ものかき部

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「 あれとそれ 」(仮題)
2003年06月22日(日)


 
 それを教えてくれたのはあの人だった。
 あの人を通して大自然が伝えてくれたような感じだった。
 だから、好感は持っていたけれど、別に交換はしたくはなかった。
 そういう感情に汚されたくなかった。
 いや、そういう感情が出てきそうになる自分が許せなくなっただけだった。
 だってあの人は、あの人でしかないのだもの。
 だってあの人は、あの人の表面や現実に向きあっている面はどうでもいいんだもの。
 邪魔しないで。
 私はそれがとっても居心地が良くて、居心地が良くてしょうがないんだもの。

執筆者:藤崎 道雪

「 4�臓 �(仮題)
2003年06月21日(土)



キーボードを鳴らす音が、モァ〜っとする残暑を壊しはしないかと考えてみた。
天上窓から見えて、乗りかかって来そうな濃緑の葉の上に、日光を浴びて彩度を上げた輝きが揺れている。
深夜のような煌(きら)めきに目を細めてみれば、1つ1つが飛び回っている蟲(むし)たち
飛び回っている、というより風の上でふわふわと遊んでいるように流れていっては消えていく。

山の緑の塊を突き抜けると、あるのは真っ青な空だけだ。
はたと自然の驚異に、縮こまっていた脳の皺(しわ)が伸ばされて、キーボードから両手が開いた。
滴(しずく)が油虫のように群がっていたカルピスを、グイ、と引き寄せてゴクリ。

小さなことかもしれない。
全くちっぽけすぎることかもしれない。
生きているんだから、お互いが。だから、メールくらい良いじゃないか。
一々、気にすること無いじゃないか。

いくら、そういくら私が・・・
そう、いくら私が・・・としていたとしてもだ。
お互いが生きているんだから。
あの蟲たちのように流されて飛んでいるだけだよ。
真理で、倫理で、美意識で、自由で、愛情で、小我で自分を縛るなんて。
いくら反したからといったってねぇ。
眼鏡を忘れて、デスクトップ4センチまで脳みそを萎(しぼ)ませた。

執筆者:藤崎 道雪

「 潮 」(仮題)
2003年06月20日(金)



「お前は俺のこと好きなのかよ」
「え?!」
私は後ろ向きに話し掛けられて、びっくりした振りをした。
ドトールでトイレに行こうと席を立ち、Tに背中を向けて2,3歩進んでからだった。
日曜日の午後ということもあって店はザワザワと日の光を浴びてにぎわっていた。

「なぁによ〜」と表情も180度振り返った。
「急にどうしたの?何かあったの?? 淋しかった? 私がトイレにいくのがぁ」
子供のようにあやせば彼は恥ずかしくなっていつものように言うだろう。
「あぁ、別にそんなんじゃねーよ。ただ、後姿が楽しそうだったからよ。」
いつも通りの「何でもネーよ」という台詞ではなかった。
「そうだった?トイレに行きたかったのかも(笑)」
「大声でいうなよ、恥ずかしいだろ」
続けた二の句で彼はいつもに戻った。
そのまま背中に気を配って5�耽覆鵑如▲肇ぅ譴涼磴離疋△魍�けた。

彼は気付いているのだろうか。
最近、ネットで知り合った40代の男性とメールをやり取りしている。
「もう白髪が見え始めて」という割に積極的に誘ってくる。けれど、上品で丁寧なのだ。
Tの乱暴さとは違う心地よさに酔っている。もう数回メールしたら「逢っても良いよ」と送信するつもりだ。

彼は浮気したことがないと言う。私にはどっちでも良いのだったけれど、そんなことを自慢げに何回も話していた。
そういう押し付けがましさが無くていい。
だから、そう、だから多分、5年も付き合っているTと結婚するだろう。

トイレから出たら彼の欲しがっていたホイルを見に行く事にしようかな。
郊外にあるから帰りが遅くなって、夕食の支度が大変になるけれど。
予定通りにお化粧を治さなくっちゃ。とっても丁寧にしてあげるからね。

執筆者:藤崎 道雪

「 黄身を分離したバター 」(3)
2003年06月19日(木)


関係を持った後、さらにひどくなっていった。
「あれをしたほうがいい、わるい」とただの口うるさい親父と化した。
それが権威の根本なのに・・・・
彼女が甘えてくるのを許さなかったから、関係は甘えたい気持ちが凝縮した。
そういうアンバランスゆえの酷さ。男の残虐性。

「残虐なのよ・・・・」
「関係の前と後で基本的にかわらないもの。」
「軟弱くんは、ころっとくるのにねー♪」
「口うるさくなるだけだし、みんなの前でばらさないのはいいけれど、だから、あのクラブにいてあげる♪」

「・・・そうか? でもな、菜緒子、」
「・・・・(口うるさい言葉を略)・・・・」

「・・・・そういうの残虐っていうの」

話の途中で、まったく論理的には関係なく口をはさんだ。
春に起こった白梅繚乱は終わった。
そして相手へ甘えることが唯一許されているセックスも、一人よがりになっていったからだろう。
 2人はお互いで自分を見つけ出し、そして長続きさせられなかった。

口うるさかったが、ベタベタして拘束するのを俺は好きだったようだ。それは自分が『シニカル』な小心ものだったからだ。前のように彼女が他の男とオモチャをするのが許せなかった。でも言い出せなかった。多分あのまま彼女と続いていたら、包丁を使う本物の血が飛び散る世界に飛躍していただろう。異世界へ飛躍するジャンプ台は日々日常に転がっていたから。自分が恐くてどうして良いか分からず距離をとれず困惑していた。奈緒に擦り寄っていかないで、ゲームや珍しく勉強することで気を紛らわせた。それが彼女には伝わなかった精一杯の努力だった。男性と女性の行動原理を理解できていない自己満足の努力だった。
酒は飲みに行かなかった。1人で酔うだけでも菜緒子を必ず思い出すからだ。何より彼女の話を皆から聞きたくなかった。それは拷問に似ている。飲んでからの菜緒子の話が踏絵だというのが良くわかった。カトリックから見れば偶像崇拝を禁止しているのだから、マリアだろうがイエスだろうが踏んでも全然構わないのに、日本人達が勝手に作った踏絵という拷問の制度。同じように俺らが作った菜緒子の話という制度、それはきつかった。
飲みに行かず勉強をしたから、成績に優が多くついた。
別れた7月に成績が出て、優は彼女のお陰であって、気持ちが成績に還元されてしまって、そういう気がして、何も残っていないからこそ馬鹿にされた、腹が立った。

憤(いきどお)る。
梅雨は終わったと言うのに、梅雨の憂鬱さは頭の中にずーっと残っていた。
ただ、彼女と一緒だった時のバターの感覚は残っていて、ぶつけ合う対象がないからバターが徐々に首を通して降りていった。自分自身の考えがなくて世の中など眼中になくなってしまって、自分の中のどろどろだけになるそういう憂鬱さ。彼女とのベタベタがバターに加わって山芋よりも粘土に近いどろどろになっていた。
 彼女の弱さを初めて受け止めている憂鬱な夏は、ウエイターのバイトで過ぎていった。
「だから貴方とは上手くはいかないの」という菜緒子の言葉の意味を考えて、何度も何度も肯定したり否定したり、否定されたり捨てられたりした夏。
一連の流れをかんのいい奴は気がついたかもしれないが、「勉強がたのしいんだ、学生らしいだろ?」と言って流していた。クラスでも寡黙な方だったし、クラブではシニカルな役回りで助かったと思う。

 みさきと向かいあったのは翌年の夏だった。
首を通る感覚はまだ残っていた。交通事故で兄が死んだ時に涙を流しても、コンパで松島奈々子似を見つけてドキドキしても無くならなかった感覚だ。回数こそ少なくなったが、集中すると必ず、もたげて来るその感覚は自分を変えたのだと思う。何1つ変わらないと思っているのに、逆に自分が小さくなっていく気がするのに、周りの対応は変わっていった。バイト先から2人から気持ちを打ち明けられたりしたし。
菜緒子のキュッと締まった手首を見ると、必ず頭と首付近以外の感覚がなくなっていた。クラブ上の関係が2人にしか分からないように修復されたのは、数回飲み会をした後で、何人かを寝たと聞いた後の冬だった。
みさきは、そのバターにバニラエッセンスを加えてくれた人という意味で、それまで告白してくれた人とは異質だった。2、3滴落とすことで、硬さや色はまったく変化がないのだが、それまで長く感じた事のない匂いと言う世界を加えてくれたのだ。甘く鼻に食欲を持たせる匂いを嗅いだのだが、香水をつけないみさきの髪の匂いだったかもしれない。菜緒子のパヒューム(鼻)という高級という語彙が着く人工的な匂いではなく、自分自身さえも意識できないほど溌剌とした、食前酒のようなささやかさを持った香り。ベットとタバコの匂いよりもベビーオイルに近い彼女との差。
 弱い菜緒子を抱える重さを持つ前の、淡く期待でしかない自分の中だけに通じる恋愛のエッセンス(本質)。わずらわしいことなど何もないという希望を重ね合わせていたのかもしれない。ただ、今の自分のわずらわしさを受け止めてくれて、相手のわずらわしさを抱え込まなくていいという相手を。彼女にはそれ以上のものがないという薄い意識から生み出される現実離れした期待。矛盾した期待を受け止めてくれそうな菩薩に似た、みさきを選んだ。
 菜緒子がみさきのきっかけになったのは確かなことだった。
しかし、今まで生きてきた経験が自分の性格に影響していないなどと考える人はいないだろう。だから、過去の異性の影響がなくて、そう「純粋に君のことが好きだ。他の人はまったく関係なくて君だけが好きで、君しか見えない」などというのは錯覚なのだ。そして錯覚こそ現実の中で男女を結びつける大きな理由と言える。過去の彼女など関係ないと考えたり、現実に相手のわずらわしさを抱え込まなくいいという錯覚。
 錯覚に引きずられていく現実の恋愛という感情、さらにそれを受け止められないで混乱している俺とこの夜に存在する他の人々。それは愛する人がいるがゆえに生起する鈍い針ようなもの。熱せられた細い金属は、まわりをドロドロにしながら、どこまでもバターの中に入っていける。

 治がみさきと分かれたのは、そういう至極当然のことを言葉にしたからだろう。言葉を超越した面でしかコンタクトが出来なくなっていたみさき菩薩は、それに苦しみながら、ただ微笑みかけることしか出来なかった。治は菜緒子と同じように、一部の違う本質だけしか彼女に認めなかった。そうして2人の波動は「分かれ」という収束値に向かっていった。治の闇がみさきの闇を打ち払い、純粋なみさきの本質である光に昇華させた結果なのだ。彼の抱え込む闇は、すでにシニカルという軽いものではなかった。いや、みさきの強い光が強い闇を生み出したのかもしれない。そういう還元や演繹という因果律ではなく、相補性という因果律の中にあって、「別れへ」収束しようとしていた。

菜緒子あってのみさきが、いつのまにか菜緒子を見るたびにみさきを思い出すようになった。学祭の出し物は武術演技に結局決まった。練習中に菜緒子の仕草を良く気になった。おでこからうなじへと手で黒髪をかきあげるからだった。仕種の先にみさきを見て、自分はまた、演技練習に入っていく。菜緒子を嫉妬から見ないようにして勉強に励んでいた時と同じように、しなければならないことに打ち込んでいたが、今回は深海を流れるような静かで安定したものを感じたのだった。彼は今の状態も悪くはないなと思った。
菜緒子と別れたときとは、確実にポジティブとネガティブで方向性が違っていた。
自分だけの片思いとも、付き合ってどろどろの時にもない深海に到達した重さとでも言い直せるだろうか。

 演技を見に来たのは仲間内だけだったが、それでも大学生としては上出来だったと思う。
打ち上げは、みんなはしゃいだし、泣いている奴もいた。特に安藤!!!
成績が優だった時のように良く出来ても馬鹿にされた感じはなかった。中学高校と成績が良い時、どうしても、こんなもので自分を計れるはずがないとわだかまって、小馬鹿にされたと社会にいる大人に反感していた。そういうものの付かない初めての自分への賞賛。
 
打ち上げで誰よりもはしゃいでいたのは菜緒子だった。「村さ来」の次に8時に「白木屋」、カラオケ、そして安藤の家にいった。金持らしい安藤はマンションの2DKに同棲していて、最後はいつも彼の家にいっていた。俺、安藤、安藤の彼女と、菜緒子、性感帯の話が好きな佐々木、関西人のりでよく喋る小貫、小貫の彼女で同じに喋るなんとかさんと、その友人の渡辺真理奈似のなんでもいい人の8人だ。
佐々木は「4対4でいい感じだねー」と最初に皆で会ったときに言った言葉を繰り返した。やつはまだ緊張しているのかな?など思っていたが、「チビー♪ 面白くないよーー」と菜緒子に言われて照れていた。そうして菜緒子を介してみんなの中に入っていく佐々木。渡辺真理奈好きだった小貫がちょっかいを出していたせいで、真里菜はやけに俺の周りに来た。もうそんなのが皆気にならないくらい酔っ払って、なにもが面白くて笑っていた。
初期のケニー・GのCDを掛けたら菜緒子が急に泣き出して、そうして全てをぶち壊した。今までクラブでは決して見せたことのなかった女としての儚さを見せ、みんなの酔いを凍らせた瞬間、ラブワードと2人の抱擁と接吻で、さらに瞬間冷却をした。
2人がバターとして溶け合っていたときに、朝のラジオから流れた曲だった。

「好き、どうしても好き」
「離れたくない…」
「終わりたくないの……」

彼女の中では終わっていなかったのだろう。
彼女なりに、錯覚に気づきなんとか接点をそうして見出したのだろうと思う。
彼女なりの女らしい結論のつけ方。みんなの前で、そうして周りを巻き込んで、
それをまったく気にしていない女性の簡潔さ。菜緒子の大好きな面。

この2年間で、好きな人には、欠点にも短所にも弱さにも全てにも引かれるという意識の改革があった。大好きな面と、そしてそれに付随しない数多の嫌いな面にも引かれるという意識改革。みさきのことが大好きで、菜緒子のことも理由で大好きである。欠点も長所にも引かれてしまい、2人に優劣の差がなくなってしまった。
全てに引かれる2人の異質な存在者の出現。
長所を比較するという評価の世界は、もう終わってしまったのだ。

菜緒子の放った当たり前のセリフが、首の奥に締まっていたバターを溶け出させた。
バターがバニラエッセンスと別れていく。
みさきと菜緒子の関連が切れていく。
やっと辿り着けた深海の感覚、静かな安定感は、新しい混乱に向かって進みだした。
混沌の先にはまた、新しい深海があるのだろうか・・・・
今、広がる2つの光。
光を吸収するさらなる暗い闇を獲得できるのだろうか・・・・
2つの光をやっと分けられるようになった、その誠実さを備えながら。
「誠実さ」それだけは、これからも失わないようにしようと決意した。
いや、こういうものは失う事がないだろうと、思い直した。
自転車を運転できたら、何十年後でもこぎ出せるように、自分の獲得した機能。
誠実さに対する確信は1つの失うことない自分の機能だと確認した。
 
たとえこの先、みさきと菜緒子の2股になろうと、それでクラブの全ての人間関係を失おうと、将来、他の人と不倫になろうと、「2つの光を分けること」、それはまったく相手の気持ちを考慮しないという残虐性に基づいてナイーブな自分を守る行為でもある。
誠実さを失わず、新しい自分を捜し求めることが菜緒子の簡潔さに対する答えだし、みさきのアルティメットスマイルへの微笑み返すことになるのだからと思い、
 方向性しかない世界を生み出し、突入を決意した。



  平成12年10月30日 学生プロレスを見た日に

執筆者:藤崎 道雪

「 黄身を分離したバター 」(2)
2003年06月18日(水)


 菜緒子は皆に可愛がられるキャラだった。胸も大きいし、それを知っていてピッタリした蛍光ピンクのハイネックを着たり、言葉遣いも今時を行っていた。
 ブランド物のバックにストールを合わせたりする人種、そしてそれの似合う顔立ち。
なんでこんな所にいるのか本当に不思議だった。なんか安藤は「クラブの格があがる」といってニコニコしていたし、実際、彼女目的で入部してきて散っていった男が何人いただろう。クラブの連帯感は半年で完成して、「また、菜緒子目的だよーー、今度は何ヶ月かな?」と皆で話し合っていた。菜緒子もそれに加わって「どれくらいか賭けない??」などと飲み会で笑いをとっていた。「賭けにならないじゃーん」という突っ込み役も決まっているほどの連帯感であった。

『シニカル』
その言葉を知ったのは大学に入って友人のHOTDOGを読んだときだ。言葉の響きが格好良かったので人に意味を聞いて「寂しい奴のことか」と思い直した。まさに俺に掛かっていた言葉だろう。頭がいいと思って、内心ビクビクして、でもいつでも冷静のように思って、自分が嫌いな人間のこと。
 もてないから自分が嫌い。そういう状態で服とか髪の毛とか、お洒落に必死だった大学1年生の時に知った言葉。
入部3ヶ月で副部長だった何某が安藤と喧嘩して辞めて、学部も別の俺が後釜に座ったのは、シニカルと、菜緒子と仲が良くて唯一あいつに説教出来たからだろう。お嬢様ぶりを止める役は安藤にも無理だったのだ。

 「だいたいな・・・」
と菜緒子に言うと
「またーーバカみたーい、治くんてー」
と言ってスッとどっか行ってしまっていた。
今では「ハイハイ・・」と言って下をちょっと眺めて別の話を始める。それでも雰囲気は菜緒子1人の独壇場の時よりも険悪にならないですむ。彼女は1人だと突っ走って、気が付くと断崖に突っ立っていることになる。
「菜緒子の押さえ役ということで、飲み会は必ず出席!」
と安藤に言われ続けた。シニカルを気取っていても人と飲むのは嫌いではないから、いい役だったかもしれない。

 菜緒子はクラブの全員と寝ていたのだろうか。
菜緒子がいなくて男だけだと、彼女との一夜の素晴らしさをみんな語りだす。現在の自分の彼女との比較なんぞも御丁寧にしてくれて……
性感帯や弱い言葉などを自慢する。そういうのは好きではないのだが。そう言えば授業で歴史の先生が「江戸時代の村の娘は寄って来る村の男と寝て、子供が出来たらその中の一番好きな男を指名して結婚するんだ」と言っていた。指名されたら男は拒否できないらしい。そう思って耐えた。「自分に自信がないから人をもの扱いできないのだろう。」、「そういう時代性の結果なのだ」と客体化して酒を飲んでいた。
傍から見たら同じなのに、特別が好きな自分の習性。

 ただ、その話はクラブの踏絵だった。
菜緒子に憧れて入ってきた野郎どもは、スーパーモデルのキム・スミスのように純粋で端正な目や、白く抜ける肌に誤解を抱えてやってくる。それを完璧に打ち壊すのが、男同士の猥談の役回りだった。だいたい3パターンあって、その後喧嘩になるか、そのまま全員の前で菜緒子に確認の電話してガッカリするか、なにも言わないまま幽霊部員になっていくかだ。
何人と寝たか確認の電話すると「また新人をからかったでしょーー あんまり私の裏側を見せないでね」などと言って彼女は、嬉々としている。追っかけてくるやつにはまったく気にしていないようだ。どうでもいいやつはまったく顧みない猫の残虐性をもっている女。
 体によるある時期や、感動する映画を見た時、それ以外でも浮ついた時に彼女は手近のベットに寝にいく。彼女に最低のタイトルが名づけられないのは、それ以外の時には決して寄っていかないからだ。妊娠中のママ猫のように。
 そして1人暮らしである彼女の家のベットを使うことはない。「必ず寝に行く」のだ。
それが彼女自身の踏絵かもしれない。それを守れない男は彼女の中で削除されていった。
「あの人来るなら、あたし飲み会いかなーい。」
は、今のクラブの中ではシャーマンのご神託のような感じだった。譲れないクラブの法則だ。最初、彼女の我儘さにあきれていたが、頬に青あざがあったりしてみんなそれなりの理由があることを知ったようだ。こうやってクラブは成り立っていって、今では彼女の言動はかけがえのないようなものになっていた。「コミュニティー」という英語があるが、「共同体」というチープな訳語には訳せない感情のどろどろが格闘研究会にあった。
半年を過ぎると、愛敬のある佐々木は「チビ助」、大食いの谷橋は「(デーブ)大久保」など、あだなで呼ばれる奴も多くなった。

 みさきとは同じクラスというきっかけだった。付き合って数日目、恋人として一通りの事が過ぎた後、ふと、「私も格闘研究会見に行っていい?」と言った。彼女なりに一緒の時間を持ちたいという意味だったのだろう。今ではそう思う。
俺は注射器で心臓を刺されたように痛みを感じた。非常に痛いのだが、痛みの総量としてはとても少ない。そして確実に自分の生きている場所を刺す痛みだった。
今にして思えば、彼女のように尊敬する存在に自分の生きる場所を見られたくなかったのだろう。とても恥ずかしく感じた。みさきには尊敬から惹かれたというのが自然だと思う。異世界に対するドキドキと心の安らぎを感じたからだ。授業参観で母親に学校での生活を見られる恥ずかしさ、逆に友達に母親という家の生活感を嗅がれること、そんな風に感じた。
みさきはその時も観音様のようなアルティメットスマイルをしていたのだろうか。
よく思い出せないが、追求されたり、後々になっても非難されたこともなかった。付き合い始めたのが6月だった気がする。混乱した議論をしていた梅雨のちょっと前だったのだろう。「時期的にたまたま悪かった」かもしれないと振り返って、状況に理由を押し付けていた。そういえばそろそろ高校野球の季節だったのを覚えている。

その前年まで思いはさかのぼっていった。
菜緒子の家に行って寝たのはもう2年も前だろうか。俺と彼女の誰も知らない秘密。
彼女の強くない面を知っているのも大きな秘密だ。猫らしく数ヶ月すると、それもねたにしてきたのだが。
「私がおさむの胸で泣いたことをばらしたら、どうなると思う?」
といって子猫のように可愛く笑う。大好きな彼女の面だ。
俺は
「すればいいじゃん」
といって
「・・・そうなったらこのクラブとも終わりだな・・・」
と「彼女はクラブのシャーマン役」と頭によぎって、意識が薄くなっていく。

菜緒子は、部屋にいる時、全然女性らしい。
男と遊んでいる子を、よく仲間内で一面的、つまり多情であるということで軽蔑するが、それが本当に一面的であるかどうかは考えたりしない。菜緒子は残りの面をしっかりと自分の家の中で吐き出していた人だった。タタミにコタツと、黒くて最低価格のパイプベットの6畳、台所。みだれ髪で、「日本茶があれば何もいらないわ」という朝。それに「あなたもね♪」などと普段付け加える軽口もなく、天井をぼんやりと眺めていった横顔。漬物と緑茶と畳の純日本的な匂いの充満した部屋で落ち着く菜緒子。そうした面を見て、自然体の彼女に身を任せることが出来た。人間らしいバランスに身を任せることが出来たと言ってもいいだろう。
現代の「女」ではなく古風な日本人の女と云った方がいいのだろうか。
そう言えば彼女の家で寝た時も、バレたら「・・・クラブにいられない・・・」と思ったっけ。小心者だったのは俺自身だった。彼女は自分の小心にすら気づいていなかった。

求め合った。
お互いに求めあったのは確かだったから。
それはなにか特別で、猥談に出てくるセックスに裏打ちされていたわけではない。相手がどうしたら感じるのか、とさえ考えたことさえなかった。体位さえ顔さえ見なかった。目を閉じてすべすべの肌だけを求め合った。ただ、自分の中にある巨大なバター同士を、肌を触れ合わせることで、体を介してぶつけあった。
そういう求め合いの営みだった。
丸い2つのバターは山吹色と深黄色で、混ざり合ってレモン色になった。
色彩学で言えば混ぜあって薄くなるのは絶対にないが、2人の間では真の感覚だった。これまで抱えてきた闇の暗さを2人で淡くしたという確信ゆえに。

 これから広がる学生生活と春の鼓動への時期と連動していたのかもしれない。
彼女の家から見える川辺の家にあった白梅に奈緒の肌の白さを重ね合わせたのを覚えているから。しかし、春の終わる頃、クラブの全員をあざむいたままで、2人は元の関係に戻っていった。
 俺にとって彼女は、「女」の塊だった。象徴だったかもしれない。
教養の心理学でならった「シンデレラコンプレックス」というレンズを通してしか、体以外の彼女を見ることが出来なかった。白梅を奇麗な「花」としてしか見れず、花と連続している、枝、根、土壌、地形、気候などには目がいかなかった様に。いつでも皆に見せている白い顔が彼女の本心だと錯覚していたのだろう。本当は、恋人の些細な挙動で混乱したり、「好きなの?」と言ったまま言葉を待ったりと、そうでない面も持っていて、バランス良くぶつけてきていたにもかかわらず。
彼女と寝たキッカケは確かに、自分だけが彼女の相談役に乗っていて、それで、えーと、そういう寝ないから特別だとか、そういうなんというか、ロマンティシズムが嫌いだった面もあったと思う。
『シニカル』だった俺は「自分だけ高尚だ」という男のロマンティシズムも嫌っていた。言ってみれば、全ての精神的な価値が嫌いだった。大学教師の権威も嫌いだったし、親、警察、最小限の権威しかない社会の権威ですら嫌悪していた。権威を持てないという外国にはない腐った俺好みの社会なのだが、それも嫌いだった。自分はそういうコンタクトレンズを通してしか社会と交流できなかった。
彼女を通して女のロマンティシズムを見ていた。
彼女の体から得られる波動以外は全て重ね合わせていた。

「 黄身を分離したバター 」(1)
2003年06月17日(火)


 風呂上り、流行のポップスをパソコンで聞きながら、その言葉が頭の中をグルグル回っていた。疲れているとき、「自分よ!今日1日お疲れ様でした」と言えるほど疲れているとき、その言葉は最初からはっきりとはしていなかったが、さらに溶けてきて、ボールでバターをかき混ぜるように適度にねっとりとして、その他の思考を引きずっていく。そうして彼女に関する事が泡のようにポコポコと、バターのどろどろの中から浮かんできた。バターも気持ちよくてどっぷりと浸かれる。風呂の後にはいるバター風呂だと思った。
ラジオで聞いたウタダさんの新曲は最初、「へぼ!もう才能終わったの?」とか思ったりした。全ての青春が自分のものであるように、恋も勉強もバイトも心を楽しませるためにあった時期だから、そう思った。
新曲がヒットチャート100から落ちて、もう2ヶ月が過ぎた。
この曲しか持っていないから、パソコンをする時に聞き流していた。1人きりの哀しさを歌う曲は、自分が変わったのか、聞き込んでそのよさがわかってきたからか、毎日のお供になった。
まるで、彼女との空いた間を埋めるように…

みさきは、ジーンズこそ履かなかったが、いつもチノパンとシャツのラフな格好だった。それは彼女のほとんどない胸にぴったりしてキュートだった。
 「なんで女の子っぽい格好をしないんだ!」
言った時、最初キョトンとして、次にだだっこを見るように観音様の笑いをして答えてくれた。
「あなたがそれほど望むならしてもいいわ」
僕はなにも答えなかった。
すぐ、ロフトのあふれ出す目の前にある品物の話に変えた。
丁度、向かいのエレベーターですれ違った女の子の、今時の茶色のストールが羨ましかった。ついでに欲情して、その苛立ちをみさきに当ててしまったのだ。
それを包み込むように彼女は笑った。いや合わせてくれたのか・・・
 みさきに出会ったのは大学の同じクラスという事だったが、仲が良くなったのは1年後のみさきが6人グループに入ってきた時で、グループが三角関係とかでごたごたして、残った2人だったというのが、デートのきっかけだった。最初は優しいだけの目立たない存在だったが、仲良くなってみると静かさの裏に隠れた女性らしい強さに目がいくようになった。物事を決して否定的に見ない強さというものに、徐々に引かれていった。
全てを受け止めようとする態度は大人びて見え、自分が持っていなかったためだろうか、彼女が欲しいと思った。
 数ヶ月後、みさきに「なんでジーンズはかないの?」と聞いたことがある。前のことでまったくもって彼女を尊敬するようになり、そして彼女は「女」から「母親」なった気がした。「母親」は言い過ぎかもしれないが、女の人を尊敬する表現が日本語には「良妻賢母」くらいしかないので、心の中で「母親」に保留しておいた。

「それをしたら、私もおわりでしょ(笑)」
「女としての最低ラインなのよ」

と言った。今度の笑いは女性としての笑いだったが、解ったのは別れて大分経った、数週間前の風呂上りの時だった。
まったく、風呂上りは悟りの時間だと思う。
 どんどん、うたださんが入ってくるように、彼女は離れてからより一層、自分の中に入ってくる。風呂上がりはみかんを食べるのが大好きだった。2人でダンボール一箱を1ヵ月で食べた事がある。ラーメンも好きで、味はとんこつの太い麺で、たばことパチンコが嫌いな2人だった。

季節は、晩秋に替わろうとしていた。昨日の風呂を思い出しながら忙しく大学に向かった。
大学生最大のイベントである学祭は、さし迫っていた。
それより前の晩春になった時、俺らの格闘技研究会では出し物を企画していたが、プロレスのようなショーになるのか、空手の演舞ようになるのかで揉めていた。格闘技研究会の部員は4年生6人、3年生4人、マネージャーが3人。

マネージャーというが、洗濯物など決まった仕事はなかった。
4年程昔は、飲み会のお酌が主な仕事だったという。
今の自由の謳歌している怠けた世代では、お酌という社会制度に参加するか否かが個人にまかされていた。「だるい」という反自由的な理由で自由を享受して、お酌など誰もしなかった。
 「格闘」と名は付いていても、体を動かして練習している分けではない。ましてや他大学のように新しい技の研究や、「格闘技の本質」などという自分の知識のひけらかしをしたい奴は少ない。K1やプロレス好きが多く、希望者で見に行ったりするくらいで、集まるとなんともなしに飲むのが恒例のクラブだ。後輩がいないので来年で終わりだろうと、ひそかに誰もが思っていたクラブだ。
 「寂しいよなー」とか言ってそれを酒の肴にする安藤は、人が良くてこのクラブの部長。彼の持ち前の熱血と正直さがクラブの求心力となっていた。ちょっとでしゃばったのを愛情ゆえに皆におちょくられたせいで、すねて新入生勧誘をしなかったから、マイナーな研究会に新入生が1人も来なかった。安藤はちっぽけなプライドも含めて「寂しい」と悔いているのかもしれない。よく皆で飲んだ酒は、ビールだった。気取った時や高級感を出したい時にはウイスキーだった。日本酒や焼酎が好きな北陸・九州沖縄人は、最初困ったようだ。ただ、皆そんなに酒は飲みつけてはいなかったので、すぐにビール党になった。
 安藤は学生最後になる学祭で、何かを残したかったのだろう。
その情熱はあるものを動かし、怠惰に過ごしてきたものの反感を買ったりした。何をだすかでもめたり、そもそも出さないのが良いとか思っている奴もいて、深夜に及んだり、時々お酒が入ったりして、梅雨の憂鬱な2週間が過ぎた。
 俺はといえば「梅雨からやるところが安藤の賢明さなんだよな・・・」「大体、他のクラブは直前になって考えてそれで時間がなくて、でも壮大なものをぶち上げてくだらないものを出すか、小さいものに絞って自己満足で終わるかどっちかなのにな・・・」「あーみさきの家に帰ろーかな・・・」とか、真剣な態度で上の空に議論を聞いていた。
 深夜になると議論なんてどうでも良かったし、酒が入るといつもののりでみんな本性が出てくる。マネージャーに格好いい所を見せようとして、「そもそもさー・・」で議論を大きくしてみたり、「ねー菜緒子ちゃん彼氏いんの?」となんの前触れもなくマネージャーに聞くやつがいたり。。。。
 議論はそれで終わったりする。最後はジャーマネに行く。異性話がしたくて、議論に耐えているという者もいたくらいだ。
さすがに3,4年になると女の子も慣れていて、そんな気分ではない時は帰ったり、「えーラブラブ♪♪♪ な彼氏がいますよー」とか、年中言う。副部長にありがちな醒めた俺は、恋愛相談を受けることが多くて、実情を知っていても知らん振りしている。そうやって自分が特別だと思いたいのだ。
そういうどこにでもあるクラブ、人間関係。

「 頓知(とんち)話 」
2003年06月16日(月)

 

 「そうすると貴方は独りでやってこられた訳ですね。」
 「そうです。」
 「何故、大きい所や他人と一緒にしなかったんでしょうか?」
 「猫科の個体は最大300kgになり、犬科は70Kg止まりなんですよ。そういう理由です。」
 「つまり?」
 「つまり、独りで狩をする猫科は個体の体重が大きくなった。
  一方、集団で狩をする犬科は命令系統が発達する代わりに個体が小さくなった。
  どこかに属するってのは犬になるって考えたんです。」
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・、ああ、なる程、貴方は猫のように天邪鬼(あまのじゃく)っぽいってことですね。」
 「あはは(大笑)」
 「・・・」
 「面白いギャグですね。素晴らしい貴方は。」
 「え?どうしてですか?」
 「日本には謙譲が美徳とされます。わざと自分を貶(おとし)めて私の志を高めてくれたからです。」
 「そこまで考えては・・・」
 「自然に出来るのはさらに素晴らしいですね。無我の境地ですね。いや全く大した人です。」

執筆者:藤崎 道雪(H15,6,27校正)


「 TWO 」
2003年06月15日(日)


 観えているのは、まさにそれなのだ
 聴こえているのも、まさにそれなのに

 合法的未決着 人道的介入 猛ライナー 宇宙友愛協会 気象学
 消えていく言葉たち 産まれ逝く細胞 活動が一瞬のように
 疾走感の中にしか感じられない幽玄
 晴嵐にしか観られない浮遊感
 
 観えているのは、まさにそれなのだ
 聴こえているのも、まさにそれなのに



注記:「逝(ゆ)く」、「疾走(しっそう)」、「幽玄(ゆうげん)」、「晴嵐(せいらん)」、「浮遊(ふゆう)」

執筆者:藤崎 道雪

「 闇の残滓(ざんし) 」
2003年06月01日(日)


 半月の闇夜に、稜線だけが佇んでいる谷津山
 眼下からの風に目蓋を閉じていけば、点景の夜景も消え
 浮かび上がってくるのは鳴り響いていた君の、黒髪のそよそよと
 最後に歩き出した古びたマンションに、ゆったりとした後姿だった

 右拳で唇をぬぐうと、嫌いだった君との触れ合いが、ぽと、ぽとと
 後頭部後方の、恋情を昇華したポートレートではなくて、暗闇に裏に揺れる小尻の上の黒色
 生尽きるまで動かざる山嶺の偉大さが、涙滴を春雨に取り換え
 ネオンに照らされた稜線のざわつきに、目頭の豊かな髪は溶けたのだった



注記;「稜線(りょうせん):山の峰と峰を結んで続く線。尾根」、「目蓋(まぶた)」、「唇(くちびる)」、「揺(ゆ)れる」、「山嶺(いただき):物の一番高いところ。山頂」、「春雨(はるさめ):春、静かに降るこまかな雨」

執筆者:藤崎 道雪(H15,6,12校正)


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