初めて号泣というものがどんなものか、知った。
その様を目の前にして威に打たれたというか、
どことなく厳粛な気持ちになってしまっていた。
「なに、ぼーっとつっ立ってんのよ」
充血して赤くなった目がなにげに美しい。
思わず見とれてしまうというものだ。
「だからなにぼーっとつっ立ってんの」
ごめん、と謝るもののそこから動けない、つまり、
結果的につっ立ってるままだ。なんということ。
「もう、そんなとこにいないでってば。もしかして献立?
『初日はハンバーグ』って言ったのはあなたでしょ。
それにこれからはいつでもわたしが作るんだから
もの珍しげに見られても困るのよ、いい?」
刻まれた玉葱がミンチ肉に混ぜられてゆく。
なんだかとても幸せな気分になった。
いおり
女はめったに僕の目を見て話さないから、
僕は彼女の長いまつ毛ばかり見ている気がする。
話しかけたって、苛立ちをぶつけたって、女はでくの坊みたいで
僕は、彼女が僕をなんとも思ってないってことを知らされるんだ。
女がどれだけ僕の皮膚の下で快楽に体温をあげたって、
女が僕をまっすぐ見る日はきっとこないだろう、僕はいつだって狂いそうだ。
女が僕のことを温かいゼリー程度にしか思っていなくても、
僕は女にとって暇つぶしの贅肉みたいなものだと知っていても、
それでも、僕はどうしたって彼女を求めずにはいられないんだ。
反吐が出るほど絶望的にロマンティックだ、出口なんかない。
そして僕はとても紅くて浅い、しあわせな夢をみていた。
僕は現実と夢の狭間で、じっとりと不吉な予感が付着した自分の両手を眺める。
黒く濁った雲間から差した暴力的な閃光が横たわった首のない女を青白く照らす。
ああそうだった。 そうだ僕が。 僕が、この手で女を殺したんだ。
執筆者:東
藤崎 道雪 | 「 歓喜の世界Ⅲ 」 -副題 「雷」- |
しょぉ | 雷 |
ヴェカンヴェ | 雷 |
いおり | 雷 |
東 | 雷 |
闇を切り裂く伸びやかな躍動感。頬の汗を撫で摂る風。静寂な黒い道路の上を魚のように進んでいく。
朱色の月は朧半月で、多雲が隠しながら遊んでいるように泳いでいく。滝のように激しかった欲情は、自転車の原動力に換えられていく。あては決めているのだけれど、横道の先の漆黒が誘惑してくる。方向感覚が利かなくなってからも心を音楽で撹乱して、攪拌しつづける。迷い道で見る駐車場の白光が、車の回りにテラテラと青い水草を生やしているかのように観える。台風の残り風も、生暖かい闇夜も、パジャマの散歩小父さんさんですら、藍色のフィルター越しに観えている。朧が掛かった半月もオレンジ色が降り注ぐ土手も電車の通らなくなった線路達ですら、妖麗な膜が染み込んでいる。
鮭の出産のように匂いだけで覚えている場所を目指して、揺ら揺らと躍動を滾らせて、世界にその場所しかない処を。妖しい誘惑の膜が近づけない、蛍光灯が集った硬質性の棲みかを。
執筆者:藤崎 道雪