録はエドマンド=ウィリアム=カートネルの4ヶ月で、3番目がクリスのちょうど半年、二人の入隊した年はかつてない豊作といまだ語り継がれている。
「そうだ。がんばっているご褒美をもらえませんか?」
「……ご褒美?」
「ええ」
 怪訝そうな顔のクリスの、月明かりの下では深い藍の色にも見える瞳を、微笑を絶やさないままにセシルは覗き込む。
 出逢った頃には見上げていた瞳は、いまはほんの少しだけ低い位置にあった。
「貴方の一日を、私にください」

 それから四半刻も言葉を並べて、そうしてセシルは、半年目にして2人で過ごす休暇を獲得したのだった。
-------------------------
続いてます(笑)←さっさとひとつくらい終わらせんか

2003年06月27日(金)



 【聖女の名前】ACT3書き出し(これも難儀中)

 瀬能朔は両手で支えた湯呑みを口許に運ぶと、半分ほど残った玉露をひと息に喉の奥へ流し込んだ。
 個人的には熱々の番茶のほうが好きなんだけどな――そんなことを思いながら、つるりとした萩焼を茶托に戻す。甘みの強い玉露の味も、まるみを帯びた上品な湯呑みの形も悪くないが、自分にはあまり似合っていない。それは卓の向かいに端座している女性に似合いのものだった。
 真田香子〔きょうこ〕。
 真田和義〔かずよし〕のひとり娘であり、真田麻里亜の母親である女性は、背丈も目鼻立ちも小作りな、どこか少女めいた雰囲気を持っている。娘と似ていないどころか、十七歳になる娘がいるようにすら、申し訳ないがとても見えなかった。
「お代わり、いかが?」
「あ、んじゃ」
 ほとんど意味を成さない返答だったが、それだけできちんと伝わったらしい。
 香子はおっとりと微笑むと、二煎目の準備を始める。用意された湯呑みが今度は三客、ひとつ多いのに朔は首を傾げた。和義は読みたい本があるからと早々に自室に引き上げていたし、麻里亜のほうは稽古のあとは汗を流して着替えてから現れるのが習慣だ。いくら玉露が低い温度で淹れる茶だとは言っても、冷めたものよりは淹れたてを飲むほうが数倍うまいだろうに。
 だがゆったりとした、それでいてよどみのない手捌きで香子が3人分の茶を淹れおわったのとほとんど同時、廊下との境の襖を音もなく開いて真田麻里亜が姿を現した。
「へーえ」
 朔は素直に感心した。
 香子はにこりと得意げに笑う。そうすると元から若い顔が、更に少女めいて見えた。
「……なんだ?」
 不審げに眉を寄せながらも、ごく自然に麻里亜は淹れたての玉露を受け取っている。
「やーなんか、おふくろさんーって感じだよな。いいなあと思ってさ。俺のお袋ちっさいころ死んでて、あんまり世話してもらったことなかったから」
「……そうなのか」
 湯呑みを卓におろして、麻里亜は正面から朔を見つめる。戸惑うような表情に、へらりと朔は笑って見せた。
「あんま気にすんな? 古い話だしさ」

2003年06月26日(木)



 【書簡】(白珠番外編・途中まで)

フェデリア騎士隊 クリス=スタイン殿


長く連絡をしなくてすみません。お元気で、いらっしゃいますか。
もっと早くに、便りを出したかったのですが。ひとつところに落ち着いてからと思っていたら、気がついたらずいぶんと不義理をしてしまいました。
この手紙を受け取る貴方の、怒った顔が目に浮かぶようです。……こんなことを書いたら、さらに怒らせてしまうでしょうけれど。

あちこちを歩いてみましたが、しばらくはイレンに落ち着くことにしました。ここまで来れば、私の顔を知っているかたもいないでしょうし。こちらでは私のような髪や瞳の色も、さほどは目立たないようです。よく貴方が言っていたように、私の父か母か、祖父母あたりが、こちらのほうの出身かもしれませんね。
でも、やはりこれだけ伸ばしている髪は珍しいらしくて。
貴方に褒めていただいた髪ですから惜しくはありましたが、切ってしまいました。……怒らないでくださいね? 貴方だって、騎士になりたてのころに一度ばっさり切っているでしょう。憶えていますよ。

働くところも見つけました。給仕をしています。巫女殿にいるあいだに、茶の種類や淹れかたにすっかり詳しくなってしまって、それが役に立っているようです。女官たちがつくってくれたお菓子もね。貴方は甘すぎるものはお好きではなかったけれど、甘い香りのお菓子を運んでいると、なんだかすこし懐かしくなることもあります。
暇があったら、こんど林檎のパイのつくり方を習ってみようかな。
次にお会いするまでには腕を磨いておきますので、作ってさしあげたら、食べていただけますか?

すこし迷っているのは、剣の訓練です。
国境警備隊で、余暇を使って市民に手ほどきをしてくれているようなのですが。(どうやら、警備隊の皆さんは少しばかりお暇のようです。平和で良いと言うべきでしょうね)いちど覗いてみたのですが、すこし物足りないような気がしました。
クリスと比べては、どんな師だって見劣りがするでしょうから、仕方ないのかもしれませんが。
街には私塾もいくつかあるようですし、いくつか訪ねてみようかと思います。
お墨付きはいただきましたが、入隊試験に挑めるのはもう少し先のことでしょうから、なまらないようにきちんと訓練しておかなくてはね。


――レイシャの花は、王都ではもう散ってしまったでしょうか。こちらはいま、盛りです。


できるだけ早く、貴方のもとに戻ります。
またお逢いする日まで、どうかつつがなく。


緑の月 649年 イレンにて

愛を込めて
エアリアス



2003年06月24日(火)



 【求婚】(白珠の巫女番外編)

「そういえばさ」
 隊舎の食堂。いつも代わりばえのしないメニューを並んで口に運びながら、ふと思いついたようにエドマンドが呟いた。
「プロポーズはしたの?」
「――――」
 人参の浮かんだスプーンを口に入れる寸前で、若い騎士の身体が硬直した。
 あくまでもなめらかな動きで自分のフォークを皿に置くと、エドマンドは隣ににやりと笑いかける。
「そこでスープ吹かないのがセシルの凄いところだよねー」
「……なんですか、いきなり」
「ん? だから。プロポーズ、もうしたのかって訊いてるんだけど」
「誰が、誰に、とか……」
 そこで一度台詞を切ると、セシルと呼ばれた青年はふうとため息をついた。
「訊き返したら怒られるんでしょうね」
「わかってるじゃない」
「してませんよ、まだ」

--------------------------

……短ッ(笑)

2003年06月23日(月)



 【その花の名前は・白珠の巫女番外編1】(仮)草稿

【1】

「クリスに、逢いに行くことはできるでしょうか」
 向かい合って座った銀髪の巫女は、真摯な目をしてそう言った。


 白珠はくじゅの巫女の守護騎士、クリス=スタインがあるじである巫女のもとを去ってから、2週間が経っている。
 辞任はいまだ正式に認められてはいないようだったが、不穏な事件のあったばかりの巫女殿の守りをおろそかにするわけにもいかず、この2週間はフェデリア騎士隊員が交代で警護を務めていた。同輩のユーリグと交代するかたちで、エドマンドがこちらに戻ったのは今日の午後のことだ。挨拶のために一度顔をあわせた巫女から、話がある旨を人づてに告げられたのが日没後、そして深夜にも近い時間になって、エドマンドは白の宝珠の巫女と本日二度目の対面を果たしている。
 人払いされた巫女の私室はしんと静かだ。恐縮するエドマンドを制して巫女手ずから淹れられた茶が、2人のあいだであたたかな湯気を上げていた。
 エドマンドはあらためて目の前の巫女の美貌をつくづくと眺めた。流れる白銀の髪、透ける肌、濃い影を落とす睫毛、茶器を扱うしなやかな指。白い装束に包まれた巫女のはかなげな空気を、けれども今はその瞳の強さだけが裏切っている。
 つねには穏やかな笑みのむこうに隠されている、この瞳を見るのは、エドマンドは2回目だ。
 1度目はあの襲撃事件の日。草むらに隠れた伏兵が、巫女の扮装で囮となっていたクリスを矢で狙った。いち早く気づいて駆け出した、そのときに巫女の瞳に宿っていたのが、今と同じ強い光だった。
 巫女が隠している真実に、気づいてしまった瞬間だった。
「――逢って」
 どうして自分ばかりが、この瞳に出遭わなければならないのだろう。
 そんなことを考えながら、エドマンドは巫女の目を見返した。
「それで、どうしますか。戻ってほしいと、頼むのかな」
「いいえ」
 白珠の巫女はゆるく首を振る。
 そしてふわりと微笑んだ。
「頼む資格なんて、私にはないでしょう。ただ、逢いたくて」
 その笑みにエドマンドは一瞬、目を奪われた。透明な綺麗な、けれどもなぜかさみしげな笑み――。
「叶うなら巫女としてではなく、ひとりの人間として、もう一度クリスに私を見てほしくて。もう一度クリスに……伝えたくて。それだけでは理由になりませんか」
「……いえ」
 連れ戻すためと言われたなら、断るつもりだった。
 なにを犠牲にして、どんな気持ちでクリスが巫女のそばを離れたのか、自分は知っている。
(……だって私じゃ駄目なんだ)
 うつむいて唇を噛んで、低く絞り出されたクリスの本音。
 巫女のそばにいたい。けれども自分では巫女を護れない。そう言って。
 望みがないのをわかっていると告げながら、それでも、嫉妬しなかったかといえば嘘だ。自分の前で泣き出す寸前の瞳をして、声を震わせる想いびとを、どれだけ抱きしめてしまいたかっただろう。
 けれどあの湖色の瞳をふたたび輝かせることができるのは、けっしてこの腕ではないから。
「その理由が聞きたかった、僕は」
 エドマンドはまっすぐに巫女を見据えた。
「わかりました。協力しますよ」
「――ありがとうございます」
 深々と下げられた銀色の頭を見つめながら、胸中でエドマンドは嘆息する。
(ほんとうに馬鹿だよ、僕は)
 交代に隊に戻っている友人が聞いたら、きっと遠慮もなく大爆笑してくれることだろう。あるいは心の底から呆れられるか、どちらかだ。
 けれども、気分は悪くなかった。
 この想いが実らないのなら、せめて、想いびとには幸せでいてほしい。そのためにはこの巫女が必要なのだ。絶対に。
(……悔しいからそんなこと、貴方には言ってあげないけどね)
 見えないようにこっそりと舌を出して、せめてもの意趣返しにした。

2003年06月19日(木)
初日 最新 目次 MAIL HOME