■ シカタナイネ・・・・ |
2003年07月30日(水) |
海渡とゲームの「PICO」をしました。 ソフトを本体に差し込んでもなかなかゲームが始まりません。接触が悪いのかなぁ、こういう差込み式のソフトって、64もそうだけどすぐにこうなっちゃうのよね。
フーフーとホコリを吹き払って差し込んでも、うんともスンとも言いません。 そうしたら、海渡が次のソフトを私に手渡しながら言ったのです。
「シカタナイネ・・・」
海渡の口から初めて聞いた言葉です。 「仕方ないね」。意味わかってんのかな?
そういえば、以前に比べるとかなり発音がしっかりしてきたように思います。この間、パン作りの手伝いをさせてもらった弟の家で、義妹が「ダウン症でも言葉がはっきりしているね」と言ったのを思い出しました。義妹は中学校のベテラン教師で今年度から特殊学級を担任しています。たまたま、今年度はダウン症の子はいなかったそうですが、昨年度まで一人いたそうでその子の発音より海渡の方が年が小さいのにわかりやすいと言っていました。海渡はダウンの子にありがちな低音の声(ハスキーボイスなのかな)でもないので、聞き取りやすいというのもあるのかもしれません。
「こうして聞いていても何言ってるかわかるもの」
と。この間まで発音が悪いと思い込んでいたけれど、ほんの少しずつ前進しているのかな。そんな気持ちにさせてくれた一言でした。
それにしても、海渡の口から「仕方ないね」が聞けるとは思ってもみなくて、なんか不思議な気分・・・・
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「夏休みのチャレンジ」と題して、サイトの中で海渡の日々のチャレンジを画像で紹介しています。料理や洗濯物をたたむこと、自主勉強、紙ひこうきを折るなど、その日その日、行き当たりばったりに挑戦しています。 たまたま、急ぎの仕事が来ていなくて、急ぎでない入力の仕事を片付けながら、海渡がテレビやゲームに飽きてきたころを見計らって、「やってみる?」と訊いてみます。退屈していたところだった海渡は、即「やる!」と大喜びで飛びつきます。
日ごろはこうもいろいろやらせてもらえないので、海渡は大張り切り。 私の指示にも素直に従い、とても上手に真剣に取り組み、出来たあとはとても満足そうな表情を見せてくれます。
今日は、たまたまお手伝いらしきものをやらせなかったのですが、お父さんを除いた家族の夕食が済んだあと、私がちょっとPCに向かっていた間に、海渡が食卓の上のものを片付けてくれていました。そういえば、今日は何もさせてなかったっけ。これが今日のお手伝いだねと海渡にまかせることにしました。 それぞれ使った食器は使った人が流しへ持っていくので、残っているのは私の食器とお漬物などの器だけでした。お父さんがまだなので、それは置いておいてもいいなと思ったのですが、まいいかと海渡のするがままにさせてました。
さて、お父さんが帰宅して食事の準備をするために私がキッチンへ入ると・・・
「ああっ!!」
流し台の中には、今日買ってさっき出したばかりの白菜の漬物と、やはり今日買ったばかりの七味もやし、それともう1種類の青菜の漬物がぶちまけられていました。私は居間で遊んでいる海渡に向かって叫びました。
「海渡っ!!! どうして、全部捨てちゃったのっ?!」
海渡はちょっとびっくりした顔をしましたが、すぐにこう言いました。
「からいもん・・・」
そういえば、いつだったか、やはり梅干を全部捨ててしまったことがあって、そのときの言い分が
「すっぱい・・・」
でした。やれやれ・・・・。あの時も叱ったのですが、全然学習していなかったのね。 海渡は流し台を見つめる私のそばまでやってきて、また言いました。
「からい、から〜いの」
塩辛いという意味でしょう。だから、食べられないと思ったのだと思います。すっぱい梅干が食べられないと思ったのと同じように。
「あ〜あ、お父さんの漬物、なくなっちゃったよ」
海渡は雰囲気から、どうやらあれはお父さんが食べるものだと気づいたようです。お詫びのしるしなのか、急にお父さんにサービスしはじめました。お箸や魚を焼いたお皿を「おとうさん、どうぞ」と持っていきます。 お皿をお父さんにすすめ、「どうぞ」とかしこまって言うのを聞いていると、海渡の気持ちがわかってきて、面白いのとちょっとかわいそうなのと半々・・・。
テーブルに落ちていたミックスベジタブルのニンジンさえ拾って、お父さんのお皿に乗せ「どうぞ」と真剣に言っています。
「海ちゃん、もういいよ。誰も怒っていないよ」
そういうと、やっとホッとした表情になりました。
海渡にとっては、悪気はなかったんだよね。でも、困っちゃうこともあるんだよね。今日はしっかりついていなかった私も悪かったね。
ごめんね、これからお互い気をつけようね。
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夏休みが始まりました。 1歳から保育園へ通っていた海渡にとっては、赤ちゃんのとき以来の長い休みです。
夏休みといえば、宿題ですが・・・・ 海渡の宿題、特学からは何もありません。特学では算数と国語をみてもらっています。復習とか何か、プリントなりドリルなり出るかなと思っていたのですが、宿題そのものも、宿題についてのお話もいっさいありませんでした。普段から、宿題が一切出ないので、もしかしたらと思っていたのですが、うーん、海渡にはやれないと思ったのかな。それともいっぱい遊んでくださいということかな・・・。
逆に普通学級からは、健常の子どもと同じ宿題や課題がランドセルに入っていました。歯磨きカレンダー、夏の日誌、絵日記2枚、あさがおの観察2枚、そして、コンクールに出すポスターとか読書感想文とか・・・・(やれないよ)。
やれそうなのは、歯磨きカレンダー、絵だけの絵日記、絵だけのあさがお観察日記、日誌の中のところどころ・・・・・ それでも、小学校の「夏の日誌」を毎日やっているのですが、海渡にはやはり難しすぎてやれないページが多すぎます。
これでは、海渡も可哀相だし、何もないのも長い夏休みあまりに不安なので、今日本屋さんでワークを3冊ほど買ってきました。4歳児用の「さんすうあそび」「こくごあそび」「くもんのひらがな」、これを夏休みの間にやって、9月に学校へ持っていかせようかなと思います。
海渡は「海ちゃんの夏休みの宿題だよ」というと「海ちゃん、やる!」と言って、張り切って取り組みだしました。
夏休みの間にほんの少しでもひらがなが読めるようになるよう、頑張ってみるつもりです。
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■ 海渡、7歳の誕生日 |
2003年07月21日(月) |
今日、7月21日は海渡の7回目の誕生日です。 朝、目覚めた海渡に「海ちゃん、今日は海ちゃんのお誕生日だよ。おめでとう」と言うと、海渡は寝ぼけた顔で
「ジューシュ・・・くだしゃい」
だって・・・(笑)
あれから、もう7年が過ぎたのが夢のようです。 夏の暑い暑い朝に産まれて、翌日にダウン症の告知を受けて、いろいろ・・・本当にいろいろあって・・・7年。
大きな病気も怪我もなく、ここまで来れたこと本当に嬉しく思います。 正直に言って、こんなにこの子がかけがえのない存在になろうとは思ってもいなかったし、こんなに笑える日が来るなんてことも想像できませんでした。
海渡が生まれてダウン症の告知があって、お兄ちゃんやお姉ちゃんに申し訳なく思い、我がままを通して3人目を生んだことを悔やんで、泣いた日々・・・。それらは現実にあった日々ですが、でも今となっては「そんな日もあったよね」というほどの遠い思い出話です。
ダウン症であろうがなかろうが、海渡は海渡以外の何者でもなく、生まれるべくして我が家に産まれてきたのだと思います。そして、もう一度、生まれてくれるなら、やっぱり私の子どもとして産まれてきて欲しい。
そんな風に素直に思えるようになった7回目の誕生日です。
お誕生日のプレゼントは、ゲームキューブと「カービィのエアライド」、そして大好きなイチゴのケーキでお祝いしました。
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■ お友だちからの手紙 |
2003年07月14日(月) |
学校でお手紙ごっこをしたそうです。 海渡は個別学級の先生の絵を描いて、職員室まで持って行ったそうです。
そして、海渡にはお友達から4通のお手紙が届いたそうです。 連絡袋に入っていた4通の小さな手紙、
「海ちゃん、お手紙あったよ。読んであげるね、よく聞いててね。」
私はそう言って、最初の手紙を読み始めました。
「かいちゃんへ かいちゃんの・・・・ 」
そこまで読んで、私は、その先が声に出して読めませんでした。 そこには
「かいちゃんの びょうきが なおってほしいです。 しおりより」
と、書いてあったのです。
覚えたばかりのたどたどしいひらがなだけの手紙。 消しゴムで書き直したあともあります。
1年生の子ども達にとって海渡の障害は「びょうき」としてとらえられているのでしょう。そして、いつか治るものだと思っているのかもしれません。
幼い文字の中にどんな気持ちが込められているのかと思うと、切なくなります。いつか、海渡の「びょうき」は一生治らないと知るときも来るでしょう。
でも、その気持ちがとても嬉しい・・・・・。 声に出して海渡には読んでやれなかったけれど、私は心の中でしおりちゃんに「ありがとう」とお礼を言いました。
他の3通には子どもらしい可愛いことが書いてありました。 海渡のとなりに座っている女の子からも来ています。いつも遊びに来てくれる子からも・・・・。
みんなそれなりに海渡のことを受け止めてくれているんだなと感じ、久々に心が温かくなりました。
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■ 学童ダメだった・・・・・ |
2003年07月04日(金) |
6月23日に見学に行って連絡待ちだった学童から電話がありました。 受け入れ態勢がきちんとできないので・・・という理由で断られました。
現在、利用している子供が7人(全員来た場合で)に対して、指導員2人・・・30人定員ですから、人数的には問題ないと思います。これで受け入れ態勢ができてない・・・というのは・・・・ こどもが20人から30人いて指導員が2人か3人で障害児を受け入れいている学童もありますから、海渡が断られた意味を理解するしかないのかとも思います・・・
見学に行ったときの感触もあまり良くなかったので(漠然とですが)こうなることも予想してはいました。ただ、30人定員で7人しかいないし、海渡の小学校から通っている1年生は海渡の同級生なので海渡のことをよく知っているし、そんなことから考えてもしかしたら入れるかもと思ったんですが甘かったのかな・・・。
海渡は学童に行くのを楽しみにしていたし、同じクラスで学童に行っているT君も海渡が入るのを楽しみにしていてくれたのに・・・・
こういう比べ方は良くないけれど・・・・ 健常児30人いるのと、7人の健常児にダウン症児1人いるのと比べたら、やっぱりやっぱり30人のほうがまだいいのかな・・・・・
ああ、久しぶりに落ち込んじゃいました。
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■ さよなら、コラショ |
2003年07月01日(火) |
しまじろうでお馴染みのベネッセ「こどもチャレンジ」。海渡は1〜2歳児用の「ぷち」から始まり、「ぽけっと」「ほっぷ」「すてっぷ」「じゃんぷ」と5年間、しまじろうと一緒に泣いたり笑ったり、ともに成長してきました。
マンションの玄関のポストに入りきらないほど分厚い教材の月は、郵便局の配達の方がドアまで持ってきてくれて、海渡はそんな時は本当に大喜びで「しまじろうだ〜」と大声をあげて飛び跳ねていました。
今年の春、「じゃんぷ」から「進研ゼミ小学講座」になり、キャラクターもコラショに変わりました。テレビCMの影響もあり、海渡はしまじろうからすんなりとコラショにも馴染んできたのですが・・・・・
ここへ来て、その内容についていくのが難しくなってきました。 大好きなビデオが隔月なのは同じですが、ついてくる本類はほとんどがドリルやワーク的なものとなり、今までの絵本的なものからはっきりとお勉強一色になり、海渡にはそれらのほとんどが理解するには困難なものとなっていきました。
先日届いたものの付録は「へ、に、を、は」で言葉をつなげて文章をつくるというパズル風の教材でした。ひらがながやっとぽつぽつ読めてきた海渡には、まだまだ理解できないレベルです。本誌もひらがなの復習が終わり、文章を読んで質問に答えて書くという高度なもの。算数にいたっては10までの足し算引き算・・・、海渡はまだ1〜5までの認知も充分ではありません。
届いた教材を喜んで開けて、眺めていた海渡でしたがしばらくするとやりかけていたテレビゲームに戻って行きました。それを見て、悩んで継続を決めたベネッセでしたが、退会することに決めました。
電話をするとすぐに退会手続きがとられ、参考までにと退会理由を聞かれました。正直に知的障害がある息子は「ぷち」から楽しんできたけれど、1年生になってやっぱり内容的に難しくてついていけないので・・・と言いました。「小学校1年生の知的障害児用なんてないですよね?」と喉まで出かけたんですが・・・やめときました(笑)
というわけで、コラショとはお別れですが、今海渡はインターネットの「ドラネット体験版ホームページ」にはまっています。体験版をダウンロードしてあげたら、自分で「スポコン、スポコン(パソコン、パソコン)」と言いながらショートカットアイコンをクリックしては楽しんでいます。
説明が読めなくても、ちゃんと音声が出て読んでくれるので海渡でも遊びながら勉強できます。これで様子見ながら、海渡が遊べてついでにお勉強ができるサイトやフリーソフトでも探そうかな。
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